「文章を書く」ことで生まれる出会い │ 7月28日・文学フリマ
May 2024
「 文章を書きたい 」と 思うようになったのは、
直島に 移住する、すこし前の ことだった 。
短い言葉で綴っていた SNSでは もの足りない感じがしてきて、" もっと文章を書きたい " と、自然と思うようになっていた。
ただ、目の前にいるひとに、自分の文章を読んでもらうことはなかった 。「文章を書いている」ということも別段ひとには言わなかったし、むしろ顔を知っているひとに読まれる方が、なにやら気恥ずかしい感じがした。
誰も 知らない " 海 " に 書くから 、
素直なことばで、文字を綴れるのかもしれない 。
なにかの拍子に、文章を書いていると話したのだった。マスターは何度も「読みたい」と言ってくれていたけれど、わたしは適当にはぐらかしていた。
「 どんな内容のものを書いているの 」と聞かれ、( まぁ、それくらいならいいかと )答えると、Google の検索にひっかかったらしく、あっさりばれた。
けれど わたしの文章が、わたしの大好きな映画のようだと言ってもらえたことが、なんだかすごく、嬉しかった。
出会ったときからのものだけでなく、わたしの過去の文章も、わざわざ買って読んでくれていた。
ちょこちょこと購入の通知が届くので、申し訳なくなり「アルバムにまとめてありますよ」と言うと、「ちょっとずつ読みたいから」と、わざわざ単話で買って読んでくれていたのだった。
これまでも購入してくれる人はいたけれど、こんな風に読む人は、マスターがはじめてだった。
ある日、分厚い本ほどのお金が支払われた。驚いて見てみると、それはマスターからではなく、すべてのマガジンを買ってくださった方からの通知だった。
その方は 文章を書いていないようだったので、こちらからお礼のメッセージなどを送ることはできなかった。けれど もう随分前に買ってくれたのに、今でも読んでくれているのがわかった。いつも " スキ " が 届くからだ。
買っていただいたのだから、どう読んでも自由なはずなのに、月に数回、それが届く。読んでいるということを伝えてくれるかのように。
大切に読んでくれているのかもしれないと思うと、なんだか胸があたたかくなった。
『 読んでくれる人がいる 』ということは 、
それだけで、とても 幸せなことだと思える 。
自分の話したことに共感してもらえることが嬉しいように、作ってもらったものを食べるまでが料理であるように、文章というものも、個人的な行為のように見えて、じつは「書く人」と「読む人」の、コミュニケーションなのかもしれない。
クリスマスは 、ひさしぶりに フェリーに乗って
直島に住む ともだちに 会いにいった 。
予約していたのは、島いちばんのパティスリーのクリスマスケーキ。シュトーレンやシャンパン、チキンも用意した。満を持して箱からとりだしたチョコレートのケーキは、ほんとうに可愛いかった。
「食べるのもったいない~!」とはしゃぎながら、5分ほど観賞会をしたのち、切り分けるのが難しかったため思い切りフォークを突き刺して、ホール食いした。
子どもの頃にさえ そんな食べ方をしたことがなかったのに、大人になってこんなに美しいケーキでそれをするのは、最高にたのしくておいしかった。
彼女と仲良くなったのは、直島を離れる すこし前のことだった。同い年で、アートが好きで、そして好奇心がとても旺盛なのだと思う。同じ人生の時間を過ごしてきたとは思えないほど、本当にたくさんのことを知っていて、経験していて、そして何よりも、情熱のある人だった。
いつでもどこかを飛び回っているような感じで、仕事が本当に大変なはずなのに、どこからエネルギーが湧き出てくるのだろうと、いつも不思議に思っている。
最高にテンションの高い彼女が誘ってくれたおかげで
わたしたちは、『 本 』を 作ることになった。
「 え ! 本って、自分で 作れるの ? 」
「 できるよ ! 本当に なんでもできる !
綴じてあれば、それだけで " 本 " なんだよ ! 」
綴じてあれば、それは本。なんなら綴じていない形でも良いらしく、ほんとうに自由らしい。
『 文学フリマ 』という言葉も、わたしはここで はじめて知った。なんでも自分で本を作って、売ることのできるイベントらしい。東京では、ものすごい数のひとが押し寄せるらしかった。
「 海ちゃんの文章をみていたら、私もまた本作りたいな~って気持ちになって! ぜったいに楽しいよ! 」
そうして何もわからないまま、彼女は本当にすべての手続きをすぐさまやってくれ、申請の抽選が通り、見事 出店が決まったのだった。
思えばいつも 、誰かや 何かのおかげで 、
あたらしいことに 挑戦できているように思う 。
直島に住んでいたときは、おとなりさんが引っ越すときに自転車をくれて、高松での生活が随分と楽になった。
高松よりもっと田舎にきてからは、知り合った方から 車をもらって(!?) 行動範囲が ぐんと広がった。
自分の行ける場所が、自分ではないもののおかげで
どんどん広くなっていく。
自分で書くはずの " 文章 " にしてもそうで、マスターが「 あなたは 文章を書くといい 」と言ってくれたり、それを読んでくれる人がいたり、「 一緒に本を作ろう 」と言ってくれる友人がいたり…
自分では 想像もしなかった場所への " きっかけ " を、
いつも 誰かに、与え続けてもらっている。
「 なにを 書きたいか 」と思ったとき、わたしは やっぱり『 直島 』で暮らしたときのことを、いちばん書きたいと思った。
都会からの移住、穏やかに きらめく海、
のんびりとした、独特にも感じる 島の時間 …
楽しかったこと、嬉しかったこと、感動したことも… そして それだけじゃなく、苦しかった日々もあった。ほんとうに様々な感情を、この島が教えてくれた。
生活していたときには 毎日が忙しく、note などには 書くことができていなかったけれど、どんな日でも毎日、日記を書いていたほど、幸せな日々だった。
いつか書きたいと思っていた、大好きな『直島』のことを形にできるとしたら、こんなに嬉しいことはない。
生まれてはじめての本は、どんな本になるだろう?
文章を書いている わたし自身も、とても楽しみだ。
瀬戸内に出会って、この海に出会えたこと。
ぜひ 一度、見に来てくれたら嬉しく思います。
直島へつづく港町で、お会いできたら幸いです 。
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・ 2024年 7月28日(日)『 文学フリマ 香川 1 』
高松シンボルタワー展示場
お読みいただき、ありがとうございました。 あなたにとっても、 素敵な日々になりますように。