おふたりさま旅行記 熱海
「急なんだけど、月末の熱海の花火大会の日に一部屋キャンセルが出たので行けるかしら?」
と、いつもお世話になっている方からお誘いを受けた。
ホテルに温泉があるから、お母さんと一緒に行ってみたら?とのこと。
花火大会を観に行くのは7年ぶりで、それはそれは嬉しいお誘いだったので、二つ返事でお願いをした。
ただ、いつも気楽な一人旅に慣れすぎてしまったためか、高齢で足の悪い母を連れて行くのは少し気が重かった。
しかも2泊3日なので、結構な時間を二人きりで過ごすことになる。
同居ゆえいつも一緒なので、ちょっと面倒だな〜というのが本音だった。
とはいえ、母と二人旅というのは初めてだったことに気づいた。
この先、あと何度一緒に行けるかわからない。貴重な機会を頂いたなと今では思う。
そんなわけで梅雨明け一週間後の酷暑の中、母との二人旅が実現した。
熱海は方位取りで行くには近すぎて、いつも通り過ぎていたところだ。
そして何故か今まで一度も行ったことがなく、今回私は初上陸なのだ。
楽しみと少しの不安を抱えて、初めての踊り子号に乗る。
予約時には半分あった空席がほぼ満席になっていて、前の席のマダムたちはボックスシートにして宴会を始めていた。
到着すると浴衣の女の子たちをちらほら見かける。
母は「浴衣なのにみんな運動靴履いてるのね〜」と着物警察を始めたので、昔だってブーツ履いたりしてたじゃん、と適当にあしらった。
確かに見た目は微妙だが、花火大会で歩くことを考えたら賢明な判断だ。
履き慣れない草履なんて痛くなって大変だもんね。
熱海の空は薄く雲がかかっていて、首都圏よりは幾分涼しく感じられた。
ただ、夏休みに入ったばかりの金曜夜の花火大会だ。
人が多いので熱気はある。
カフェなど入れないだろうと踏んで、ケーキを買ってすぐにホテルへ向かった。
ホテルはやや古いが、立地は最高だった。初島が見えるオーシャンフロントだ。遠くには熱海城が見える。
そしてホテルから花火が見えるという。
ゆったりとした時間の流れと心地よい風で、暑さと日頃の疲れがほどけていくような感じがした。
ホテルでいつもの2倍くらいの量の食事を頂き、あとは花火大会の時刻を待つばかりという贅沢な時間を過ごす。
時間通りに始まった花火大会はベランダの目の前に花火が上がり、大きな音でガラス窓が揺れる。
久しぶりのドンと胸に響く花火の音に、言葉にできない感動を味わっていた。
今回の旅行を勧めてくださった方の自宅の屋上で花火を観たのが7年前。
それ以来だから、なんだか込み上げてくるものがあった。
花火は大好きで、若い頃から大きな花火大会にはよく出掛けていたのだが、しばらく体調が悪く、特に夜の外出は控えていたからだ。
今では柔軟剤等のにおいで具合が悪くなるため、人混みには行けない。
そのため部屋から見えるというのが本当にありがたくて、こんな幸運も生きていればあるものなんだな〜と、天の差配に感謝した。
(ところが結局、隣の部屋の人が柔軟剤ユーザーで、猛烈な臭いが風上から流れてきてベランダにはほとんど出られず、窓越しに観たのだけれど。)
翌日、本当はMOA美術館へ行く予定だった。
ところが、バスの1日乗車券を買いに行ったところ、バス会社のおばちゃんからすごい剣幕で
「花火の翌日だし土曜だし道が混むからバスは時間通り来ないけどいいか?」など聞かれ、いろいろ説明してくれたのだが、その一つに
「MOA美術館は行く?行くんだったら今8割がポケモンだけどいい?」
ということだったのだ。
私はポケモン世代ではないし、ピカチュウくらいしか知らない。
「よーく考えて。それでもよかったらこの割引(乗車券との提携割引)より安くなるのがあるから、行く前にここに寄って。」と、ぶっきらぼうに教えてくれた。
ちょっとツンデレだけど、楽しんで帰ってもらいたいとの気遣いだろうなと解釈した私はおばちゃんを嫌いになれなかった。
むしろ強烈キャラを面白がれるタイプなので、旅の登場人物としてはウエルカムだったりする。
何より、観光案内所でなくてもこんなふうに耳寄り情報を伝えてくれるところがあるのはありがたい限りだ。
