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短編:【安心を担保する】

保険というモノは、余裕がないと準備ができない。
「もしものための保険ですから…」
いま必要なモノではないからだ。
しかし保険は必要なのは理解している。
「医療保険と死亡保険がありまして…」
医療保険は、もしもケガや病気の際に貰える保障。死亡保険は、もしも死んだ際に頂けるお金。

もし死んだ時に貰えるお金…?
もし死んだら、誰が貰えるお金?
「はい亡くなった方のご家族様やご契約者様が指定された方がもらうお金です」
いやいやいや、毎日ひいひい言いながら死んでるように生きているんですから、自分以外の人間が手にするために保険をかけるなんておかしいでしょ?

「そうでしょうか?結婚式だって、もっと幼少でしたらお遊戯会だって、誰かを楽しませたり、育ててくれた両親や親族に感謝を伝えるために行われますよね。葬式だって故人を偲んで集まって頂く儀式。そこにも費用がかかります」
つまり自分が誰かのために準備するお金が、死亡保険…。
「亡くなった時のための備えです」

この国は、国民健康保険や公的年金と言った「保険」を、常に幾重にもリスクヘッジしている。さらに個人の医療保険や死亡保険、災害保険や事故保険…どれだけ「もしも」に備えなくてはいけないんだろうね?
「備えあれば憂いなし、と言いますからね」

備えていれば「もしも」の時に安心。
今の暮らしが厳しいのに、先のことなんて…
「老後のためですから」
老後?…
「もしもケガや病気をした場合…」
確かにこの備えがあれば安心だとは思うけれど…ビクビクおどおどしながら、慎重に安全に生活していてもつまらない。

国の納税額が上向いたので、その分を還元します。と言う政府。そもそも国の税収が足りないから増税し、たまたま上向いたけれど、これまで多くの借金があったから税収を増やして補填していたのではないのだろうか?
「未来のための保険です」
今の人も大事だけれど、過去の人は今の人のために納税し、今の人は未来の人のために増税している。

「どこか、ニワトリが先か卵が先か…の慣用句みたいですね。知ってます?ニワトリの肉は若い方が美味しいんです。でもね、反対に卵は、齢のいった何度も卵を産んでいるニワトリの方が、卵自体も大きくなるんです。つまりは若いウチに肉として食べるのか、卵を産ませるために長く生かすのか」

今の人間を快適に生かすか、未来の国民を優先と考えるか。それは、今の人間なのではないですか?たぶんですけど、両方のシアワセを考えるなんて難しいですよね。

「でも若いニワトリが産んだ卵の方が、小さくても味が濃いらしいですよ…」
なんの話をしているんでしたっけ?
「あなたが亡くなって、死亡保険が支払われたお陰で、ご家族はこんなに盛大な葬儀を行ってくれた、という報告です…」

え、あ、私、死んでしまったんですね。

「もしも、は、常に日常と隣り合わせです。ほら、恋は落ちたくない落ちたくないと抗いながら落ちてしまうモノと言うじゃないですか。もしもの事態も同じように気づかないウチに…」
気づかないウチに死んでしまったんですね…そうか…でも、こんな盛大な葬式はいらないから、もっと自分たちのために使うべきでしたね。

「そう言わないでください。ほらこうやって参列の皆さんが、出前のお寿司を頂けているのは、あなたの死亡保障が支払われたお陰なんですから…」
切ないですね。自分では毎日食べる生活費を切り詰め我慢しながら、死んだあと他人に振る舞っているなんて…そっか、お寿司かぁ…はぁ…この国は、どこか間違っていますよね。

「安心して死んだあとに葬式が行われるだけでも、この国で生きて来て良かったと感謝すべきですよ…」
今の時代、世界情勢を見れば確かにそうかも知れませんね。

ところで保険の外交員の方と話をしていたつもりでいたのですが、失礼ですが、あなたは?いつから入れ替わっていたのですか?…
「私はこの後の道先案内をするために、あなたの過去の記憶と存在しない思い出を組合せて安心をお届けするためにやって来た存在です。いつからいたかと言われますと、正直最初からいましたし、ずっと私と話をしていましたよ…」

死神、ですかね?過去の記憶と存在しない記憶を…AIみたいなことかな?そっか死神だって神様ですもんね。安心を届けるために…確かに恐さは感じないですね。しかし結局実際のところ、老後の備えなんて必要無かった訳ですし、そんなにたくさんの「もしも対策」ってホントに必要だったんですかね〜?

「どうなんでしょうね?それこそ結論はすべて死ぬ間際に解ると言いますよね。死んでもなお後悔だとするならば、本当はそこまで必要ではないのかも知れませんね…まあ疑問が残ってモヤモヤするようでしたら、答えをみつけ出すことも出来ますよ?しばらくこの世に魂を残して…」
こんなことのために未練を残して彷徨いたくはないし、誰しもがたぶん成仏なさるんでしょうね。私も大丈夫です。ああシアワセな人生だったと素直に幕を引きます…
「そうですか。まあ賢明な選択ではないでしょうか…」

ただね。ひとつだけ心残りがあるとしたら…皆さんが私のお金でお寿司を食べるのならば…せめて私もたらふく食べてから死にたかったかな…

     「つづく」 作:スエナガ

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