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短編:【スエトモの物語】

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短編:【木の上の猫】

昨夜の雨も上がり、久々に日向であれば薄手のコートでも充分暖かく感じる、ある冬の昼下がり。たまたま入ったお店の、本日のランチが大正解で、満腹感プラスアルファーの満足感の中、公園の木々の間を歩いていた。 「あの~、あの、すいません…」 どこからともなく、中年男性の声がする。 自分の右手の方から聞こえた気もするし、後方からの気もする。 気のせいか?誰もいない。 「ちょっと、そこの旦那さん…」 やっぱり聞こえる。周りには人影はない。気味が悪い。それに私はまだまだヤングで、旦那と呼ば

短編:【日本人もビックリ!】

カレーのデリバリーをしている褐色肌の外国人が、すべてインド人だという偏見を持ってはいけない! 同様に、デリバリーをしているすべての人が、道をちゃんと把握していると思ってもいけない。 写真撮影やネタ収集には持って来いのまだ全部が葉桜になる、少し前の話。駅ひとつ先の道をぶらぶらしていると、明らかに迷子の配達員を見かけた。彼は明確に困っていた。観光地であるその街で、道行く優しそうな人たちに声をかける。が、外国人から「エクスキューズミー」と言われると、誰もがサッと避けてしまう。ぶ

短編:【不甲斐ない】

市長が辞職した。 彼の口癖は『不甲斐ない』だった。 『いや〜ホント、不甲斐ない!私が不甲斐ないばっかりにこんな事態に…』 「ねぇこの市長さ、ずっと謝ってないよね…」 姉ちゃんがリビングでポテチを食べながらテレビにボヤいている。 「“不甲斐ない”って言ってるよ?」 僕は冷蔵庫の牛乳をコップに注ぎながら応える。 「違うんだよ、不甲斐ないって、情けないとか、意気地ないって意味なんだよ」 「あ〜、そうなんだ」 「“不甲斐なくて申し訳ない”、だったら謝罪になるんだけど、“私が情けな

短編:【その花の名はナガミヒナゲシ】

『この外来種、実は毒性が強く…』 『え!近所の公園でも良く見かけますよね!?』 『いやあ子どもが間違って触っちゃうと…』 昨日まで美しいとされた花が、闇へと落ちた、または落とされた。 朝のテレビ情報バラエティが5分も時間を割いて紹介した。理由は単純で、めぼしい芸能・スポーツの話題がなかったからだ。 10年以上前から各地の役所などで警鐘を鳴らし、ネットSNSの動画で度々アップされる身近な危険、季節の花。放送時間を埋めるため、このテーマに白羽の矢を立てた。 一気にトレンド入

短編:【シンプル・イズ・ベスト】

東京の賑わう繁華街。 「やめてください!」 「何だよ〜ちょっとくらいいいだろう」 「触らないでください!」 年の頃、二十二、三の女性がガラの悪い三人組の男に絡まれている。 「スミマセン、助けてください」 たまたま夕食を食べに来た、三十男に救いを求める。 「どうしました?」 「ひとりでフラフラしているなら、一緒に遊ぼうと言われまして」 「なるほど、では私は連れのフリをすれば良いのですね?」 「お願いできますか?」 「もちろん!」 「何だよ兄ちゃん、知り合いか?」 「待ち合わせを

短編:【カフェにて(恋のリベンジ篇)】

通り横にあるそのカフェは、電源やWiFiが自由に使えることもあり、保険の勧誘、金品の営業販売、中には芸能事務所の面談や、ノマドワーカーなど、ちょっとクセの強い客が多く訪れ、なにより長居をしていてもあまり迷惑そうな顔をされないことが魅力の店だった。 私は、そのカフェまで徒歩3分の激チカ物件に住んでいた。あの日以来、…正確には数週間前、長く付き合っていた人と別れてから、暴飲暴食をしてはトイレで吐く、過食症にも似た行為を繰り返してしまう日々を過ごしていた。部屋にいると気が滅入って

短編:【最初から結論ありき】

「そのお話…、エビデンスは何ですか?」 「エビデンス?」 「根拠です!」 「いやいや、意味はわかっていますよ。エビデンス、なんて…ありません」 立派な応接ソファーに座った男性は静かに足を組む。 「いいですか?…そもそも人類は朝と夕方二食で暮らす生き物でした。それをトースターを考えた偉い発明家さんの思案で、朝昼晩の三食にすることで、トースターも売れて、パン屋も儲かった」 「ああ、まあ、有名なお話ですよね」 「土用の丑の日。夏場にウナギ。これだって、そもそも冬場に脂の乗るウナギ

