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短編小説 「もしよかったら、一緒に漫画を描きませんか?」


「ハル、進路は決まったの?ユイちゃんは早くから進路が決まってるのに、あなたは、いつになったら決まるの?」

高校三年になっても、未だに進路の決まらない私に、母が言った。

「いつも、よそはよそって言ってるじゃん。なんで、こういう時だけ、ユイと比べるの」

「あなたがいつまで経っても決まらないからでしょ。嫌なら、さっさと進路決めなさい。家でグーたら、させないからね。進学も就職もしないなら、家から出て行ってもらうからね」

「別に、こんな所いるつもりなんてないから、どうぞ、追い出してください」

でも本音は、家にいたいし、追い出されたくもない。私に、進路なんてわからない。働きたいのかもわからない、進学して、勉強したいのかもわからない。自分で、自分の将来を決めるのがこんなにも大変だなんて思いもよらなかった。


翌朝


「ハルっ!さっさと起きなさい!遅刻するよ!」

朝は、ずっと、ベットの中で寝ていたいのに、性懲りも無く、外に聞こえそうなくらい大きな声で母に毎日起こされる。朝起きて、毎日学校へ行くのは億劫だ。

学校へ行けば、友達が待っているけど、その友達は、母のように進路の事ばかり聞いてくる。友達だけじゃない、先生も進路を聞いてくる。今の私には、進路の事を聞かれるのは非常に耳が痛い事なのに。

「行ってきます」

「お弁当!」

学校は、家から十分ほどのところにある。その途中には駅がある。駅を見るたびに電車に乗ってどっかへ行ってしまおうかと思う毎日だ。

ガラガラ

「ハルぅ〜おはよう!」

「おはよう」

教室に入った途端、ユイは私に抱きついて、元気に挨拶してくれる。

「進路は決まった?」

「決まらない」

「なら、いっそのことイラストレーターにでもなったら?絵描くの得意じゃん」

「得意だけど、別に絵描くの好きじゃないし」

抱きついて挨拶してくれのは元気が湧いてくるけど、決まって進路の事を聞いてくる。それさえなければ、本当に嬉しい友達なのに。

「なら、私と同じ大学に行こうよ」

「私の学力じゃあ、ユイの行く大学は無理だよ」

「でも、大学行くにしても、就職するにしても、どうするか決めた方がいいよ。うちのクラスで進路決まってないの、ハルとネクラだけだよ」

私の前に座る、荒木なんとか。休み時間も昼ご飯の時も机にずっとうずくまってる奴。声をかけて反応したのはほんの数回。みんなは、こいつの事をネクラと呼んでいる。私もネクラって呼んでいる。

「なに見てるの?ネクラ」

「たまには、答えてよ」

ネクラに声をかけても返事はしない。まぁ、ネクラって呼んでる奴に返事をする訳ない。でも、まさか、私がネクラと同じ立場になるとは、こいつと同じクラスになった時には思いもよらなかった。ネクラと同じ立場だと知った私は、さらに、自分の進路がわからなくなっていった。

放課後

「ユイ、ハンバーガー食べて帰ろう」

「ごめん。今日、塾あるから無理」

「じゃあ、また今度にしよう」

「本当にごめん」

進路の事でユイに相談したかったけど、私と違って大学に進学を考えているユイはやるべき事があって忙しくて私に構ってなどいられない。

「相変わらず、ネクラは帰るのが早いな」

いつもは目に入らないネクラの席。ネクラは、クラスの誰よりも先に帰る。ネクラの奴にも毎日予定があるのかと思い、なんだか、なんの予定も考えもない自分が嫌になってくる。

「遠回りして帰ろう」

家までは十分で帰れるけど、早く帰れば、母がうるさいから、最近は遠回りしながら一時間かけて帰ってる。

三十分ほど歩いて、疲れたから途中公園でひと休みしようとしたら、ベンチにネクラが座っているのが見えた。

「ネクラじゃん。やめよう」

ネクラを見て、休むのをやめようと公園を立ち去ろうとしたら、ネクラと目が合ってしまった。ネクラは、私に気づいて軽い会釈をした。私は、無視して帰ろうと思ったけど、ネクラがベンチに座って何かしているのに気がついて、気になったから興味本位で近づいた。

