短編:【スナイパーがいる】
今朝気がついた。私、スナイパーに狙われている。ひとりならまだしも、家から駅まで、たかだか直線で150m程度、一回曲がるだけの駅チカ物件の間に、ザッと3人。いや、私が見つけられなかっただけで、それ以上いたのかも知れない。
間違いない。高いマンションの上、非常階段。道の隙間。
スナイパーの目的は…私の殺害?
…狙われる覚えは
…強いて言うなら…
合同コンパがあった。もとい。異業種交流会が行われた。二週間前の週末。二年ぶり四回目の出場。先方は証券会社で営業職の方を中心に、そのお友達 5対5。
「でもホント、山田さん素敵だから…。え、会社では何を?」
ビシッとした服装。幹事の男性、営業マンだからなのか、口が達者でルックスも好みだった。
「あ、はい、会社で窓口業務を…」
間違ってはいない。女性だからと、高嶺の花として会社の入口のお飾りになっているとは言っていない。私も営業の端くれ、会社の窓口として営業業務にあたっている。
「休日は何をなさっているんですか?」
情報の探り合い、その攻防戦。
「はい、サバイバルゲームを少々…」
当然そんな素直には言えない。
「バードウォッチングを…」
「へぇ、自然が好きなんですね…」
「自然の中を歩くと気分転換になりますから…」
モデルガンを撃ちまくることでストレス発散を、とは口が裂けても言えない。
「それで健康的な肌の色をしているんですね!」
褒め言葉だろうか。疑われている?
「“僕も”営業ですから、夏場は…」
半袖のYシャツの肩を捲ると、下から本来の肌色。
「かなり鍛えてらっしゃるんですね!」
「そっちじゃなくて、色の差を見てくださいよ!」
声を出して笑う。光る白い歯も悪くない。
「まさか“私も”営業職で、普段外回りをしていることに気づいたのかしら?」
会社の近くにもスナイパーが。
「あれ?」
ふと目を細めてそこを見ると、スナイパーと目が会う。
「違う!」
スナイパーだと思った人は銃ではなく、超望遠カメラを構えていた。
「え?他の人は?」
バッと後ろを振り返る。
「やべっ!」
電柱の影に隠れた人物は、超小型カメラで録画しながら歩いていた。
「あ!」
私の考えすぎ?数名のスナイパーもどきの正体は、多分、興信所の捜査員。それ以外は…
「防犯カメラの視線…?」
街中至る所にある防犯カメラ。探偵捜査員の射すような視線で過敏となり、関係ない監視カメラの目にも過剰となっていたようだ。
会社に到着した時、その理由がわかる。
『山田さん、大丈夫ですか?』
先日の営業男性からショートメッセージ。
『気になる女性に会った旨、家族に話しまして…』
「気になる女性…って、さらっと言えてしまう所がボンボンなのか?」
文字でも伝わる、口の上手さ。
『ウチの親が勝手に興信所の探偵に身辺調査を…』
営業マンだと言っていた彼は、大きな企業の跡継ぎ、後継者で…
「それでか…」
通常通り、営業の外回り。
「この暑いのに…探偵さんも大変だ」
明らかに何人かつけている。
「あれ…やっぱり…何人かこちらを…」
見ている…気がする。マンションの上、非常階段、筒状の長いモノを持っている。そう感じてしまうのは…
「サバゲーのせいか?」
ビルの陰から出て直射日光が眩しいと感じた瞬間。
「アツッ!」
左腕に強い痛みを感じる。
「え?血!」
撃たれた。
周囲に悲鳴が響き渡り、多くの人が動くタイミングで素早く物陰に隠れる。
「サバゲーのおかげ…」
前方から左側…ズレたけど…心臓を狙われた?本気じゃん…
病院のベッドに腰掛けて、状況を説明する。
「今日は一応観察入院だそうです。ほんの少し掠っただけなので…」
制服を着た警察官とスーツ姿の男性。
「たまたま近くにいた方がすぐ救急に電話してくれたようですね…」
制服警官が手帳を開いて報告。
「その方は、探偵さんですか?」
「よくわかりましたね。頂いた名刺には探偵事務所の名前がありました。なにを調査していたかは守秘義務で教えてもらえませんでしたが…」
「私とは関係なさそうですね…」
違う。私の身辺調査をしていたのだろう。
「それで、狙撃ですが…」
スーツ姿の男性が本題に入る。
「あの…誰が何のために、私を狙ったんでしょうか?」
スーツ姿の男性は淡々と語る。
「現在調査中ですが…おそらく…あくまでも状況証拠を見る限りですが…無差別で誰でも良かったとはちょっと考えにくく、左側を狙っているあたりも…あなたを狙ったのではないかと考えています。プロに依頼するとなると、何らかの接点があり、強い恨みを持ち、その上である程度の財力のある人ではないかと思われます…」
「恨みと財力…」
「心当たりは?」
「いえ、まったく…」
ない、と言い切るのが懸命な判断だと思った。
警察官が帰った病室で事態を整理する。
『狙撃手も手配したんですか?』
営業マン男性に直球で聞く。
『ウチの家族じゃない…』
すぐに疑いのないショートメッセージ。
『ウチじゃないけれど…』
迷いの間。
『…私の、元婚約者が依頼したのかも…』
マジか…財力も嫉妬心もある…
『貴方に気に入られて、狙撃されるのでは、生きた心地がしませんね…』
精一杯、嫌味のつもりだった。
それから二日後、射撃犯が捕まった。
「面識は、ありません」
取り調べ室のマジックミラー。
「そうですか…」
「彼は何と?」
「…暑かったから…と」
あまりに身勝手な理由。
「つまり偶然の…愉快犯…だった。あの…プロの犯行では無かったんですね?」
スーツの警察関係者が言い放つ。
「狙う方も狙われる方も…今は誰でも良いんでしょう。首相でも、大統領でも…学生もフリーターも…自分以外の世の中、すべてが敵だと…」
「至るところにスナイパーがいると?」
「この時代、不思議じゃないでしょ?…銃弾だけじゃない。いつ妬みを買い、見えない“悪意ある言葉”に射抜かれるか、わかりませんから…」
誰もが武器を持ち、武装している世界。
「確かに…」
私も勝手に妬まれての犯行と決めつけていた。
結局のところ、何人のスナイパーと、何人の探偵が私を監視していたのかはわからない。むしろ、防犯カメラや街行く愉快犯も含めたら、全世界に監視されていたのではないかと考えている…そして、私を狙うスナイパーが、もういないという確証はどこにもない。
「つづく」 作:スエナガ
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