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北大1年。所属サークルはまだ、ない。

 2019年、春。
 私は染めたての茶髪をぎこちなくゆるふわ巻きにし、nonnoと睨めっこして東京で買ったチェックの膝丈ワンピースに身を包み、教養棟の前に立っていた。眼前には極彩色の団体特異的な装束をまとった先輩と多種多様なビラが飛び交っている。オシャレのオの字もない名門女子校から単身北の大地に文字通り武者震いしながら飛び込んできた私は、その光景にただ気圧されていた。
 
 サークル選び。数多のサークルが手招きする中、どの手を取るかで私のキャンパスライフは8割決まると思うと武者震いが止まらない。もう寒いのか緊張してるのかわからない。思い返せば長かった受験期。死んでも国立理系に進学し、イケメンパラダイスさながらの青春を送るのだ、そう決めて朝から晩まで机に齧り付いた。そんな私の受験期の唯一の楽しみは、夕食時に見るテレビであった。何もしないまたは極端なことしかできないデジタル入力人間の私は、受験期に入った瞬間にスマホを捨ててガラケーに変えていたため、当時この世における娯楽が夕食時に見る1時間弱のテレビしかなかったのである。クリスマスが近づき、受験も大詰めのある日、ウキウキしながらテレビをつけると、そこにはイルミネーションの前で待ち合わせをする一般人にインタビューするという主旨の番組が流れていた。当然待ち合わせは大学生同士のアベックであり、妙齢の美男美女がはにかみあっている姿に、私の中で何かが壊れた。

 何故私はこんなことになってしまったのか。

 生まれた当時は光源氏もびっくりの輝きを放ち、玉のような微笑みをたたえた赤子であった。両親の離婚、いじめ、再婚などハードなランダムイベント、また虫や恐竜などが大好きかつ異様に身長が高い女の子というイレギュラー特性が相互作用し、ついには18歳に至るまでろくな友達もおらず、ましては異性などデートすらしたことがないバキバキ処女になってしまった。幼少期からできないことはあまりなく、絵をかけば金賞、体力テストは学年1位、県内でも3本の指に入る高校に進学したこの私が、である。明けない夜は無い、雨のあとには虹、冬の次は春と相場が決まっているのに何故、何故なのか。一切人生で手を抜いたことが無いのに何故私は何ひとつ手に入れることができないのか。何故テレビのFラン大学生の方が幸せそうなのか。やり直したい。しかし戻るにはやや辛すぎる過去である。
 
 
 プツン。バタン!
 
 
 おもむろにテレビを消し、食事もそこそこにリビングを後にし、自分の部屋に引きこもった。後ろで泡を食った母親が自分を呼び戻そうとする声が聞こえる。悔しい。悔しい。こんなことがこの世で許されていいはずがない。残されたチャンスはただ一つ、大学デビューである。誰も過去の自分を知らない土地に行き、かつ春休みに垢抜けてから男子の多い大学に行けば、いくらなんでもキラキラできるはずである。

 そんなこんなで受験を乗り越えた私は、考え得る精一杯のオシャレをして、教養棟の前にいた。目の前に広がる数多の可能性たち、バラ色のキャンパスライフ…そういった虚構に思いを馳せながら私は思った。

「イケメンいなくね?」

 そう、私は大きな思い違いをしていたのである。高校生の私は単純な確率論で全てを考えてしまっていた。つまり、10人に1人イケメンがいるのならば、男子が多ければイケメンは多くなるし、その集団内に女の子の絶対数が少ないならば、自分が選ばれる確率は上がる、そう考えていたのである。そんな皮算用の結果、私は旧帝大の理系を選んだ。しかし、当時の私には母集団についての考えがぽっかりと抜け落ちていた。この世の若年男性を均一になるように混ぜ、無作為に選び出したのなら、10人に1人くらいイケメンはいるだろう。しかし、旧帝大の理系に来るような集団はそもそもイケメンは少ないのである。女子校出身で男子を見慣れていなかったのもあり、イケメンや不細工以前に男子の見分けがつかないことに対して私は当惑していた。見渡す限り黒髪メガネ、ジーンズに無地のパーカーまたは似たようなシャツである。この大学の男子は私が知らない間に双子コーデをして学校に来るくらい打ち解けていたのか…?どうしたものか…と立ち尽くしていると、有象無象の男子のうち1人が声をかけてきた。