短編:【花の教え】

「最近の桜って花びら白いよね…」 彼女はそういう敏感な感性を持っていた。 「白い?」 僕には、桜の花びらがピンクに見えていた。いや、そう思い込んでいたのかも知れない。周りを見渡すと、至るところで花吹雪が舞っている。 僕には20年間、彼女がいない。奥手というか、人付き合いが苦手というか。大学に進み、同じゼミを専攻した彼女と出会った。 「もちろん品種によっても違うだろうけど…昔の花吹雪ってもっとピンク色だったと思わない?」 「ああ、そう…かもね…」 話を合わせてみる。 「自

短編:【神が授けた一日】

目を覚ますと、あたりは真っ暗だった。 「3時?」 ベッド横のデジタル時計は3時5分を表示している。 「あれ?昨日…」 頭の中で記憶を辿る。 「有給消化をしないとペナルティになるからって…」 そう、溜まりに溜まった有給休暇を期限までに消化するようにと注意された。なので、すぐに申請をした。 「明日は休みだからって…」 よく行く居酒屋で呑んでいた。 「仕事終わってからだから、10時からだったっけ…?」 途中から記憶が無い。 「常連さんが来て…あのあとどうした?」 ケータイを探し、何

短編:【ガラパゴス】

「先輩…もう限界です!」 今年入社の新人さんが、1ヵ月も経たずに愚痴りだしている。 「なになにどうした?」 教育係の私は、愚痴を聞いてあげるのも仕事である。とはいえ、たかだか3年前に入社した私も、いまの会社に不満がない訳では無い。会社からちょっと離れた小洒落たカフェで、新人の彼女とランチを摂っている。 「この会社!もう終わってますよ…」 「なに、課長になんか言われた?」 「課長だけじゃないです!部長もそうだけど…完全にガラパゴスですよ!ガラパゴス!」 「ガラパゴス…」 最近

短編:【No Movie,No Life.】

僕には30年続けている“こだわり”があって。というか短いスパンでのこだわりはたくさんあって、例えば、土曜日は昼から餃子を作り夜はガンガンお酒を呑む。これは3年くらい続けたのですが、ある時に見たテレビ番組で「最強の完全食が餃子」という特集があり、確かに肉・野菜がしっかり入って、炭水化物の薄い皮に包まれた、素晴らしい食事で、主食がビールで、米食を制限していた僕にとっても完全食だと信じていた。この頃はスライサーとおろし金の二刀流で、毎週毎週週末にキャベツを切って、長ネギも細かくして

短編:【四月馬鹿】

「エープリルフールってあるでしょ」 「四月馬鹿、嘘ついてイイ日ね」 ファストフードの店内で向かい合う学生カップル。男子が自慢気に話しかける。 「世界的に浸透しててさ、各地で様々な嘘が飛び交うんだよね」 「へぇ〜そうなんだ」 女の子はズズズとドリンク飲み干して、紙のカップを揺する。氷の乾いた音がする。 「なのにさ、明確な由来とか起源とかが判っていないらしいんだ…」 「そうなの?え、だってバレンタインデーもクリスマスも、はじまりが判っているじゃない?」 「もちろん、諸説あるんだ

短編:【曖昧な話】

「それほど好きじゃないかな…」 「それほど?」 「いや、嫌いじゃないけど…」 曖昧な人の会話。曖昧な返答。 人の生活は0か100かで割り切れるものではないが、かなりの確率でフワッとした曖昧な言葉で出来ている。 「前は好きだと言ったじゃないか!」 公園でカップルがケンカをしている。ケンカ? 「言ったけど、う〜ん、それほど…好きじゃないかも」 女は悪びれず。 「好きじゃないって…」 男はうろたえている。 「好きは好きなのよ。う〜ん、ポテチくらいに好き」 「ポテチ?」 「そう!

短編:【普段着のままで】

いくらどんなに取り繕ったところで、中身が伴わなければ仕方ない。逆に中身がどんなに素晴らしくても、キレイに着飾らなければ気づいてもらえないこともある。 「お見合い…ですか?」 彼女はずり落ちそうなメガネを直して聞き直した。 「いえね、知り合いの方の御子息なのよ…もうね、本当に素敵な人でね…」 おばさんは付き合いでしょうがないとでも言いたげに応えた。 「はぁ…」 今どきはマッチングアプリもあれば、出会い系もある。 「そんなに気合いを入れずに、ホント、普段着でいいの!ね、だから…