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短編:【背後に立つ】

最初にその存在に気がついたのは、駅の公衆トイレで小便をしていた時。目の前でピカピカと輝くタイル越しに、何か違和感を覚えた時だった。明らかに僕の右後ろのかなり接近した場所に、その人影が見えた。

「えっ…」
いくら混雑した公衆トイレだとしても、通常順番を待つ場合は、入口付近で並んでいるのが暗黙のルールだろうと思った僕は、キッと眉間にチカラを込めて振り返った。

が、そこには誰もいなかった。
「気のせい?」

エスカレーターに乗って降りていても、誰かがすぐそばにいる感覚。
ホームに着いて電車を待つ時にも。電車内でドア横に寄りかかっていても、不思議と誰かが後ろに立っている気配がする。
「気味が悪い…」

大学の学食で友人と話をする。
「何かさ、常にこう後ろに誰かが立っている感じがするんだよ…」
「誰かが立っている?視線を感じるってこと?」
「すぐ後ろに立っている感じ…」
「何なに…ちょっとホラーな話?」
振り返るがもちろん誰もいない。
「視線…というより、いる!って感覚…ほら、講堂で授業を受ける時に後ろに人がいたり、コンビニのレジで自分の後ろに誰か並んでいるような気がするような…」
「ヤダよね〜エレベーターの中みたいな個室で感じたりするの!別に前の人に関心は無い他人だけど、そこで出会った通りすがりの人的な…」
「たださ、距離が近い気がするんだよね。顎を肩に乗せるまではないけれど、肩に息がかかる程度まで近いような…」
「いよいよオカルト要素だね…」
「誰であれ少なくとも、やっぱり背後に立たれるのは気持ちのイイもんじゃないよな…」

その後ろに人がいる感覚は、四六時中ある訳ではなかった。気がつくと誰かがいるような、僕よりずっと前方をジッと見ているような、姿も見えそうで見えない、ただ脳裏には痩せた男性のような鮮明なビジョンだけが見えていた。

数日後、僕は事故に巻き込まれた。自転車に乗っていて、目の前を走る車と交差点で侵入して来た車が衝突。その横を通っていた僕がぶつけられ投げ飛ばされた。救急隊員が来るその直前。意識が朦朧としたその瞬間、実像として、脳裏にいたはずの痩せ型の男性が目の前で私を覗き込んでいた。
「大丈夫ですか〜わかりますか〜」
一瞬うろたえた所で間髪入れずに目線に入って来た救急隊員の顔が、痩せ型の男性とすり替わるように現れた。

「死神?」
救急車の中で聞こえない声でつぶやく。
「痩せ型の男は…僕についた、死神…なのか?」
救急車内で横たわる後ろに気配はない。

病院のベット。医師が説明をしている。
「あれだけの衝撃で、軽傷だったことは何よりでしたね」
「センセイ…ありがとうございます…」
母親が来ていた。
「何回も危ないことはあったんですよ…」
人の災難を笑い話にしている。
「この子は昔から運が良くてね…ツイてるって言うか…」
そう言えば、運は良かった。小さい頃、川で流された。偶然下流にいた人に救って頂いた。
「昔川で流された時にね…」
母も同じことを思い出しているようだ。
「下流にあった木の枝に引っかかってね…」
あれ?僕の記憶では、下流にいた人…男性…あ、痩せ型の男性。

「かあさん…痩せ型の男性が見えるんだけど…」
医師が巡回に行った後に母親に打ち明ける。
「どこに?」
「僕の背後」
「背後…?どんな?」
「…すごく痩せている人…死神…みたいな…」
母親はしばらく答えを考えているようだ。
「母さんがね…」
静かに話出す。
「田舎の実家に住んでいた頃ってさ、大きな家にご先祖様の写真というか肖像というか、そんな額縁が何枚も何枚も、襖の上の梁の部分に飾ってあってね…」
「ああ、何か昔の映画とか映像とかで見たことあるかも…」
「何代前のご先祖様かな…痩せた男性の写真もあったかな…」
「ご先祖様…」
「守護霊って知ってる?」
「あ、守ってくれる霊!」
「もしさ、ご先祖様で守護霊がついていてくれたのに、それを死神なんて言ったら、失礼じゃない?」
もっともだ。
「怪我が治ったら、ご先祖様のお墓に感謝を伝えに行ったらいいんじゃない?」
「そうだね…」

退院をしてしばらくした所で、田舎にあるご先祖様の墓参りに行くことにした。途中の駅のトイレに立ち寄る。そこにもピカピカなタイルがあって、何気なく前を見る。背後に立つ人影が写っている。振り向いても誰もいないだろう。
「もう怖さは無いかな…」

ホームに降りて乗り換えの電車を待つ。かなり混んでいる時間帯で乗車口には列が出来ている。
『通過電車ですのでお乗りにはなれません〜黄色い線の内側に…』
気づけばホームに並ぶ列の先頭に立っている。後ろには何人かの人影。電車が入ってくる。

誰かが…いくつかの手が、僕を押した。

目の前に迫る、急行電車の眩しいライト。
キキキッという甲高い急停車音。
『この子は昔から運が良くてね…』
母親の言葉が浮かぶ。
『何回も危ないことはあったんですよ…』
そうだよな…何度も死に損なったんだよな…
あれ、あの男性は守護霊じゃないのか?
そもそもご先祖様である確約はどこにも無い。
あの男性って、誰のことだ?
『…ツイてるって言うか…』
ツイてる?って…あ、憑いてるってこと?
目の前も、頭の中も真っ白になる。
やっぱり…死神?

     「つづく」 作:スエナガ

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