見出し画像

死都ブリュージュ(ジョルジュ・ローデンバック)✶読書感想文

ベルギー象徴派の詩人ジョルジュ・ローデンバックによる『死都ブリュージュ』を読んだ。
5年前に妻を亡くした男やもめは、妻を亡くした翌日にブリュージュにやってきた。彼は5年間喪に服し続け、夕暮には毎日、河岸を歩いていた。ある日、いつものように彼が河岸を散歩していると、亡き妻と瓜二つの女性を見かけた。彼女はこの街にやってきた踊り子だった。妻にもう一度会えたと感じた彼は、踊り子に妻の幻影を重ね、彼女そして亡き妻夢中に再びなっていく…。

物語中盤、男やもめのユーグは、亡き妻の幻影を実体を持つ存在にすべく、踊り子に亡き妻のドレスを纏わせる。彼女がドレスを身に纏った瞬間、ユーグの理想はサラサラと砂の人型が崩れ落ちるように、消え去ってしまう。まるで、地上にエウリュディケーを連れ出す直前に振り返ってしまったオルフェウスのごとく…。

実体の無い、ある人の頭の中にだけ存在する幻想というのは、恐ろしいものだと常日頃から思う。
久しぶりに会った人に、何故だか勝手に幻滅してしまうときがある。相手にとっては勝手に作られた幻想など知ったこっちゃないわけだが、自分にとって外的アップデートがされていなかった相手の、思ってたのと違う感じ、なんだか裏切られたような気持ちがして、怒りまでわいてくることもある。
ユーグにとってその相手は、既に外的アップデートされることのない、亡き妻であった。彼の怒りの矛先を受け止めてくれる相手はいなかった。

この物語に登場するブリュージュは、1つの人格を持った寂しく、病気の都市だ。ブリュージュのうら寂しい、なんだかよどんだ空気が、常に主人公たるユーグの心情を通して伝わってくる。
このブリュージュ、その存在感と霞みがかった景色が空想の都市のように感じられるが、水の都と評される実在の都市だと言うから驚いた。
ベルギー象徴派の画家クノップフはこの物語に感銘を受け、「見捨てられた街」の題でブリュージュの街を題材にした絵を多く描いた。彼の描いたブリュージュはやはり、空咳の止まらない病人のように見える。

ユーグが亡き妻と、その面影を持つ踊り子を全く別物だというのに重ねてしまったのと同じく、死都ブリュージュと、水の都ブリュージュは重ねるべき存在ではないだろう。もし私が水の都ブリュージュを訪れたとして、私は幻滅するかもしれない。でもそのとき私は死都ブリュージュの幻影を追いかけることしかできないのだ。やはり私たちにとってブリュージュは霞みがかった幻想の死の都なのだろう。ブリュージュは主人公ユーグであり、同時に彼の亡き妻でもある。そしてそれらを内包する人格を持った都市なのである。


tyl✶

#読書 #読書日記 #エッセイ #日記 #感想文 #死都ブリュージュ #ローデンバック #ベルギー象徴派 #クノップフ #とは #推薦図書

この記事が参加している募集

推薦図書

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?