徒然短編小説 ブルームーン

夜の月に照らされた薄い雲の輪郭がやけにはっきりと見えた寒空の下、悴んだ手を温めるために買った肉まんを頬張りながら、先週のことを思い出していた。

「結婚ってなんなんだろう」

無意識に口から零れた言葉に戸惑いながら、自分の不安に意味を見出そうとする。

相手を幸せに出来るのだろうか、自分に結婚なんて似合わないのではないだろうか、そもそもどうして結婚なんてするのだろうか。

いやいや、結婚自体は幸せなのだ。相手と共に末永く過ごせる口実が出来るのは実に都合が良い。良すぎて騙されてやしないか疑ってしまうほどには幸せを感じている。しかし、幸せであればある程、今までは夢のように思っていた「結婚」という事象が現実味を帯びてくるにつれ、このままで大丈夫なのだろうかという漠然とした不安が襲ってきたのだ。

先週までに式の準備は恙無く進んで、後は式を行うだけなのであるが、ここに来て括ったはずの腹が解け始めたのである。

そもそも、幸せとはなんなのだろうか、私は相手と幸せになりたいし現に今、幸せである。相手もそれなりに楽しく幸せに過ごしているだろうという、自負もある。それなのに、何を不安に感じているのだろうか。例えば、この仕事の帰り道、赤信号を待っているところなのだが、仮に1歩踏み出してしまえば全てが水の泡になる。そんな唐突で理不尽な意味不明な別れがいつか訪れたとき、私は、相手は、どれだけ傷つくのだろうか。

傷つくのならば初めから離れていた方が楽なのではないか。

馬鹿な考えだということは分かっている。結婚などしなくとも、そんなことがあれば傷つくことも分かっている。分かってはいるが、何故かそんな馬鹿げた不安が胸を包むのだ。

そんな不安を忘れようと、貰ったカラシをたっぷりと肉まんにかけ、一息に頬張った。辛いものが苦手な私は、鼻にくる辛さに身を悶えさせ声にならない声をだした。

うん。スッキリした。荒療治である。

スっと軽くなった胸を感じながら、まあ、なんとかなるでしょと考えるのをやめた。

そして、幸せが待つ扉を開けたのであった。

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