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短編:【グリーンハイツ201】

下町にあるその建物は、レンガ色の茶色い外壁で囲まれていた。

「グリーン…ハイツ…外観は緑ではないんですね…」
不動産屋で間取りと駅からの距離だけ確認していたサトシは、その建物名とのギャップに違和感を覚えた。
「こちらのオーナーさんが、住居は樹の幹みたいなモノで、住まわれる皆さんがイキイキとキレイな緑色の葉になるとの思いから、この名称にされたようですよ」
「へえ〜」

3階建て、ワンフロア3世帯の小振りな昔ながらのアパート。
「1階部分は共同玄関と管理人室があって、ファミリータイプ1世帯様が住んでいます。2階、3階には3世帯ずつ。今回ご紹介は、2階の201号室、角部屋になります」
「あ、エレベーターは無いんですね…」
「ええ、3階までなので…ですが、お部屋もリノベーションされていますし昔ながらの建物なので丈夫で比較的広さがあるかと…」
本日3件目の内覧。小さい車で一緒に回ってくれる、不動産屋担当の山本さんは、嘘のない実直な女性だった。

移動の車内でも気さくに話をしてくれた。
「お引越しは初めてですか?」
「いえ、大学に入る時に地方から出て来て、最初の引っ越しをしまして…2年くらい住んで、契約更新を機に…正直まず東京に出てきて、最初は右も左もわからず選んでしまったので、今度は長く暮らせる良い物件と巡り会えたらと思っていまして…」
紹介してくれた他の部屋も、条件や印象は悪くはなかった。
「そうですよね、そう何度も引っ越しするのは大変ですもんね…」
部屋との出会いも、人との巡り合せも、タイミングである。
「まあ幸い、学業に専念するため荷物は少ないので、今の内に引っ越しできれば」

山本さんが201号室のカギを開いて、中に誘導する。部屋に入った瞬間に開放的な光が目に飛び込んでくる。カーテンが付いていないその部屋は、リノベーション物件らしく少し生活感がない印象だった。
「確かに少し広いですね」
「最初と次に見たお部屋より、少し駅から遠いですが、その分広さとお値段が嬉しいですよね」
「確かに。内装は築年数を感じさせないですね。昔の建物は、壁も厚くて、隣のお宅の気配もあまりしない…」
2階の角部屋、リノベーション物件、収納の多さ。間取りを見て気に入って、内覧をお願いした。
「この場所だったら大学まで自転車でも行けますね…」
「1階に屋根付きの駐輪場もあります。折りたたみならベランダに置くこともできますね」
交通費も浮かせられる。買い物にも行きやすい。

「もうひとつ、こちらのオーナーさんの計らいがありまして…この物件、ペット可です、犬猫と暮らせるんです!」
「へぇ〜」
「オーナーさんが動物好きな方で」
「ああ、だから部屋の収納や、ちょっと登れるキャットウォークがあるんですね…」
「近くの公園も春には桜が咲くようですよ、ワンちゃん散歩させたり…」
近くに公園。なるほど、長く住むには環境も良い…嬉しそうに話をする山本さんの表情にとても癒やされる。サトシには、この部屋での生活が鮮明にイメージできた。

「間取り図のイメージ通りでした?」
「確かに今日拝見した3件の中で、一番しっくり来ました」
不動産屋の山本さんが笑みを浮かべている。まんまと策略に乗せられた気もする。きっとこの物件で決めさせるために内覧の順番を決めたのだろう。
「ただ…」
「ただ?」
サトシは窓の外を見て、少し笑う。
「建物の名称と外観はイメージと全然違いました」
二人で笑う。
「茶色い外観でグリーンハイツですから、それは仕方ないですよ」
「仕方ないですけど、家族や友達に説明する時に絶対言うでしょうね。茶色い建物だけど、グリーンハイツだって…」

     「つづく」 作:スエナガ

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