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救いの御子は 御母の胸に #4

 小さな病院だった。玄関で待っていた医者に、隊員の一人が何か話していた。
 医者は白衣のポケットに手を突っ込んだまま、少し離れたところで突っ立っている僕の方をちらちら見ながら何度か頷いていた。
 しばらくして診察室に通された。いくつぐらいだろうか、白髪のその医者は、白衣の前を留めておらず、腕まくりをしていて、長いざんばら髪に手ぬぐいを巻いていた。ずいぶん変わった風貌の医者だった。医者は僕とまっすぐ向きあって、
「どうした?」
とゆっくりと話しかけた。その様子は、一部の医者が診察するときに足を組んでカルテの方を見やりながら「今日はどうしましたあ?」と聞くような、尊大で間抜けな調子とは全く違っていた。
「この前、父が亡くなって。いや母はとっくの昔で。小五のときで。兄貴たちもみんなひどくて。沖縄だ鹿児島だ、あと、福岡だこっちだって行ったり来たりで。電話にはもう出たくなくて……」
 脈絡のない言葉の断片が、まるで嘔吐するみたいに口を衝いて出てきた。医者に話すようなことじゃないというのはわかっていた。ただ聞いてほしかった。ところがその医者は、顔色一つ変えずにいちいち大きく頷いて話を聞いてくれた。
 僕の話が終わると、その医者はあいかわらずゆっくりとした調子で言った。


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