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かわいいあの子とかわいくない私

恵梨香はモテる。だってかわいいから。顔もかわいい、中身もかわいい、ぜんぶかわいい。

ストレートの暗髪ボブで清楚なイメージを演出。すっぴん風のナチュラルメイクは男ウケ子ウケ抜群。服装は女子ウケもしやすいキレイめカジュアル。努力で「清楚でかわいい女の子」を作り続ける。これがモテるコツ。男子からも女子からも、「かわいい」って言われ続けるコツ。

「恵梨香、なんか今日良い香りする~」

親友のマリが恵梨香の首筋に顔を近づけながら問いかける。

茶色の長い髪をゆるく巻いて、キレイ目な花柄のワンピースに身を包むマリ。デニムのジャケットをラフに羽織り、爪をかわいくピンク色にデコレーションしている。私はそんなマリを見て「似合ってるなぁ」といつも思う。

一方の恵梨香は肌にぴたりと張り付く黒のカットソーに、デニムのスカート。マリとの対比が良い感じだ。

「えっ、ほんと?うれしい!昨日ね、シャンプー変えたんだ」

恵梨香が照れくさそうに髪の毛を触って、マリの顔を見る。

大学の中庭にあるベンチに座って、私たちはマリの電車の時間まで少し暇を持て余していた。空を見上げると、青空が四角く切り取られているようだ。雲がプカプカと空に浮かび、私たちを眺めている。

「シャンプー、マリちゃんがこの間『ネットでバズってた』って教えてくれたやつだよ」

「あれ買ったの?こんなに良い香りなら私も買おっかなぁ」

マリはスマホをスクロールしてネットショッピングを眺める。これこれ、と言いながらカートにシャンプーを入れた。私はそれを横目で見ながら「薦めたくせに自分は買わなかったんだ」と、少し冷めた様子でいる。

恵梨香は「そういえば」と言いながら、手帳を開いた。茶色いレザーのカバーがついた、少し分厚いシステム手帳。スケジュールだけではなく、メモ代わりにもつかっている。キャラクターが描かれたかわいい三色ボールペンを取り出し、今月のページを開いた。カチカチ、ボールペンの音が鳴る。

「土曜日にみんなでバーベキューしようねって話、何時なんだっけ」

「たしか10時集合じゃなかったかな?先輩が車出してくれるみたいだよ」

「あ、そうなんだ」

10時、BBQ。赤いボールペンで書き込み、挟んでいたシールを貼る。猫の顔のシールだ。こうしてさりげなくデコレーションしているおかげで、パッと手帳を開いただけでも可愛い。細かな部分も気を抜かない、それが恵梨香のこだわりだ。

松木先輩は、たぶん恵梨香を狙っている。ことあるごとに連絡をよこしてくるし、好意もチラチラ見せてくる。今回のバーベキューだって名目上は「サークルの仲を深めよう」だけど、ふたを開ければ「合コン」だ。

それを知ってか、松木先輩は恵梨香に「ほかの男と仲良くしてたら嫉妬しちゃうかもw」なんてメッセージを送っていた。恵梨香のスマホに届いた内容を見たときはちょっと引いたし、そこに「先輩、それどういう意味ですか?><」なんて返事してる恵梨香も恵梨香だとは思う。恵梨香自体は、誰か特定の人と付き合おうとか考えていない。

「あれ、恵梨香ちゃんじゃん」

そんな話をしていると松木先輩が現れた。

茶色い髪は染めたてだろうか。ふんわりパーマをかけ、無造作にセットしている。「わんこ系」という言葉が似合いそうな、かわいらしい顔で女子人気も高い。ベージュのシャツに黒色のチノパンを合わせ、スポーツサンダルを履いていた。

