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短編:【スエトモの物語】

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短編小説・物語はこちらです。 ◉毎週1本以上、継続はチカラを実践中!新作順にご紹介。短い物語のなかに、きっと共感できる主人公がいるはず…見つけて頂けたら幸いです。
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短編:【夏は鰻と、】

金がない。まったくない。いやウソだ。ポケットには374円ある。 「あちぃ〜」 なんて猛暑。いや酷暑。真夏日。記録的暑さ。殺人的な夏の日差し。どんな言葉に変換しても同じだ。 「あちぃ〜ょ〜」 暑いだけで涙が出る夏は、人生で始めてだ。いやウソだ。去年も、その前の夏も、たぶん10年に一度の異常な暑さだった。 公園の水飲み場で蛇口をひねる。チョロチョロと申し訳程度に水が出る。 「…節水制限」 脳裏に現れる四文字。そうですか。そうですよね。税金もまともに払っていない人間には、こういう

短編:【トマト、いかが?】

「ウチの小さい庭で家庭菜園をやってましてね…」 休日の昼前に突然の訪問者。マンション1階に住んでいるという50歳くらいの中年女性。正直見かけたことも挨拶をしたこともない。 「あ、そうですか…わざわざスミマセン…」 3階に住む僕は、面識のない人からいきなり野菜を持って来られて動揺していた。 「あ、あの…なぜ僕の部屋に?」 「あら、ゴメンナサイ…いつもゴミ捨てとかちゃんとなさっていて、帰宅も遅いのにエコバッグさげて、食材を買って自炊なさっているのかなと思ってね。…いきなりでご迷惑

短編:【知らないとこから、こんにちは】

「今日さ、SNSに知らない外国の人からコメントが来たのね…」 「どんな?」 「この写真、素敵ですね、どこで撮影したんですか?って」 女性3人でフレンチを楽しんでいる。 「あ〜、デタ〜たまにあるよね〜」 「やっぱたまにある?」 「この猫ちゃん、可愛いですね、何歳ですか〜とか」 「あるある!欧米の人とか!」 「え〜私はアジア圏の人だったよ〜」 届いたマルゲリータを裂きながら皿に取り続ける。 「やっぱりあれって、何かの詐欺なのかな?」 「ロマンス詐欺的な?男性からなら疑っちゃうよ

短編:【何か問題でも?】

「なんか『2025年の壁問題』ってのが大変みたいだね」 「なに、朝、テレビでやってたの?」 「そう。なんかね、2025年に世の中DX化が激化してプログラマーが不足して様々なシステムが麻痺するとか何とか…」 プッチンプリンが店頭から消えて、情報番組がこぞって伝えていた。 ファミレス。4人がけの席に向い合せの女性ふたり。 「なになに?なんの話?」 3人目の女性がドリンクバーのグラスを持って席に着く。グラスの中身は、この世のモノとは思えないような色をしている。 「2025年の壁

短編:【仲睦まじく】

「ちょっと惜しかったね」 リビングで妻と息子が本日のミニテスト結果を見ている。 「どうしたの?」 帰宅した夫も会話に参加。 「これね、“なかむつまじい”を漢字に…って」 「ああ、結婚式のスピーチでも使うよね、“末永く仲睦まじくお過ごしください”って」 「僕、陸上クラブだから…」 「仲“陸”まじい。って睦を陸って書いちゃって…」 「クラブのみんなと仲良く、陸みたいな字って覚えたからさ…」 息子は少し悔しそうだ。 「睦まじいってさ、“親しい”より深い関係なんだってよ、意味的には

短編:【不甲斐ない】

市長が辞職した。 彼の口癖は『不甲斐ない』だった。 『いや〜ホント、不甲斐ない!私が不甲斐ないばっかりにこんな事態に…』 「ねぇこの市長さ、ずっと謝ってないよね…」 姉ちゃんがリビングでポテチを食べながらテレビにボヤいている。 「“不甲斐ない”って言ってるよ?」 僕は冷蔵庫の牛乳をコップに注ぎながら応える。 「違うんだよ、不甲斐ないって、情けないとか、意気地ないって意味なんだよ」 「あ〜、そうなんだ」 「“不甲斐なくて申し訳ない”、だったら謝罪になるんだけど、“私が情けな

短編:【その花の名はナガミヒナゲシ】

『この外来種、実は毒性が強く…』 『え!近所の公園でも良く見かけますよね!?』 『いやあ子どもが間違って触っちゃうと…』 昨日まで美しいとされた花が、闇へと落ちた、または落とされた。 朝のテレビ情報バラエティが5分も時間を割いて紹介した。理由は単純で、めぼしい芸能・スポーツの話題がなかったからだ。 10年以上前から各地の役所などで警鐘を鳴らし、ネットSNSの動画で度々アップされる身近な危険、季節の花。放送時間を埋めるため、このテーマに白羽の矢を立てた。 一気にトレンド入

