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我思ふ Pt.133 過去の古傷17 【車内にて】

↑の続き

バスが発車すると、運転手の丁寧なご挨拶と走行ルートの説明、立ち寄るサービスエリアなどの説明がされる。

『へぇ…こんな感じなんだな。夜行バス…。思ったより一般道が多いな。』

これが私の感想。
今なら分かる、深夜の東京駅からオール高速道路で仙台駅を目指したなら、四時間〜五時間で着いてしまうのだ。

夜出発して朝着こうと思ったら、下道を挟まないといい時間にならないわけだ。
それに高速道路を通行すればその分コストもかかる。
この値段で東京と仙台を結ぶのだ。
下道が多くなるのも仕方なき事。

『まぁ、いいか。とりあえず美結にメールしとこ。』

私は美結にバスに乗った旨を伝えて、そのまま外の景色を見た。

まだまだ都内を巡航中だ。
明るいネオンが私の目を刺す。

『どこを走っているかよく分からんが…こんな景色も美結との付き合いが無ければ見る事は出来なかったわけだ。』

美結が私の視野と世界を広げてくれた、それはこの歳になってもそう思う。

「えぇ…ご乗車ありがとうございます、お客様にお知らせです…」

突如、運転手のアナウンスが響いた。
しかし、流石は夜行バス。
運転手のアナウンスも、朝の通勤ラッシュを取り仕切る鉄道会社のアナウンスとは違い、穏やかで、囁くようなメローな語り口だ。

「ええ、ただいま22時55分、間もなく消灯時間となります。23時を持ちまして車内全ての照明を消灯いたします。尚、その30分後の23時30分車内の遮光カーテンを自動で閉めさせていただきます。ご了承お願い致します。」

ほぅ…消灯とな。
まぁ確かに車内はかなり明るいしな。
これじゃ寝れやしねぇな。
さて、んじゃ寝支度を整えるか。
そして寝る努力をしねぇとな。
煙草も吸いたくなるし、腹も減るし、トイレだって起きてりゃしたくなる。
と、いっても寝支度など大してする事などない。
ただ前の席のシートが倒れてきたので、それに従うように私も倒すだけだ。

そして消灯。

思いの外真っ暗になるものだ。
少し驚いた。

『なるほろ…ね…これでカーテン閉められたら真っ暗だな。』

寝る努力といってもすぐに眠れるわけがないのでしばらく窓の外を眺める。
そしてこの時、我思ふ。
思ってしまった。

『これから何回この風景を見る事になんだろな。』

この言葉を前向きととらえるか、絶望ととらえるか。
この時の私はどう考えていたのだろう。
もう記憶は無い。
ただ、こうして思った事は確かである。
そう思う中で一旦目を閉じる。

『参ったな。もう煙草が吸いてぇ。クソ…。』

サービスエリア到着まで何分かなんてろくに聞いていなかった。
すぐに眠れるものだと思っていたからだ。

「えぇお客様にお知らせいたします…それではカーテンの方…閉めさせていただきます。尚、運転席と、お客様のお座席との境となるカーテンも引かせていただきます。それでは…おやすみなさい。」

運転手のメローな声での説明がなされて数秒後、予告通りカーテンが閉められた。
そして運転席と客席の境にもカーテンが引かれた。

『く、暗い…というより真っ暗だ!マジかよ…な、何もできねぇ…何も…』

私は一人絶望した。
それはもう想像をはるかに超える絶望だ。
外の灯りが僅かに入っても文句言われるであろうレベルの暗闇だ。
当然その中で携帯電話を開く事など非常識極まりない行為だ。

『寝るしかない…ね、寝るしかないのだ…。用意した安物の低俗な雑誌も役には立たんか…。寝る…寝る…寝るゾ…しっかし馬鹿だ…俺は馬鹿だ…ウォークマン(ポータブル再生器)どころかラジオも持ってこないとは…まぁよい。我は寝る…寝るゾ…。』



だっひゃひょほほ〜おい!!
寝るって言ってすぐ眠れるほど単純な構造してねぇんだ俺はよ!!

座席のあちらこちらでイビキが発生し始める。

どんだけ単細胞の単純機構なんだおめぇらは。

の○太か貴様ら。

ああ…クソ…今どこだ…どこを走っていやがる…
スマートフォンじゃねぇからGPSなんてのも無いんだよ…マップアプリなんてのも無いんだよ…現在地すら分からねぇ…どうする…。

これアレだよ、この状況を分かりやすく説明すると、2010年アメリカ発の胸クソ映画である「リミット」の状況によく似ている。
ちなみにあまりお勧めはしない。

まぁどうでもいい。
あと…
あとどれだけ…俺はこの状況に…

これほどとは…。

夜行バスがこれほど過酷とは…。

助けて…

クソ!!

夜行バスの中で、時間が過ぎ去るのを待つしかなかった。
そしてこれほど時間というものを噛み締めたのはこの時が初めてだった。


続く

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