「先輩!」

恵梨香が言うより先にマリが食い気味で挨拶するもんだから、思わず「必死かよ」と言いかけてやめる。続いて恵梨香も「こんにちは」と挨拶をした。

マリは多分、先輩に好意を持っている。ただ先輩が、自分ではなく恵梨香に興味があることも知っている。恋敵なせいなのか、最近は恵梨香のことを心の中で嫌っているような気がする。先輩が恵梨香に笑顔で手を振っているのを見たとき、少し唇を噛んでいたのを私は見逃さなかった。

「土曜日の話、マリちゃんから聞いた?」

「はい、今ちょうどその話をしていたところでした!」

「よかった。じゃあ住所教えてくれない?家まで迎えに行くよ」

「えっ、悪いですよ!」

恵梨香が手をパタパタと振って、「大丈夫ですから」という。そんな様子をみて、先輩がくすっと笑った。

「最初大学前かなって思ったんだけど、マリちゃんちょっと遠いから大変だもんね。ほかのやつらは大学で待ち合わせて行くみたいだけど、女の子に歩かせるのも悪いなって俺は思ってて」

女子のこと考えられる俺って最高にかっこよくない?みたいな感情が見え隠れするが、恵梨香はマリの手を取って喜んだ。

「そんな、先輩優しい……じゃあお願いしてもいいですか?マリも、いいよね?」

「うん!もちろん。先輩、ありがとうございます!」

マリは、先輩が自分のことを考えてくれたという事実がうれしいようだ。背筋をピンと伸ばし、キュッと口角を上にあげて、うれしそうに恵梨香の手を両手で握る。

「じゃあ土曜日ね、楽しみにしてる」

松木先輩は手を振って、キャンパス内に入っていった。マリがうれしそうに手を振り続ける。恵梨香は早々に手を振るのをやめていた。優しく笑って見送るだけだ。

「先輩めっちゃ優しいね、やばくない?」

興奮気味で話すマリ。あなたが恵梨香の友達だから先輩は優しいだけで、別にあなたに特別な感情は抱いていないと思うよ。と言いかけそうになるが、友達を失いたくないのでグッとこらえる。こうして一日に、何度も言葉をこらえている。

恵梨香はきっと「先輩、運転お疲様です」と、何かお礼を準備しておくだろう。そしたらまたマリは唇を噛みしめ、こっそり恵梨香を睨みつける。こぶしを固く握って、怒りを頑張って抑え込もうとする。そんな様子を思い浮かべ、内心ニヤニヤが止まらない。私のこういう、性格がひねくれているところ、本当にかわいくない。恵梨香の爪の垢を煎じて飲ませるべきかもしれない。

「気が利く人だよね、助かる」

ニッコリ笑う恵梨香の顔は、マリや私のどす黒い感情とは違って明るく輝いているようだった。何の裏もない、まっすぐな表情が眩しかった。



バイトに行くマリを駅まで見送って、恵梨香は街中に繰り出す。

「週末のバーベキュー用に、一枚上着を買っておかないと」

こういうときは少しアウトドアな服のほうがモテる。普段からカジュアルテイストを意識しているが、それよりももっと振り切ったスポーティーさでギャップを演出したほうが男子もグッとくるだろう。女子から見ても、媚びを打っていないかんが好印象なはずだ。

「私、黒って似合うのかな」

上着を鏡で合わせて、恵梨香は問いかける。「意外と悪くないと思うよ、普段は着ない色だけど、新鮮」そうだよね、と恵梨香はうなずいた。

ひととおり買い物を済ませて家に向かう。恵梨香は一人暮らしで、大学の近くに住んでいる。女性専用マンションで、セキュリティの高さが決め手だ。かわいい女子は付きまとわれる心配もあるから、こういうところはしっかり気をつけておかないと。

マンションのエントランスに入るなり、恵梨香が管理人にペコリとお辞儀をする。管理人は私の顔を見て「おかえり」と言ってくれた。私も「ただいまです」と、笑ってそれにこたえる。

