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いまさら『テスカトリポカ』

これが、読書だ。

常日頃なにかしらの活字は読んでいるのだが、久しぶりに「読書をしたな。」という体感を得られたので、高揚している。

はじまりはAmazonのAudible(オーディブル)にて『テスカトリポカ』を聴き始めたら、なかなか面白かった、という知人B氏の話からだった。
Kindleやハードカバーは目が疲れるし肩がこる、という理由でAudibleを使い始めたら、存外気に入ったらしい。

貧乏人、文庫を探す。

奇怪なタイトルに惹かれ、自ら買ってみようかと調べると文庫化はまだ、ハードカバーで2100円…。た、高いぃ。
トーンダウンしてしまい、TSUTAYAで著者·佐藤究(さとうきわむ)先生の過去作を探すと、文庫の『Ank: a mirroring ape』が見つかった。

1,160円…文庫なら読後メルカリで売れる…
うんうん、このあたりで手を打ちますか。

1週間程度の娯楽になれば、と軽い気持ちで読み始めたのが運のツキ。
あまりの面白さに目がくらみ、翌日には読み終えてしまった。

その後、県立図書館に通い詰めて(予約というシステムを知らないやつ)、同じく佐藤先生作品を立て続けに読んだ。

『QJKJQ』
・『テスカトリポカ』

『爆発物処理班の遭遇したスピン』

どれも読んで後悔のないレベルでは面白かったが、『Ank』と『テスカトリポカ』は物語の仕掛け、複数分野をまたぐ情報量の多さ、魅力的な登場人物…等々大いに「本を読んだ―!」という充足感をもたらしてくれた。


2作品を簡単に紹介したい。

①『Ank: a mirroring ape』

2026年、京都を舞台に起きる未曽有の大暴動(キョート・ライオット)の発生から収束までを描く本作品。その中心にいるのは化学物質でもテロでもウイルスでもなく、一頭のチンパンジー。主人公の霊長類研究者はライオットを収めるべく、孤軍奮闘する。


②『テスカトリポカ』

川崎に育つメキシコ×日本人mixedの少年、メキシコの麻薬密売人(ナルコ)、表舞台を追われた天才外科医(メディコ)を中心に展開するクライムノベル。様々な社会問題、最先端の裏ビジネス、古代アステカ文明、圧倒的な血と暴力が散りばめられた、第165回直木賞受賞作。

筆力が凄まじく「読後感がいい・悪い」「倫理的に快・不快」「専門的知識の正・誤」等の個人的な判断力は剥ぎ取られ、ただただ作品の世界に惹きこまれ、読後は呆然としていた。

『Ank』の場合は読後しばらくキョート・ライオットのめくるめく展開のなかに浸っていたし、『テスカトリポカ』のときは頭がしばらくアステカ文明だった。(どういう日本語)

私は僅差で『Ank』のほうが好きで、もう完全に物語の世界へ連れていかれる、しのごの言わずに「読まされる」、という時間が幸せだった。

※2作品とも、暴力シーンや血・グロが苦手な方はお控えください。


佐藤究作品の魅力

どの作品にも共通して感じられるのは、著者のサービス精神である。
壮大なスケールの超展開にも、読みやすい文章ですんなり入っていける。レビューや直木賞の講評にもあるように暴力シーンは過激だが、淡々とした描写で嫌悪感を抱かせない。重厚なテーマに挑みながらも、B級ゾンビ映画ライクなシーンを挟みつつ、「味変」的な楽しみもある。
登場人物の生い立ちはなかなか過酷だが、あえて感情的に寄せないことで、表層のお涙頂戴に頼ることなく、本質的なパーソナリティに触れられる。

折にふれて「とても客観的だなあ。」という印象をもった。


寡作のひと

3ヵ月に1冊は出さないと生き残れない、という昨今の出版業界で佐藤先生は『テスカトリポカ』の執筆に3年以上を費やしている。
どんな作品も消費されるコンテンツになり、内容の重厚さよりもスピード感やキャッチ―さが重視されるようになった。

それでもやはり、血と汗の滲む時間を要したものにしかない輝きがある。
凡百の徒である私にも届くほどの、眩い輝きが。



【作品情報】
すべて著者:佐藤究
『QJKJQ』(講談社文庫、2016年)
『Ank: a mirroring ape』(講談社文庫、2017年)
『テスカトリポカ』(KADOKAWA、2021年)
『爆発物処理班の遭遇したスピン』(講談社、2022年)


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