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【小説】Ⅸ.幼馴染と変則デート|百合カップルを眺めるモブになりたかっただけなのに。

当記事について

カクヨムなどで全編無料で公開している作品です。本項はあくまで章ごとに再編成して転載しただけのものになります。あらかじめご了承ください。
・あらすじなどはこちらをご覧ください。
・サブタイトルは他サイト連載時についていたものです。
・公開から2週間を目途に有料記事に移行する予定です。
・後日複数記事をマガジン形式でセット販売することを検討しております。
・更新の告知はツイッターの告知用アカウントをご覧ください。
こちらの欲しいものリストからプレゼントを貰うと、更新頻度が高くなったり質があがったりします。
こちらから好きなものをお買い物をするだけでも蒼風に微量ですが還元されます。

本編

45.いわゆるイメチェンってやつ。

「服を選ぶのに付き合って欲しい?」

「そう。駄目かしら?」

 週末の休み時間。美咲みさきに呼び出された俺はそんな相談を受けていた。

「えっと……また、なんで私に?」

「えっと、ね。普段は誰かと一緒にってことはないんだけど、たまには気分でも変えようかなって」

 なるほど。

 要するに「自分以外のセンスで選ばれた服が着たい」ということだ。考えは分からなくはない。俺も自分で選んだ服はびっくりするほど同じような色と作りばっかりで、見るに見かねた“アイツ”が選んでくれたこともあったもんな。ん?アイツ?アイツって誰だ?まあいいや。

 話は分かった。が、それなら、

「えっと…虎子とらこは?」

 美咲は両の人差し指で小さくバッテンを作り、

「駄目。虎子だけだと、全然見当違いのものを選びそうだから」

「あぁ……」

 ごめんよ。ホントは「そんなことないよ。虎子だってきっといいものを選んでくれるよ」と言ってあげたいんだけど、この場合は流石にそうはいかないと思うんだ。

 まだ付き合いは浅いけど、虎子と美咲のセンスが真逆だろうということはこの俺でも容易に想像がつく。

 もしかしたら虎子は虎子で自らの趣味の範囲でセンスのいい私服を着ているのかもしれない。

 が、それが美咲の好みに合致するかと言われれば多分ノーだ。不思議なもんだ。恋愛的な相性はばっちりの幼馴染百合カップル(※はなの勝手な感想です)なのに、好みは全然違うんだから。だからこそ惹かれるものがあるのかもしれないけどね。

 ただ、そうなると、俺と美咲が二人でデートに出かけるという展開になる。別に美咲のことが嫌いなわけではないし。そういう女友達とのお出かけと言うフレーズはなかなかに心がときめくものではある。

 あるんだけど、それをやってしまうと虎子が嫉妬するのはまあ間違いないし、二人の関係性に余計なヒビを入れてしまうかもしれない。それはよくない。非常によくない。俺を巡って二人が争うなんて展開はもう要らないんだ。既に美術部から熱烈な勧誘を受けている身だ。これ以上余計なことをしないようにしたいところだ。

 一方で、美咲の「虎子のセンスだと自分とかけ離れ過ぎているから」という考えも理解は出来る。そんなわけで、

「それなら、さ。折角だから、虎子の服も選んであげるといいんじゃないかな。ね?」

 という折衷案を出した。もちろん、嘘ではない。

 嘘ではないが、本当のところは虎子と美咲のデートを眺めたいからという欲求があるからに他ならない。

 そもそも俺いるのかな?虎子に選んでもらえばいいじゃん。イメージ変えたいってんならなおさら。冒険するのが怖いってのは分かるけど。彼氏の色に染まってみるのもいいと思うよ(※華の勝手な彼氏彼女設定です)。

 俺の提案を受けた美咲は「うーん」と少し悩み、

「そう、ね。虎子もきっと華ちゃん…………と一緒に遊びに行きたいでしょうし、仲間外れにするのは良くないわよね」

 なんだろう。なんで途中一回言葉に詰まったんだろう。

 まあいいや。話がうまくまとまるならそれで十分だ。これであとは、途中から半分背景と化して二人を見守ればいい。服を選ぶときは……難しいかもしれないけど。

 途中で用事を思い出して……っていうのは少し無理があるか。本当は二人だけのデートみたいな形に持っていきたいんだけど、それを作ろうとすると、必然的に俺が一人だけ帰るという状況を作らないといけない。なんだったらアテナに頼んでアリバイ作りに協力してもらうか。アテナと用事があるってことにして。

