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短編:【神が授けた一日】

目を覚ますと、あたりは真っ暗だった。
「3時?」
ベッド横のデジタル時計は3時5分を表示している。
「あれ?昨日…」
頭の中で記憶を辿る。
「有給消化をしないとペナルティになるからって…」
そう、溜まりに溜まった有給休暇を期限までに消化するようにと注意された。なので、すぐに申請をした。
「明日は休みだからって…」
よく行く居酒屋で呑んでいた。
「仕事終わってからだから、10時からだったっけ…?」
途中から記憶が無い。
「常連さんが来て…あのあとどうした?」
ケータイを探し、何かヒントは無いかと見る。特に記録はない。
「あれ?支払いどうした?」
財布を探そうとして、もう一度ケータイを見る。
「あれ?ケータイ?」
手に持つ感触に違和感。
「えっ…これ、10年前に使ってたガラケーじゃん?」
手には2つ折りケータイ。
「オレのスマホは?」
もう一度部屋の中を見回す。ずっと住んでいる部屋なので大きな変化は無いが、暗がりに見える自分の脱ぎ捨てた洋服や、吊るしてある春物の上着が、明らかに若かりし自分が着ていたであろう趣味である。
「なんだ?酔っ払っているのか?」
財布がある。そう言えばこの財布、何年使ってる?財布は毎年変えると良いとテレビで言っていたな…
「減ってる。ちゃんと払ったんだな…」
本当に払ったのだろうか?最初からお金が入っていなかったんじゃなかろうか?自分の着ているモノや、部屋の雰囲気から、仮にタイムパラドックスに巻き込まれたとしても、季節は春先なのは判る。
「いいや、どうせ今日は有給休暇だから、二度寝しちゃえ!」

次に目覚めた時は、6時8分だった。部屋の景色を見る。
「あ…戻ってる?」
脱ぎ捨てられた衣服はあるが、確かに昨晩着ていたワイシャツとスーツのズボン。窓から入る柔らかい光。
「夢?だったのかな?」
大きく伸びをする。
「ん〜…っと!せっかくだから桜でも見に行くか!」
実家に住んでいた頃だったら、部屋の掃除をしなさいと、母親に口うるさく言われたことだろう。
「もう13年も経つんだな…」
母親の面影を思い出す。
「花見花見!」
飛び起きて、お湯を沸かしインスタントコーヒーを入れる。時計が7時を表示する前に、玄関のカギをかけて部屋を出る。

「ふう、上野なんていつぶりだろう…」
さすがに桜の季節の定番。平日だというのに思った以上の人出。
「まだ午前中なのに酒盛りか…」
ブルーシートを広げた人々が楽しげにお酒を呑んでいる。昨晩呑み過ぎたこともあって、まだ呑みたい気分にはなっていない。
「夕方になったら…」
桜のある通りを遠目に眺め、西郷像の後ろにあるベンチに腰を下ろす。ポケットを探ってケータイを出す。
「…ケータイ?」
ポケットから出てきたのは、スマホではなくケータイ。
「え?朝見たヤツ?」
勝手知ったるかつてのケータイをいじる。着信を見る。実家から電話が入っていた。
「そうだ…母さんの三回忌に出るようにと実家から電話があって…」
様々なことを思い出す。西郷さんの後ろ姿を見る。
「桜の名所も、銅像も、変わっていないんだよな…」
ふと手元を見ると、ケータイではなくスマホを握っている。
「え…なんだ?まだ酔っ払ってる?」
なにがあったのかわからないが、無性に可笑しくなってくる。
「まあ、せっかくのお休みですから!」
そう言って立ち上がる。まだまだ午前中である。
「昼間のビールは最高に美味いんだよな…」
花見客を横目に、缶ビールを買いに行く足取りは素早くなっていた。

     「つづく」 作:スエナガ

#ショートショート #物語 #短編小説 #言葉 #写真 #フィクション #桜の季節 #タイムパラドックス


【余談 または 蛇足】

実際の西郷隆盛像写真。

それこそ良く上野を訪れる方ならお気づきのことでしょう。
西郷隆盛像の周辺には、桜の木はありません。

ご存知の通り、この銅像の除幕式時に本物のご家族が「この方はどなたでしょう?」と言ったとか、言わないとか。とにかくいまの西郷さん像は、花見客すら素通りしてしまう寂しい場所で今も東京の街を見ています。

だからこそ労いの意味も込めて夢のある画像で、夢のある物語をご紹介したかった。

そうです。トップの画像は「生成AI」による、満開の桜に囲まれた西郷さんです。正直、自分の手を使って合成もできますが、今後増えるこうした画像の、どこに愛があって、どこにインテリジェンスが感じられるのか、そういった観点で今後も活用させて頂きたいと思っております。

幕末の皆様、いまの日本、どのように見えていますか?



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