見出し画像

『コンビニ人間』にワンシーンだけで出てくる「注意男」はなんだったのか考察してみた

たいへん今さらでありますが、村田沙耶香 『コンビニ人間』を読みました。

あの「注意男」はなんだったのか

中盤に出てくる、あるシーン。

ある日、主人公がコンビニに出勤すると、常連客の男性がけげんな顔をしながら店から出てくる。なんだろう?と思って店内に入ると、見覚えのない男性客が他の客にずっと注意している。

「列からはみ出さないでください」「立ち読みはいけませんよ」「棚の陳列を見出さないで」とか、店中の客に延々話しかけてくる。他の客は「コンビニの社員……?」と思いつつ迷惑顔。そのうち若い男性客と口論になり、店長が仲裁に入って注意男は追い出される。

このシーンはのちに「コンビニでは異物は追い出されるのだ」という主人公オリジナル教訓につながるのだけど、注意男はこのシーンでしか出てこない。

あの人はなんだったんだろう。

これはずばり、主人公との対比に使われているのではないだろうか。

この男性のスペックは、56ページにある通り、”くたびれたスーツ姿の中年の男性”である。

ではラストシーンの主人公はというと、、、

くたびれたスーツ姿の中年の女性である。

”くたびれた”と本書には書かれていないが、143ページの

私は十年以上前にクリーニングに出したきりになっていたパンツスーツを着て、髪の毛を整えていた。

から読みとれる。

さらにこの二人の行動はどちらも

客であるにも関わらず、コンビニ店員のように振る舞う

という点で一致している。

その時のレジ打ちはどちらも新人バイトで、最終的には”追い出される”という形でコンビニを後にしている。

一致点が多いのは間違いない。

注意男は、店員でもないのに店員のように振る舞う”迷惑な客”として描かれている。

それに対して、ラストシーンでの主人公は迷惑な客ではなく、むしろ良い行為をしているので、その点は異なっていると言えるだろう。

いや、本当に?

そう、この物語で見逃してはいけないのは語り手が主人公という点だ。

つまり、店員や客から見た主人公の姿が、本当はどう見えていたかを知ることはできない。

ラストシーンでの主人公の様子は、他の客からはどう映っていただろうか。147~148ページにかけての説教セリフは、物語を知っている読者からすると違和感を感じないが、改めて考えると長すぎるとは思わないだろうか?

本書ではこう書かれている。

私にはコンビニの「声」が聞こえて止まらなかった。コンビニがなりたがっている形、お店に必要なこと、それらが私の中に流れ込んでくるのだった。私ではなくコンビニが喋っているのだった。私はコンビニからの天啓を伝達しているだけなのだった。

逆に考えてみる。

あの「注意男」も、コンビニの「声」が聞こえて止まらず、コンビニからの天啓を伝達しているだけだったのだとすると....

そう、「注意男」もまた”コンビニ人間”だったのかもしれない。

この記事が参加している募集

最近の学び

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?