短編:【シンプル・イズ・ベスト】

東京の賑わう繁華街。 「やめてください!」 「何だよ〜ちょっとくらいいいだろう」 「触らないでください!」 年の頃、二十二、三の女性がガラの悪い三人組の男に絡まれている。 「スミマセン、助けてください」 たまたま夕食を食べに来た、三十男に救いを求める。 「どうしました?」 「ひとりでフラフラしているなら、一緒に遊ぼうと言われまして」 「なるほど、では私は連れのフリをすれば良いのですね?」 「お願いできますか?」 「もちろん!」 「何だよ兄ちゃん、知り合いか?」 「待ち合わせを

短編:【カフェにて(恋のリベンジ篇)】

通り横にあるそのカフェは、電源やWiFiが自由に使えることもあり、保険の勧誘、金品の営業販売、中には芸能事務所の面談や、ノマドワーカーなど、ちょっとクセの強い客が多く訪れ、なにより長居をしていてもあまり迷惑そうな顔をされないことが魅力の店だった。 私は、そのカフェまで徒歩3分の激チカ物件に住んでいた。あの日以来、…正確には数週間前、長く付き合っていた人と別れてから、暴飲暴食をしてはトイレで吐く、過食症にも似た行為を繰り返してしまう日々を過ごしていた。部屋にいると気が滅入って

短編:【なんだろうコレ?】

スマホの写真フォルダを整理しようと、過去に撮った写真を見ていた。その中にスクショした、随分前に残した地図アプリで検索した画像があって、ただ自分でもそれを残した記憶が思い出せない。住所が書いてあるので、もう一度検索をしてみる。普段さほど通らない道だし、周辺の景色を見ても単なる何の変哲もない住宅街のようだ。 「なんでココ調べたんだろう?」 画像情報を見ると、金曜日の23時42分。 「この時間は、まだ帰宅途中かな…」 たしかその頃は仕事が溜まっていて、遅くまで会社で仕事をしていて

短編:【背後に立つ】

最初にその存在に気がついたのは、駅の公衆トイレで小便をしていた時。目の前でピカピカと輝くタイル越しに、何か違和感を覚えた時だった。明らかに僕の右後ろのかなり接近した場所に、その人影が見えた。 「えっ…」 いくら混雑した公衆トイレだとしても、通常順番を待つ場合は、入口付近で並んでいるのが暗黙のルールだろうと思った僕は、キッと眉間にチカラを込めて振り返った。 が、そこには誰もいなかった。 「気のせい?」 エスカレーターに乗って降りていても、誰かがすぐそばにいる感覚。 ホーム

短編:【安心を担保する】

保険というモノは、余裕がないと準備ができない。 「もしものための保険ですから…」 いま必要なモノではないからだ。 しかし保険は必要なのは理解している。 「医療保険と死亡保険がありまして…」 医療保険は、もしもケガや病気の際に貰える保障。死亡保険は、もしも死んだ際に頂けるお金。 もし死んだ時に貰えるお金…? もし死んだら、誰が貰えるお金? 「はい亡くなった方のご家族様やご契約者様が指定された方がもらうお金です」 いやいやいや、毎日ひいひい言いながら死んでるように生きているんで

短編:【ここからは情報戦】

入社3年目で営業部のリーダーをしている清野さんが辞めるらしいという噂が、昼休み明けからポツリポツリと聞こえてきた。職場を去る場合、1ヵ月前までに上長に伝えるのが世の中のルールであり、退職する場合はその前迄に移る職場を秘密裏に探しておく必要がある。少なくとも彼は3ヵ月、長くとも半年前には退職を決めていたのであろう。それはまるで隠密やスパイのようにバレてはいけない内緒の動きである。 昼休み後に噂が出るのは、会社という組織の特徴で、昼休みにその情報を手にした誰かが、ご飯を食べなが

短編:【ムショクトウメイ】

「仕方ないじゃないか、辛気臭いね〜」 「いやでもさ〜」 「デモもテロもないさ、会社の方針だろ?」 「このタイミングで無職なんて…ここにも呑みに来れなくなるよ…」 私には嬉しいこと、悔しいこと、とにかくお酒が呑みたくなると訪れるスナックがあって、そこの人間味あふれるママさんに、なんだかんだと喋っているうちに気持ちも軽くなったものだった。 「あれですよ、もしいま犯罪を犯して逮捕されてニュースになった時に、目つきの悪い瞬間でストップされて“無職の”ダレソレって書かれるヤツですよ…