 いや、駄目だ。

 それをやるとただでさえ「友達以上のものを感じる気がする」という評価を受けている(と思われる)俺とアテナの間柄に更によからぬ設定が追加されかねない。うん。やっぱり基本は二人と一緒に行動しつつも、要所では背景に徹する。それでいこう。

「そうだよ。それに、私も虎子と仲良くなりたいし」

 と、何気なく告げると、

「虎子と……仲良く」

 美咲が何とも言い難い表情のまま活動を停止してしまった。やっぱりもっと仲良くなりたいのかな?それとも、俺が横取りするんじゃないかって思っちゃったのか。

 大丈夫。俺はそんな無粋なことはしない。百合は眺めるものだ。間に割り込もうなんて考えちゃ駄目なんだよ。それはね、ギルティ―なんだ。

 やがて、再起動した美咲が、

「そう、ね。仲良くなれるといいわよね」

 と、続ける。その顔はハリボテみたいな笑顔だった。

 なんだろう。

 もしかして、あれだろうか。恋愛感情はあるんだけど、踏み込み切れずにいるんだろうか。

 もしそうだとしたら、その悩みは聞いてあげたいところだ。俺や彼方みたいな百合好きならともかく、基本的に女性は女性に恋をしないものだという考えの方がマジョリティ―だ。

 最近はやれLGBTだのジェンダーだのと言って、様々な価値観が認められつつあるみたいだけど、実際にはまだまだ主流ではないし、オープンにすることには抵抗を感じても決しておかしくはない。

 美咲と虎子の仲が良いのは傍から見ていても分かるし、俺からすればお似合いの百合カップルにしか見えないんだけど、当人たちがそう思っているとは限らない。虎子は単純に親友としての関係性を望んでいる可能性だって少なくはないはずだ。

 もし、告白でもしようものなら、その関係性を壊すことになるかもしれない。踏み込むというのはそれを承知の上でやる、かなり勇気のいる行為なんだろう。

 俺に出来ることがあるかは分からない。もしかしたら、余計なお世話かもしれないし、力不足になってしまうかもしれない。だって、俺は悩みを分かってあげられるようになるんだから。

46.百合カップルって言うのは彼氏役と彼女役がいるんだよ。

「友達三人でお出かけ、か」

 結局美咲みさきは、俺の説得もあって、虎子とらこと三人で出かけるという選択肢を取ることにしたらしかった。

 らしかった、というのは、その決定と、具体的な時間の調整は、俺が寮に戻り、夕食と風呂を済ませた後、暫くした後にメッセージアプリで届いたため、そこに至るまでの思考回路の一切を知らないからだ。

 そのメッセージアプリは、なにかと必要だろうということで事前に美咲のアカウントと友達同士になっておいたという代物で、後に虎子のアカウントとも友達同士になったうえで、気が付いたときには三人だけのグルーまで作成されていた。

 正直このグループでの俺は不純物にしか見えないし、そもそもこの手のアプリを家族以外との連絡にまともに使ってこなかった身としては大分異文化感が凄いんだけど、多分これが主流なんだろう。これが現役の女子高校生ってやつなのだろうか。違うか。

 ただ、そんなやり取りのおかげで、無事に時間と場所も決まり、二人が実家住まいの俺が寮住まいということもあって、現地集合にしようという話になり、今、俺はその集合場所にいる、というわけだ。

 背後には、駅の象徴とでもいうべきフクロウのモニュメント。正直なところ俺はこれがこの世界にある、というだけで大分衝撃だった。

 学院から一歩外に出てみて驚いたのだが、この世界はあの学院だけが特異点みたいな状態らしかった。要は「学院以外は元居た世界と全く変わらない」ということだ。

 池袋もあれば渋谷もある。秋葉原にだって足を伸ばすことが出来る。あのどでかい敷地を擁する学院が都内にある、というのにも驚いたけど、その最寄り駅が、池袋から電車で一本のところだったのはもっと驚いた。

