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いつか、死んでしまうから。

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私と誰かの記憶の断片。
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#ショートストーリー

あの駅で。

あの駅で。

僕は懐かしい駅に来ていた。最後にここに来たのは10年以上前だ。またあのおばちゃんに会えるだろうか、と来てみたら売店ごとなくなっていた。

別れはあっという間だな、となぜか、ふっと笑ってしまった。

売店のあった場所は他の地面と比べて少し黒くなっていた。僕はそこに立ってみた。おばちゃんは何を考えていたんだろう。

あの頃の僕を、どう見ていたんだろう。上を見上げる。

古びたホームの屋根が見えるだけだ

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呪縛と溶解

呪縛と溶解

障がいを持ってる家族がいる。
だから一生結婚はできないと思う。

深夜、お酒をひとしきり飲んだ後で聞いた。
肯定も否定もできず、そうなの?と言った。
今思うと不躾だったと思う。

子どもへの遺伝とか考える人もいるみたいでさ。
障がいのことを笑う人がいるけど
殺してやろうと思うね。

普段の性格からは考えられない一言に息を呑んだ。
やましい気持ちがあったからではない。
誰しも狂気を持っていると気づい

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習性と逸脱

習性と逸脱

香りは最大の暴力。
人は声を最初に忘れ、次に見た目を忘れる。
しかし、それらを一度に思い出させるのが香り。

どこかで読んだ一文だった。

そんな話を深夜、社会人になりたてだった私は知人の家に泊まった日になぜか口にした。そんな詩人みたいなことを誰かに言うなんて思いもしなかった。
きっと夜とお酒のせいだった。

笑われると思ったが、真剣に知人は耳を傾けて聴いた。そして一瞬の沈黙のあとに、こう言った。

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朝

棒のようになった足を引きずり、家に帰る。

「ただいま」  無意識で言葉が出てしまう。

つい数時間前まで彼女がいた部屋を見渡す。

深夜、浴びるように飲んでそのままになっていた空の缶ビールを手に取る。
昨晩の思い出が消えてしまいそうで元の場所に戻した。

空が明るくなってきた。

昨晩の出来事を思い出したくなくてベッドへ戻る。

あの香水の香りが充満していて、誰にも聞こえないはずの嗚咽を我慢しな

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