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短編:【トマト、いかが?】

「ウチの小さい庭で家庭菜園をやってましてね…」
休日の昼前に突然の訪問者。マンション1階に住んでいるという50歳くらいの中年女性。正直見かけたことも挨拶をしたこともない。
「あ、そうですか…わざわざスミマセン…」
3階に住む僕は、面識のない人からいきなり野菜を持って来られて動揺していた。
「あ、あの…なぜ僕の部屋に?」
「あら、ゴメンナサイ…いつもゴミ捨てとかちゃんとなさっていて、帰宅も遅いのにエコバッグさげて、食材を買って自炊なさっているのかなと思ってね。…いきなりでご迷惑だったかしら…」
悪気は無い、と思う。ゴミや自炊?監視されているのか?
「これね、さっき採ったばかりのトマトなんです…サイズも小さくて不揃いでしょ?」
「いやいや、売り物みたいにキレイですよ。ホント、いまは夏野菜も高価ですよね」
「そうなのよ、こんな小さいモノでも、結構いい値段するのよね…」
わざわざ値段を確認したのだろうか?そんな疑念が生まれる…

「味は良いの…ね、食べて」
「あの…せっかく収穫されたモノですけど…申し訳ないです…どうぞご自宅で食べてください…」
親切の押し売り、とは言わないが、会話をしたことも無い人から、いきなり野菜をもらうことに抵抗があった。やんわりと持って帰ってもらう方向へと話を進めたい意図が働いた。
「遠慮なさらず…ウチで食べる分は十分に採りましたから…」
どうにも引く様子はない。
「そうですか…それでは…1つだけお裾分け頂きます…ありがとうございます…」
そう言って、真っ赤に色づいたトマトを1つだけもらう。
「良ければ、食べた感想を聞かせてくださいね…」
本当に悪気は無い。きっと良い人なんだろう。玄関ドアを閉めて、少しだけ玄関の外の様子を聞き耳立てて伺う。ウチ以外の両サイドに野菜を届けている気配はない。訪問者用の覗き穴で見ると、そのままエレベーターホールの方へ。
「なんでウチだけ?」

それから1時間程過ぎて、お昼の買い出しに行こうと、財布とエコバックを手に降りる。道すがら、1階の庭が見える所で、住人の方がいるのか覗いてみる。しかしそこには家庭農園など見当たらない。物干しには小さな子どものいる若い夫婦のような洗濯物が見えた。
「あの女性が住んでいる、のか?」
買い物を済ませて帰宅し、共同玄関横の郵便受けの名前を確認する。確かに1階部分は、あの庭のある1世帯だけ。
「タムラ…さん…って言うのか?」
先ほどもらったトマトが気味悪く思える。それは白雪姫の毒入りリンゴのように鈍い輝きを放ち、誘惑しているかのように赤かった。
「誰なんだ?あの女性?」
トマトは食べずにゴミ箱に捨てた。

気になって3日ほど、マンション住人の中に、あの女性がいるのか調べてみたが、結局わからなかった。

その女性は次の休日にも訪問して来た。
「あ、先日はどうも…あの…」
「トマト…」
「あ!はい!美味しかったです。よく熟れていましたし…」
「燃やすゴミで捨てましたよね!?」
息を飲む。
「あの…」
この人は、ウチのゴミを漁っている?
「あ、スミマセン!実はトマト…苦手でして…その…」
女性は一歩踏み出して来る。玄関ドアに足を挟むカタチになる。
「人のコウイを!」
その言霊が『行為』なのか『好意』なのかはわからなかったが、十分恐怖は伝わった。
「アナタ、どなたですか!?」
「誰だってイイでしょう!」
「良くないでしょう!タムラさん!?」
「タムラ?」
「誰なんだよ!」
思わず突き放す。ドアに激突する鈍い音がする。
「なんだよ!」
玄関先でグッタリする中年女性。
「やべえよ…」
慌てて警察に電話する。
『はい、事件ですか?事故ですか?』
「あ、あの…」
玄関を振り返える。中年女性がいない。
『もしもし?』
「あ…大丈夫です、失礼しました…」
ゆっくりと電話を切る。

玄関にグッチャリと潰れた、熟れたトマトが見えた…

     「つづく」 作:スエナガ

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