見出し画像

18歳の秘密基地

水色とピンクで可愛く彩られた小さな爪で、もこは器用に私の髪を編みこんでいく。小脇には、さっき百均で買ってきた小さな造花たち。

女子高生3人が、沈みかけた太陽を眺めながら小さなピクニックを楽しんでいた。昨日Amazonから届いた特大サイズのレジャーシート。「なんかオープンな秘密基地みたいじゃない?」と、まゆが呟いていた。

夏休み3日目とはいえ、夕方になるともう小学生の声はしない。町が見渡せるほどの丘の上にある広い公園で、ロケーションは最高だ。

まゆは、髪の毛を明るい茶色に染めていた。夏休みに入って自分で染めたらしい。母親に怒られたそうだが、3年間同じことを繰り返しているので、もう恒例行事のような部分もあると思う。

ポッキーを口に運びながら、私はまゆの髪の毛を見る。

「昨日の配信でも結構リスナーさん褒めてくれてたよね、まゆの髪かわいい~って」

「うん。でも高校生のくせに調子乗るなって人沸いててびっくりしたさ。アンチ?っていうの?DMとかも来るし、だいぶ慣れたけど」

「有名になった証拠じゃない?」

弾き語り配信で徐々に有名になってきているまゆ。フォロワー数が3,000人を超えたらしい。卒業後は音楽の専門学校に進むと決まっていた。レジャーシートの横に寝かせたギターケースが、夕日に照らされ輝いている。

「そうだ、明日のお祭りに浴衣着てこうと思うんだけど、2人はどうするの?」

もこに造花を渡しながら、まゆが聞いてくる。白いTシャツにスキニーデニム。いわゆる「シンプルでおしゃれ」なかっこいいまゆの浴衣姿。想像しただけで非常にクールだ。

「まゆが着ていくなら私も着ていこうかな」

たしか去年、ネットで買った浴衣があった。濃紺にひまわりがたっぷり描かれていて一目ぼれしたのに、実物が意外と地味でショックだったやつ。

「私も昨日やっと完成したからそれ着ていこうかな」

「あ、インスタで見たよ。もこのセンス爆発しまくってて最高だった」

2人の会話を聞き「え、知らなかった」と、私はあわててインスタを開く。かわいらしいピンクと白の浴衣の写真が目に飛び込んできた。

「これ、手作り?すごすぎ、もこ天才」

迷わず写真をダブルタップ。

「間に合わないんじゃないかと思って、半分諦めてたんだよね」

私の髪の毛を編みながら、もこは少し照れ臭そうに笑った。

もこは卒業後、服飾の専門学校に進学する。自分のブランドを持ちたいという夢を胸に日々努力を続けていた。

自分らしく前に進む2人を、私はとにかく尊敬していた。

「でもさ、今年の夏は『間に合いませんでした~』なんて言いたくなくて」

もこの一言で、空気がしんと静まり返る。風が止まり、木々が黙り、虫たちが息をひそめる。

「もう、卒業だもんね」

まゆがぼんやりと、目の前を見つめて呟く。町に沈む大きな太陽。空は、オレンジと濃紺のグラデーション。

「みさき、頑張ってね」

私の顔を見て、まゆは少し切なそうに笑った。無理をして笑顔を作っているようだった。

「背中を押してくれたのは、ふたりだよ」

まゆの顔を見て、少し涙がこぼれそうになる。

ーー海外で、自分の力を試したい。

小学生のころからダンスを習っていた私は、いつしか海外で活躍するのを夢見るようになった。そんなとき、「高校卒業したら、ダンス留学してみないか」と声がかかる。行先はニューヨーク。その日のためにずっと英語の勉強もしてきた。

最初はただ楽しみに思うだけだった。しかしだんだんと留学が現実味を帯びてくると、寂しさも募ってきてしまった。友達と、離れたくない。

「ほら、できたよ」

もこが鏡を渡してきた。華やかに編み込まれた造花たち。まるでラプンツェルみたい。

私は涙をグッとこらえ、立ち上がる。もこが作った真っ白なワンピースが、ふわりと風に舞う。まゆがギターを取り出し、三脚にスマホをセットした。

「にしても驚いた。卒業記念に3人で合同制作しようとか言われてさ」

もこが私の顔にキラキラのラメを載せながら笑う。

「私が音楽、もこが衣装、みさきがダンス。ステージは、生まれ育ったこの町。最高じゃない?絶対バズってみせる」

ニヤニヤしながらギターの弦を少し優しく鳴らすまゆに、私も思わず笑顔になった。

靴下を脱いで、草むらに素足を乗せる。ふと懐かしい景色が脳裏に映し出された。

小学生のころ、3人で公園のどこかに秘密基地を作った。次の日雨が降って、地面にチョークで書いた目印の「ひみつきち」という言葉が消えて大泣きしたのを思い出す。「また作ろうね」と泣きながら3人で約束した。

今は秘密基地なんてないけれど、3人の気持ちが一緒ならどこだってそこが私たちの秘密基地。それがたとえ、海の向こうだったとしても。

「じゃあ撮るよ~!」

優しいギターの音色とともに、身体が空気を優しくまとう。もこの作った衣装の数々が、いつもの風景を淡く、切なく彩っていく。この瞬間を、記憶の秘密基地としてここに刻み込もう。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?