(でも、あとから来た男子たちは私とのやりとりを見てビビっていたらしいので、それなりに覚悟して行ってください笑)
そんなわけでMOA美術館は今回は見送り、3日目に行く予定だった熱海山口美術館へ。
入口から岡本太郎の河童に出迎えられ期待を膨らませたが、こちらの所蔵品は期待以上の作品ばかりだった。
美術に詳しくない人でも聞いたことのあるアーティストばかりなので、きっと楽しめるはずだ。
入館料に絵付け体験と飲物代が込みになっているので、展示を観終わると小皿とペンが渡される。
事前情報で知っていたのに、何を描こうか全く考えていなかった。
結局、展示のピカソの模写をしてお茶を濁したのだが、少し絵を習ったことのある者としてはオリジナリティがなく、痛恨の極みだ。
いずれリベンジに来ようと心に誓う。
まぁどうせ、次も大したものは描けなくて言い訳すると思うけどね。
飲み物は、抹茶を選ぶと人間国宝の作った器でお抹茶が出てきて、干菓子もついてくる。
私などそんなお宝を持っていたら誰にも触らせないで見せびらかすに違いないけど、ここのオーナーは本当に太っ腹だ。
こういう本物に触れる体験ってすごく貴重で、お金を積んだってなかなかできることじゃない。
母は茶道をやっていたことがあるので、いたく感動していた。
もうこれだけで、私の親孝行は完了したと思う。
最終日の起雲閣もまた、眼福だった。
海運王と呼ばれた内田信也氏が最初に建てた別荘なのだが、所有者が変わるたびに増築されたらしい。
なかでも根津美術館で有名な根津嘉一郎氏が建てた洋館など、贅を尽くした内装は目を見張るものがあった。
一時期は旅館として営業していて、多くの文豪に愛されたと言うが、叶うなら私も泊まってみたかった。
いや、私はこんな駄文しか書けませんけども。
まあ、傑作ができるかどうかはさておいて、心豊かになって何かを生み出すエネルギーがチャージされる素晴らしい空間であることは間違いない。
今は 音楽サロンやギャラリー、お茶室などとして貸出もしているようだから、あんな素敵空間を利用できるなんて、近くに住んでいる人がとにかく羨ましい。
今回は外が暑すぎて庭園散歩は諦めたので、次回はもっとじっくりここのバイブスを浴びに来ようと思う。
おばちゃんの言う通り、バスはいかなる時も予定時刻を大幅に過ぎてやってきた。でも了承したのだからしょうがない。
とはいえ、炎天下で10分以上待つのは本当にキツイから、余裕のある人はタクシーをお勧めする。
真夏の観光は避けたほうがいいのが一番なのだけどね。
それでも、その時でないと見られないもの、経験できないことというものはあるもので、今回の旅などはまさにそのものだ。
花火大会も夏の海も、今展示されている美術品も青々とした庭園の植物も、このタイミングだから見られたものだし、母と初めての二人旅という特別感も相まって、私にとっては忘れられない大切な思い出となるのだろう。
そんな機会を作ってくれた知人には感謝なんて言葉は陳腐で使いたくない。
ただ、彼女がしてくれたように、いつか誰かに恩送りができる自分になりたいと思う。
すっかり熱海ファンになったが、実は拍子抜けするくらい近いリゾート地だったことに気づき、私の中で一気に心の距離が縮まった。
行きたかったMOA美術館も神社も街歩きも、これなら余裕で日帰りで行ける。
熱海には100回は行ってるという知人には到底及ばないだろうが、これから通いたいと思える海と山が美しい魅力的な街だった。
次はきっと一人旅になるが、この後何度熱海を訪れても、今回の旅をふと思い出すに違いない。
そんな特別な地となりそうだ。
(おまけ)
出発前夜にお腹をこわして弱っていたため、仙台一人旅に続いてミラーレスカメラは留守番となった。
どんな時も持ち出せる軽いカメラに見直す時期なのかもしれない。
スマホでもいいのだが、ちょっと物足りない気がしてしまうのは、私のエゴだろうか。
(そんなわけで、写真はスマホ写真と動画の切り出しです。)
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