「行くところ決まってる?決まってないならおいでよ」

 その男子の着ているスタジャンには、自動車部なる団体の名前が書かれていた。私はハッとした。何故なら、その日の昼、ガイダンスの帰りにもらった何枚ものビラを見てふと気になったビラの一つが自動車部だったからである。気になった理由はそのいびつな男女比であった。部員30名弱のうち女性が3名程度しかいなかったのである。自己評価が異常に低かった私はこのような女子が少ないサークルばかりリストアップしていた。それもこれもひとえに夢見たバラ色のキャンパスライフのためである。これだ!と思った私は声をかけてきた彼に対し、無言でうなづいた。ついてきて、という彼について行くと、そこには古びたスポーツカーがあった。

「部室まで車で送るから乗って」

 そういう彼の言うがまま、車高が異常に低く、ステッカーの主張がイヤにうるさい車に乗り込んだ時も、私はちょっとワクワクしていた。スポーツカーなんて初めてであったし、他の団体とは一線を画している感じがしたからだ。しかしそんな淡い期待も、次の瞬間打ち砕かれた。

「あれ?」

 彼がキーを挿して回すも、エンジンは虚しい音を立てるばかりである。

「エンジンかからなくなっちゃった…バッテリーあがっちゃったかなぁ…ごめん、歩きでいい?」

 まるで下手なホラー映画のような展開である。夜にエンジンのかからない車にいる男女2人組など、チェーンソーか斧で真っ二つにされるのが関の山だ。車のことなどよくわからない私は、何も言えずただ後ろをトコトコとついていった。どんどんガヤガヤ、キラキラした明るい教養棟前から離れ、無駄に広いキャンパスの暗い林道のような道を先輩と2人無言で歩いた。一歩ごとに後悔の念は深まり、そもそも私1人しか新入生いないじゃんか…と半ば泣きそうになっていると、林の中にあるさびれた部室にたどり着いた。
 女だ…!
 と言わんばかりの周囲の部員からの視線を苦々しく感じながら部室に入り腰掛けると、目の前に誰か座った。

「説明受けた?受けてなかったらするね!」

 ああ、入るつもりないのに…と顔をあげたその瞬間、過去最上級の衝撃が私を襲った。

 そこには、私が愛してやまない平成仮面ライダーとKPOPアイドルの顔を足してnで割ったような顔の塩顔イケメンが鎮座していたのである。この人に会うために今まで勉強してきたのだ。この人に会うために自分はこんな辺鄙な部活を選んだのだ。数々の人生の回り道は全てここに通じていたのだ。後々話すと、その先輩は一個上の工学部であった。理系でイケメンで話も合う、やっと見つけた私の理想の異性である。話す過程で興奮のあまりその先輩の車を、昔父が乗っていたと嘘をつき、初対面の女の先輩にあの先輩が1番かっこいいと鼻息荒く主張し、最後には入部を承諾してしまった。

 入部後先輩に彼女がいることがわかり、失意のどん底であったが持ち前の我慢強さで別れるのを待ち、1回生の最後に付き合い始めたのはまた別の話である。

 そんな不純な理由で始めた部活が続くはずもなく、泥まみれになってタイヤを転がしながらボロボロになったネイルを見て世のキラキラ女子大生への怒りを募らせ、最終的には2年で退部した。そのため部活・サークル活動では何も残らなかった。今となってはそこで手に入れた理想のイケメンさえ諸事情により残っていない。何故か。どうすればよかったのだろうか。ドーナツとレモンの違いは分かるが、音感はからっきしなく楽器もリコーダー以外わからない人間に音楽系サークルは無理であった。また、絶望的に集団行動が苦手な私にゴリゴリの体育会系もまた無理である。だからといって陰キャしかいないようなオタクサークルに入ったとて楽しくなく、本末転倒である。

 結局、選択肢は選んだ時点では皆同じなのである。自分はどうせ何を選んでも同じような方向に収束していくのだと気づいてからが人生である。人生の選択肢は、選んだ後に自分で正解にするものなのだ。これからサークルを選ぶ後進のみんな、せいぜいがんばりたまえ。


バラ色のキャンパスライフなど、国立理系にはないのだから。

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