恵梨香はバッグから鍵を取り出す。ネイビーのレザートートバッグだ。バッグの中は常に整頓されていて、鍵を見失うこともない。そのままオートロックを開け、廊下の突き当りにあるエレベーターに乗り込んだ。5階のボタンを押し、小さくため息をつきながら到着を待つ。

503号室の扉を開け、恵梨香は玄関の鍵を閉めた。

***

「あーつっかれたぁ」

私は玄関にそのまま座り込んで、靴をほおり投げるように脱ぐ。トートバッグとさっき買った上着の入った紙袋を乱暴に床に置いた。

洗面台の鏡を見ると、かわいい恵梨香がそこにいた。ほっぺを一発ひっぱたいで、フフッと笑う。痛い。ちゃんと私だ。思い切り変な顔をして、恵梨香の顔を崩してみる。ムカつく、変な顔してもかわいいとか、我ながら腹の立つ顔に生まれたものだ。

手を洗いながら考える。たまにわからなくなることを。化けの皮をたっぷりかぶって武装した恵梨香が、本当に私なのか。鏡を見て再確認する。恵梨香という人格に私が呑み込まれてしまわないよう、痛みを与えて確認する。

リビングに向かうと、今朝使った食器がそのままだった。「めんどくさ」と口にしながら食器をキッチンに運ぶ。いい加減全部紙皿に変えて、洗い物なんて面倒なことから解放されたい。何度もそう思ったのだが、紙皿がゴミ袋にたくさん詰まっている光景をマンション内の同級生に見られたらなんとなく嫌だからやめた。一歩玄関から外に出れば、みんながかわいいと称賛する「恵梨香」になるのだから。

ソファーにどっしり腰かけて、スマホを開く。松木先輩からの「バーベキューの後って何してる?良かったらドライブ行かない」というメッセージと、マリの「先輩にお菓子でも作ってこうと思うんだけどどうかな!」というメッセージが並んでいた。へぇ、そういうのちゃんと思いつけるんだ。何にも考えてない女だと思ってた。でもね

「はは、お菓子なんて作っても恵梨香にはかなわないよ」

マリのメッセージに「いいと思う♡絶対喜んでもらえるよ!」と返しながら笑った。そんな笑った自分の顔を、スマホのカメラですぐに見てみる。

「かわいくない顔してんな」

思わず眉毛をひそめる。恵梨香はこんな顔しないよ?今すっごい、かわいくない不細工な顔してるよ?自分の中の恵梨香が問いかけてくる。人をあざ笑い、バカにしているような顔。性格悪そう。

「家の中でぐらいいいでしょ、あんたは引っ込んでな」

大きな独り言を口にする。

私はかわいくない自分のほうが好きなのに、みんなはかわいい恵梨香が好き。実際恵梨香のしゃべってることなんてなんの中身もない、相手に同調してるだけなのに。つまり、内面なんてちっとも見てない証拠。外見の可愛ささえあれば、男子も女子もどうだっていい。あとは自分に都合よく動いてくれるかどうかだけ。本当は何を頑張ったって、私の思い通りにしか結局進まないよ?だって私、かわいいから。

先輩にメッセージを返す。「ドライブ大好きです!マリも来るんですか?」って。先輩の恋愛感情には気づいていない風、純真無垢で恋愛とかには疎い天然ゆるふわガール風。すぐに返事が来る。「2人きりがいいなーって思ったんだけど、だめ?」って。「うーん、緊張するけど、いいですよっ」照れてる顔の絵文字、からの畳みかけるような「楽しみです♡」。これまたすぐに既読がつく。「ほんと、困るわ。かわいすぎて」おいおい、メッセージだけのやり取りなのに恵梨香のかわいさにしてやられたのか?当日どうなるんだよ、実物の恵梨香を前にして、飛ぶの?

「バカばっかり」

恵梨香のせいでなおさら私はかわいくないと思うし、日に日に性格がブサイクになっている気がする。だから私は、ボロが出てしまわないように、明日もかわいいを武装する。

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