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電話しろ【ショートショート読み切り】

ここはとある製造所だ。
地域に根差す大規模な製造所で近隣エリアの雇用に大きく貢献している。
その製造所の中は細かく仕事が分けられており、それぞれの仕事の部門毎に部長、副部長、グループ長、室長、課長、課長補、係長、主任と典型的なヒエラルキー型の組織が形成されている。
大きな製造所の中の小さな小さなとある機械運転室でトラブルが発生していた。

「鎌田!5号機の電動元バルブが動かない!ちょっと来てくれるか!?」

5号機運転主任、戸口から内線電話を受けた2号機運転主任鎌田は受話器を置くと、はぁと大きく息を吐いた。

「こっちはこっちで仕事あるのに…3号機も4号機も動いてねぇんだから四方田さんか田中さん呼べばいいのによ…。大体呼ぶのは1号機の小野か俺だもんなぁ…俺も小野も年下だからっていいように使いやがって…たまにゃ四方田さんか田中さんを使えっつぅんだよ。」

鎌田も小野も30代前半で主任を任されているエース的存在だ。
鎌田の愚痴の対象である戸口は40代半ばで、この機械運転室では5人中3番目の古株だ。
鎌田は長い愚痴を言い終えると、もう一度大きく息を吐いた。

「さてと、アホの相手をしてくるか…。」

鎌田は1号機運転主任小野に内線電話をかけた。

「あ、小野ちゃん?アホ戸口から呼ばれたからさ、ちょっといなくなるよ?うん、うん、携帯持っていくからさ、うん…うん、2号機自動運転にしておくから…うん、悪い、頼むね。はい、はーい。」

鎌田は電話を切るとようやく重い腰を上げて5号機の運転室へと向かった。

「ったく、一人職場なんだから少しは自分で動けってんだよ…。電動元バルブなんざ3階に上がりゃすぐじゃねぇかよ。戸口の野郎、人を使う事しか頭に無ぇんだな。だから同期の嶋田さんに先を越されたんだよ。嶋田さんもう課長補だもんな。あの人は大したもんだよ。はぁ…それに比べてこいつは…。」

長い愚痴を吐き終えるタイミングで、鎌田は5号機運転室出入り口の前に辿り着いた。

「やべ、煙草と飲みもん忘れた。戸口に呼ばれると長ぇからな…。はぁ…だりぃ…」

鎌田は出入り口の扉を開いた。
その音を聞いた戸口は待ってましたと言わんばかりに振り向いて鎌田に言い放った。

「鎌田!係長に電話してくれ!」

「は?」

鎌田は意味が分からなかった。
製造ラインに影響を及ぼす可能性がある故障やトラブルはすぐに係長にまず一報入れなければならないのだ。
それを戸口は行なっておらず、その報告を状況も何も分からない鎌田にさせようとしている。

「あ、いや、戸口さん、俺よく状況分からないんですけど…俺運転代わるから報告して下さいよ。」

「いや、運転は俺がやる!お前は報告してくれ!」

「とりあえず3階の現場見てきますよ。」

「いや、とりあえず早く係長に電話してくれ!」

『ははぁん…なるほど。これはいつものやつか…』

鎌田はすぐに戸口の意図を理解した。
係長にトラブルの報告をする際、必ず聞かれる内容があるのだ。
そのトラブル、故障は復旧可能なのか、製造ラインを止めないで修理できるのか、製造ラインを止めなければならないのであれば修理の時間はどれ位必要なのかといった内容だ。
それを戸口は鎌田に丸投げしようとしているのだ。
それでもし鎌田の判断が間違っていたとしたら鎌田に責任を押し付けて、鎌田の判断が正しかったとしたら自分の功績として周囲に言いふらそうとしているのだ。
鎌田は過去に何度かこのケースではめられた事がある。

「状況が分からないのに報告できないでしょ?俺は現場見てきます。」

「だめだ!俺は運転から手が離せない!お前が報告しろ!」

「自動運転にすりゃいいでしょうが…」

「トラブってんのに自動運転なんかできないだろ!?」

「だから運転代わるって言ってるじゃないですか。」

「5号機はクセがあるんだ!お前には任せられん!早く電話しろ!」

「現場見てきまーす。」

「鎌田!!」

「何ですか…もう…早く現場見たいんですけど。」

「電話しろぉ!!」

「現場行ってきます。」

「係長に電話しろぉおおお!!」

鎌田の耳には、戸口の「係長に電話しろ」というセリフが「責任取ってくれ」という言葉にしか聞こえなかった。
鎌田は戸口を無視して出入り口の扉をバァンと激しい音を立てて開けると現場に向かった。
動かないという5号機電動元バルブがある部屋に辿り着いた。

「はぁ…こんなんいつものじゃん。」

鎌田は小さなハンマーを手に持つとコツンと電動元バルブのギアケースを軽く叩いた。
するとギギと鈍い音と共に電動元バルブが動き始めたのだ。

「はぁ…もう…ため息が止まんねぇ…。」

鎌田は5号機運転室へと戻ると戸口が詰め寄ってきた。

「なんで係長に報告しなかった!!今から報告しろ!」

「はいはい。」

戸口は電動元バルブが動いた事を知らないらしい。

『モニター表示すら見てねぇのか…。』

鎌田は携帯電話で係長に電話をかけると、その横で戸口はしてやったりな表情をした。
もうこれで自分の責任じゃないといった邪念を含んだ表情だ。

「あ、鎌田です。はい、係長今電話大丈夫ですか?えぇ、はい、5号機の戸口さんから呼ばれて、はい、電動元バルブが動かないって…はい、えぇ…コツンとしたら治りましたけど、ハハハ!はい、でも変な音するから早めに修理の計画…はい、はい、えぇ…はい、お願いしまぁす。はい、はい。」

戸口は口をあんぐりと開いた状態だ。

「戸口さん、たまにゃ自分でやって下さいよ…。んじゃ戻ります。」

・・・

数年後、戸口は精神疾患により早期退職をしてしまった。
そして更に数年後…

・・・

「鎌田係長、戸口さんて覚えてます?」

「覚えてるもなんもあいつのせいでえらい目にあってきたんだからよぉ。」

「典型的なクソ野郎ですよね。」

「ハッハッハ、お前、主任になったらあんなんだけにはなるなよ?」

「鎌田係長ってば!アハハハ!なるわけないじゃないですか!責任取らない主任なんざ金もらう資格ないっスよ!」

「んぉ…電話だ…。ちょっと待てよ…。」

鎌田は携帯電話をポケットから取り出して画面を見ると知らない番号が表示されていた。

「誰だ?」

会社の貸与品である会社の携帯電話だ。
もしかしたら業者や、関係会社かもしれないので出ないわけにもいかない。

「はい、もしもぉし…」

「鎌田…か…戸口だけ…ど…」

「え?」

「く、車に…轢かれ…轢き逃げ…」

「は?マジで…すか…?」

「か、か…鎌田…」

「は、はい?」

「119に電話しろ…」

鎌田は静かに通話を切った。


最後までお読みいただきありがとうございます。
風雷の門と氷炎の扉もお楽しみに。

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