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短編:【正月気分】

正月はずるい。おまけが付いている。
正月とは一月一日のことで、本来その一日だけの祝い事だったはず。なのに二日も三日も一緒で正月三が日と呼ばれ、誰もが休みだと思っている。さらには七草がゆなどの行事もあり、だからみんな正月だけ特別扱いをする。

私は近所ではまあまあ大きめのスーパーでレジ係をしている。最近では「初売り」というものもあり、近隣のお店でも元旦から、遅くても二日から仕事が始まっている。
正月気分などあったモノではない。 

私も二日からの出勤。
本日の特売品は「新春にぎり寿司の詰め合わせ」。
親戚やご近所が集まった時の食事に最適な、人気商品だ。正月三が日のスーパーでは、とにかく家族連れが多い。子供も父親もみんながお休みなのだ。
「お父さん、アレ買って」
「お爺ちゃん、ハンバーガー食べたい」
子供たちはここぞとばかりに甘えん坊に変わる。普段なら決して買わない親達も「正月だけだぞ」と笑顔で家族を演じている。 

レジ係の私にも夫も息子もいる。
ここ四年ぐらい元旦以外は、揃って食事をした記憶がない。

通常ならば混雑する時間帯なのだが、正月だけは夕方には客足がサッと引く。夜は家で家族と、新春のくだらないお笑い番組でも観て、お酒を飲んで笑っているのだろう。今日もあと30分程バーコードとの戦いが続く。みんなが休みの時に働かなくてはいけない惨めな気持ちを、誰が気づいてくれるのだろうか。 

帰り際に「ロス」が出た。ロスとは、賞味期限切れ間際の商品や、売れ残った生ものなど、店頭に出せなくなった品物のことだ。
「このにぎりの詰め合わせ、持って行っていいよ…今年もよろしく」
そう言われ、店長から渡された。
まだまだ食べられるのにもったいないと、廃棄せずに譲ってくれるさりげない優しさに甘え、ありがたくエコバッグにしまう。

家に帰ると、リビングではテレビのボリュームを最小限にし、少しだけお酒を飲んでこたつでうとうとしている夫がいた。息子の部屋を覗くと、電気を付け机に向かう受験生の後ろ姿があった。
「お寿司もらったけど、夜食にどお?」
受験生の息子の後ろ姿に、小声で尋ねる。振り向かず、一度上を見て静かに頷く。

キッチンのテーブルで、寿司のパックを開ける。
お湯を少し沸かし、熱いお茶を入れると、息子がゆっくり入ってくる。
「ねぇ母さん」
近頃まともに話をしていなかった息子が、珍しく話し掛けてくる。
「正月なのに勉強しなくちゃいけない受験生は悔しく思ったけど…僕らの受験は一時でしょ。よく考えたら、ここ毎年正月なのに働きに出ている母さんの方が、ホントに心が折れそうなくらいツライんじゃないかなって…」
自分の受験で一杯いっぱいなはずの息子の言葉に目頭が熱くなる。
「そんなことないよ…ウチの本当の春は、あなたが合格したら必ず来るんだから」
「うん…うん、そうだね」
小さないびきを立てている夫のために、羽織るモノを取りに寝室に行く。

我が家の正月気分は、まだ来ていない。

      「つづく」 作:スエナガ 

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