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【ノンネイティブの流儀6】【悩ましくも愉快な英訳プロセス:原文との距離感】

【写真】ブドウ収穫。フランス・ブルゴーニュ地⽅にて(撮影・飯竹恒一)

「丁寧に仕込む」。こんな一節が、かつて取り組んだ日英の翻訳案件にありました。アルコール飲料のPR用で、日本酒の杜氏が手で蒸米の感触を確かめながら、汗水たらす様子が目に浮かびました。記者時代、取材先で何度か見た光景です。

そこで、英訳の参考にしようと、世界各地のアルコールメーカーの英語サイトを片っ端からチェックし、次の表現を見つけました。

... we brew our beer… with care, passion and expertise

「手をかけ、情熱を傾け、技を吹き込む」(with care, passion and expertise)。某国のビールメーカーのこだわりが生き生きと綴られていて、杜氏のイメージとも合致していました。「丁寧に」のニュアンスを英語に落とし込むのに、ドンピシャだと満足した気分になりました。ところが、このことを翻訳業界の関係者と会った際に話題にすると、「原文にない部分がある」と一蹴されてしまったのです。

原文との距離感は、翻訳の核心部分です。直訳や意訳、あるいは超訳を巡る議論は絶えません。その是非はともかく、一つだけ自分に言い聞かせていることがあります。「翻訳は原文とは別の価値を持つ」です。

原文に逆らうという意図ではありません。ただ、文化や社会、歴史の背景が異なる別々の言語間で同一のことは言い切れません。そんな諦めから出発し、訳した先でメッセージを効果的に再現する手立てを探るべきだ、という立場です。

ちなみに、その翻訳関係者は訳例として、「with great care で十分」と私に言いました。確かに、お役所のお堅い文書ならそうした方が良いでしょう。しかし、商品のPR文句だとすれば、話は別のようにも思えます。もちろん、判断は個々の受け止め方次第ですが、少なくとも大切なのは、選択肢をできるだけ多く持つことでしょう。

(主宰講師・飯竹恒一)

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