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魂の漢 韓浩康

  横浜に、一人の漢が居る。
  西に迫りくる敵が居れば跳ね返し
  東に下を向く仲間が居れば喝を入れる。
  「相手が強ければ強いほど燃える」
  と公言して憚らない漢は【魂】という言葉を好む。

 漢の名は、韓浩康(ハン・ホガン)という。

 ホガンは、1993年に京都に生を受けた。在日朝鮮人として生まれたホガンは、現・サガン鳥栖監督の金明輝(キン・ミョンヒ)とは血縁関係にある。
 京都朝鮮中高-朝鮮大学校とアマチュアでのキャリアを歩み、2016年、J2のモンテディオ山形でプロ生活をスタートする。しかし山形では、リーグ戦・カップ戦ともに出場機会を得られず、入団から半年余りでJ3のブラウブリッツ秋田にレンタル移籍をする。
 レンタル先の秋田で迎えたプロ2年目は28試合出場。秋田に完全移籍した2018年、2019年シーズンはやや出場試合数を減らすも、2020年シーズンは29試合に出場。出場時間数も前年に比べて約1000分(約11試合分)伸ばし、1試合の平均失点0.5点という狂気じみた守備力を誇った秋田の守りの要として君臨した。そしてチームは開幕から28試合連続無敗記録を残すなど圧倒的な成績を収め、J3を制した。

 そんなホガンが横浜FCに加入したのは、2021年の事だった。J3からJ1への飛び級での個人昇格。
 圧倒的な守備力でJ3を制した秋田の守備の中心人物が加入する。対人が強いらしい。高さもあるらしい。だがしかし、カテゴリが一気に2つも上がるのだ。順応できるだろうか。繋ぐサッカーに適応出来るだろうか。
 私の中でも、ホガンに対する期待と不安が入り混じっていた。そんな中、ホガンのJ1でのシーズンは開幕した。

 徹底的に後方から繋ぐサッカーを標榜する下平政権下の横浜FCでは、ホガンの出場機会はなかなか巡って来なかった。
 それでも、3月29日のルヴァンカップ湘南戦で初の公式戦出場を果たし、続く4月3日の柏レイソル戦ではJ1デビューを飾る。
守備面に課題があると言われた横浜FCにおいて、ホガンがスタメン出場したこの2試合での失点数は2。上々のデビューであるといえるのではないだろうか。

 そして何より、ホガンはこの2試合でサポーターの心を鷲掴みにした。遅攻を主体として、ポジショニングを大切にする下平サッカーにおいて、分かりやすい【闘志】であったり【気迫】という部分が見えづらい部分がどうしても出てきてしまう。
 それに加えチームの成績も低迷していく中で、サポーターの中からの「やる気があるのか」「本当に勝ちたいのか」という声が目立つようになってきていた。
 高い位置でボールを奪ったのに足を止める。球際で競らない。守備に走らない。戦術上仕方が無い面もあるにせよ、そうした部分にフラストレーションを溜めたサポーターから監督・選手に向けて容赦ないブーイングや野次が飛ぶ場面も少なくはなかった。


 誰もが【闘う】姿勢を持った選手を求めていた。


 そんなサポーター達の心を掴んだのが、闘う姿勢を前面に押し出したホガンの姿であった。

 高さと強度があるポストプレーヤー相手でも競り負けず、危機察知能力の高い守りを武器に、絶妙なタイミングで足を出す。
 身体の強さを活かした激しい守りを武器にしてはいるが、ラフなプレーヤーではない。現に、今シーズンも第14節終了時点で382分プレーしているが、イエローカードは1枚も貰っていない。
 そして何より、ホガンは本当によく声を出す。「足を止めるな!」「勝負しろ!」「休んでる暇はないぞ!」「切り替え!」「下を向くな!」など。
スタジアムに行くと、ホガンの声がよく聞こえる。
 その度に「そうなんだよ」「よくぞ言ってくれた!」と頷き、時には会場から拍手も巻き起こる。
 ホガンの放つ言霊は、不思議とサポーターの心情と一致するのだ。「サポーターの想いを背負う」「サポーターと共に闘う」サッカー界ではすっかり手垢のついてしまった言葉であるが、本当の意味でこれを実践出来ている選手は何人居るのだろうか。
 少なくともホガンは、サポーターの想いを背負い、共に闘っている。

 闘志を前面に押し出したプレーでサポーターから熱い支持を受けているホガン。
 その熱き魂のルーツは、同じ在日朝鮮人の元Jリーガー安英学(アン・ヨンハ)にある。
 ヨンハは1978年生まれの守備的MFで、ホガンと同じく熱い気持ちを前面に押し出した献身的なプレーが特徴の選手である。また北朝鮮代表の中心選手として活躍しており、南アフリカW杯にも出場した経験を持つ。在日サッカー界の英雄として語り継がれる選手である。

 2人の出会いは15年前まで遡る。当時12歳のホガン少年は、在日朝鮮人のJリーガーとして北朝鮮代表でも活躍していたヨンハの座談会に参加していた。
 ホガンは、ショーの終了間際にヨンハに花束を渡す役割を務めた。その後、一緒に写真を撮るなどの交流はあったものの、それ以上の事はなくその場は終了した。
 それからまた時は流れ2013年。朝鮮大学校サッカー部にてプレーするホガンの元に、ヨンハは再び現れた。ヨンハは当時、欧州でプレーする道を模索していた為、所属クラブが無く、練習場所を求めてホガンが所属していた朝鮮大学校のグラウンドで共に汗を流していた。

 ホガンはヨンハに対し、12歳の頃に花束を渡し写真を撮った話をした。

 ヨンハは言った。
 「だからか。初めて会った気がしなかったんだ」

 それからというもの、ホガンはヨンハと連絡先を交換し、共にボールを蹴り、食事も共にした。翌年、ヨンハは欧州挑戦を断念し横浜FCに加入したものの、ホガンとの交流は続き、遠く秋田の地まで足を運びホガンを激励したこともあった。

 そして2021年4月3日の柏レイソル戦。J1デビューを控えたホガンを前にヨンハは言った。


  「今は大きなターニングポイントだ」
  「魂込めてプレーしろよ」


 結果、チームは開幕後7節目にして初の勝ち点を獲得した。J1デビュー戦ながら、堂々たる立ち回りで柏レイソルの攻撃陣を1失点に抑えたホガンは、紛れもなく勝ち点獲得の立役者といえるだろう。
 そんなホガンを支えていたのは、アマチュア時代からホガンを見守ってきた同胞の先輩からの言葉だったのかも知れない。

 奇しくも、ヨンハが最後にプレーしたチームで闘う事になったホガン。
 ホガンは開幕前、この事について問われた際に
 「だからこそ負けられない」と語った。
 「ヨンハさんは魂のプレーでクラブを救ってきた。それを僕も出来たら」

 ホガンは、順風満帆な歩みでは無いながらも
 着実にステップアップを重ねている。
 そしてその先には、祖国を背負い世界の舞台で活躍する未来が待っているかも知れない。

  熱き魂は伝播する。
  偉大な先輩がそうしたように
  その言葉、行動で周囲を熱く染め上げていく。

 魂の漢 韓浩康
 横浜の最終ラインは、本物の漢が守る。



【参考文献リンク】





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