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【毒親育ち】寄生しなければ、生きられないのか。

こんにちは。
更新が安定しない中でも、スキを押してくれて本当にありがとうございます。
(呼び戻してもらえるような、そんな感覚になります。中の人は喜んでいます)


今回は毒親育ちが自立する難しさや二次的被害について。

前提として
当時は未成年だったのもあり、私一人で部屋を借りることが難しく、保証人も勿論無理。保証会社も利用できませんでした。
(※今は柔軟に対応してくれるところもあると思います)


まず、毒親の事情で度重なる引越し、それに伴うストレスから学校に行けなくなりました。
(当時一緒に住んでいたのは父でしたが、その父の機嫌を取りながら毎日学校へ行く。自覚症状が出ない状態で、気付いたら朝起き上がることができなくなり学校を数日休む。学校に行けない日は学校辞めてしまえと罵倒され、学費がもったいないと更に怒鳴られ、私の体調不良には全く興味がない父。起きても怒鳴られ、起きなくても怒鳴られ、次第に起きられなくなるの繰り返していきます。ちなみにその父は、その学校に関しては学費を払っていなかったと記憶しています。他の家族が払ってくれたと思う。)


その結果、
学歴が伴わない状態で身体も弱まり、正社員のような労働ができなくなった。
(コロナ禍になって在宅でも社員になれるのは正直羨ましい)

アルバイトや派遣で繋ぎ、でもそれだけでは地獄から抜け出すことはできない。
勤務時間が終われば、地獄に帰るしかできないから。



当時は社会的な理解が乏しかった

今は、在宅ワークやフリーランスについて理解や認知も広まってきたけれど
コロナなんて想像もできない社会だったときは
まだまだ理解されることが少なかったです。

それぞれの独創性や発想を活かしたクリエイター、フリーランスとしても
やはり家がなければそれを活かすことは難しいし、作った作品を保管する場所もない。
毒親育ちの【家がない問題】は、当時の私にも、大人になってからも、最大の壁となりました。


私が選んだ、毒親から離れる手段とは

"寄生先"を見つけること。
(言い方も言葉も悪いことを分かっていて、あえてこの書き方をしています。)

理由:毒親よりマシならそれでいい。

DVが始まったり、いじめ、監禁されたとしても
それでも、毒親よりマシであれば
それでいい。

自分の時間が少しでも確保できるなら、
奴隷のように毒親たちの世話をしなくていいのなら、それで良かった。


毒親育ちが直面する、こうした二次被害(二次的被害)は

細かいところで絡み合い、
失うものが、あまりにも多すぎる。

そして

今思うと、毒親から逃げるために必要なのは
お金や時間でもなく
自分を理解してくれる【協力者】かもしれない。

ただ、その協力者が【毒親とは違う毒】を持っている確率も高いので
何を得て、何を犠牲にするか、その判断や見極めが重要になるのでしょう。


安心や安全を求めることは
一番近くて一番遠い。

私が願っても
本当に欲しい"それ"に届く日は、きっと来ない。

家を安全にできない、血の繋がった家族を安全にできなかった時点で
私の欲しい”それ”は手に入らないから。

心を殺されずに
安心できる生活。

その願いを
望めば望むほど、

ひとつ、またひとつ
私は私でいられるものを失って

ひとつ、またひとつ
新しい私が生まれた。

生き残ったからには
もう、自由に生きよう。

私と私たちが消える、そのときまで
誰のためでもなく、自分のために。


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