「ネクっ、ううん。荒木くん、なにしてるの?」

「別に、休んでただけだよ」

ネクラは、嘘をついてる。彼は、近づいて来る私に気がついて、とっさに何かを隠した。

「別に、意地悪しないよ。ただ、何してたのか気になっただけ」

彼は、私の目を何度か見て、カバンの中から隠した物を私に見せてくれた。

「漫画を描いていたんだ。見られるのが恥ずかしいから隠したんだ」

渡して見せてくれた原稿用紙には素人にもわかるくらい、プロ顔負けの漫画が描かれていた。

「授業中ずっとこれ描いてたの?」

「うん。プロになりたいから、ほぼずっと漫画描いてた」

最悪だ。ネクラの荒木でさえ、自分のやりたい事があって、それに向かってひたすら努力していた。なのに、私だけ何もしていなかった。私だけ何も決まってなかった。本当に最悪だ。

「はい、返す。帰るね。漫画、すごく面白かったよ」

私は、すぐに公園を立ち去ろうと、早歩きで来た方向へと向かった。

「あのー!」

突然、大きな声がした。振り返るとネクラが立ってこっちを見ていた。周りには誰もいない。大きな声を出したのはネクラだ。ネクラの大きな声を初めて聞いた私は固まった。

「もしよかったら、僕と漫画を描いてくれませんか!」

ネクラが大きな声で漫画を描こうと誘ってきた。私は、依然、固まったままだ。なにを言っているのか意味がわからない。いや、違う。ネクラの大きな声に驚いて、頭が回らなくなっている。

???

固まったままでいる私のもとへ、ネクラが近づいて来る。

「えっ!」

「岸本ハルさん、僕と一緒に漫画を描いてくれませんか!僕と一緒にプロの漫画家になりませんか!」

ネクラが、私の両手を握りしめながら、恋の告白如くのように、私に一緒に漫画を描こう、漫画家になろうと言ってきた。

「いいよ」

「ありがとうございます!」

私は、彼の勢いに負けて一緒に漫画を描くことにしてしまった。そして、一緒にプロの漫画家を目指す事になってしまった。

「ごめん今日は、もう遅いから帰るね」

「ハルさん連絡先、交換しませんか?」

「あっ、明日、学校で交換しよ」

私は、とにかくその場を立ち去りたい。彼には、適当な事を言って、すぐに、その場を立ち去った。何が起きたのか、わからない。だけど、進路が決まった。


バンっ!

「お帰り〜遅かったね」

「お母さん!私、ネクラと漫画を描いて、漫画家になる!」

「えっ?なに言ってるの?」

「もう、決めた事だし、約束した事だから。だから、ダメって言われても、言う事聞かないから!」


自分でも、なに言ってるかわからない。ものすごい勢いでとんでもない事を決めてしまった。だけど、ネクラの荒木に、大声で漫画家になろうと言われて、なにかよくわからず決めてしまった事が、いいよに感じてしまった。


トントン!

「ハル、入るよ」

「なに?」

「さっき言った事、本気なの?」

「うん。ネクラと漫画家を目指す。あいつに、大声で一緒に漫画になろうって言われたて、いいよって言った。だから、あいつと、プロの漫画家を目指す」

「そう。進路が決まっただけマシね。頑張って」

「うん。頑張る」


翌朝

今日の朝は珍しく母に起こされる前に目覚めた。それに、いつもより、体が軽い。気分もすごくいい。

「行ってきます!」

「お弁当!」

「持ったー!」

ガラガラー!

「おはよう!」

「ハル、おはよう!」

「ユイ、私、進路決まったよ」

「本当!よかったじゃん!それで、就職?進学?」

「ネクラと一緒にプロの漫画家を目指す!」

「えっ?なんで?」

「ネクラに一緒に漫画描こうって、一緒に漫画家にならって言われたから!なっ!そうだろネクラ!」

「そうなのネクラ?」

「あっ、うん」

「だから、私は、ネクラと一緒にプロの漫画家を目指す。ネクラと一緒に漫画を描く!ネクラ!これからよろしく!」

「うん。よろしくお願いします」



終わり。

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