 多分俺の生きていた現実世界じゃああいう広大な土地を持った学院っていうのは十中八九田舎にしかない。そもそも土地代が高すぎてペイ出来ないからだ。流石転生先の世界。そんなことは関係ない。そこにしびれたり憧れたりは特にしないけれども。

「ごめんなさい、遅れちゃって」

「ごめんごめん、遅れた」

 声が聞こえる。振り向くとそこには私服姿の美咲と虎子がいた。

「ううん。全然、今来たところ」

 別にそんなことはない。そんなことはないがそういうことにしておく。それがマナーってものな気がするから。別に待ってても退屈しなかったしね。この世界と元の世界に差はあるのかとか、そんなことを考えていたらすぐだったから。

(しかし……これは、なるほどね……)

 改めて二人の私服を見て思う。

 これは確かに俺に頼むはずだと思う。

 美咲の服装を一言で表現するなら「ふんわりお嬢様」という感じだった。あれは……なんていうんだろう。俺には女物の洋服に関する語彙が欠落しているから、上手く説明できないけど、黒のブラウス?だろうか。それにふんわりとした白いレース生地のスカート。手にはこじゃれたハンドバッグを持っている。あの学院に通うくらいだ。きっと有名なブランドのものに違いない。

 対して、虎子の服装は一言で表現するなら「男勝りな姉貴分」という塩梅だった。上はオレンジのパーカーで下は青のジーンズ。そこに斜め掛けのショルダーバッグ、という取り合わせ。

 パーカーはフルジップで、割とそのジッパーが開き気味だったので、中に来ているものもちらりと見えたのだが、どうやら柄シャツの様だった。

 こちらは割と、俺が(しかも笹木華としてではなくて、佐々木小太郎として)着たとしても違和感がない感じで、着こなしとしてもそんなに問題は無い、と思う。

 ……思うんだけど、この好みで、美咲の服を選んでも多分、気に入っては貰えないと思う。それくらい対照的な二人だった。

 でもね、覚えておくといいよ。百合っていうのは割と「彼氏っぽい方」と「彼女っぽい方」がいるから、こういう方がいいんだ。やっぱり幼馴染レズカップルじゃないか(確信)

 と、俺はそんな妄想をしていると、美咲が、

「それじゃ、行きましょ?」

 と、ナチュラルに俺の手を取ってくる。それを見た虎子が、

「あっ」

 あっ、じゃない。

 なんだ今の反応は。見たぞ。明らかに「なんではなの手を握るんだよ」みたいな顔をしていたのを。聞いたぞ。虚をつかれた感じの「残念そうな声」を。やっぱり脈はあるんじゃないか。

 もし美咲が虎子のことを恋愛として好きならばこれはかなりいい兆候だ。ただ、そうなってくると、今日の俺は完全にお邪魔虫になる。どうしようか。頃合いを見て、用事があるとか言って退散しようか。でもあんまり露骨にやっちゃうとそれはそれで嫌な奴っぽいし、難しいところだ。

「うーん」

 悩む。そんな俺の手を美咲が引っ張る。先ほど嫉妬の目線(※華の勝手な想像です)を飛ばしていた虎子は、美咲と手をつなぐのは諦めたのか、反対側の隣を確保していた。ただし、手はつながない。うーん、もどかしい。

47.まさしく絶体絶命ってやつ。

「ついたわ」

 美咲みさきに手を握られ、駅から十分ほど歩いたのち、俺たち三人はちょっとした専門店街たどり着いていた。

 このあたり一帯の建物には展望台から、レストラン、水族館からプラネタリウムと様々な施設がひしめいているのだが、その一部、主に地下から低階層部分が専門店街となっているのだった。

 なるほど、ここならお目当てのものが探せるかもしれない。ちなみに、俺も(元の世界で)足を運んだことはある場所だけど、その時のお目当ては飲食店か、トイザ○スかの二択だった。

 だって、それ以外の店はなんていうか、俺には関係ない世界のものだったから。ほら、あるじゃない。ちょっときらびやかな感じ。そういうのよ。

 ただ、今回に関してはそんなことも言っていられない。なにせ、美咲に服を選ぶのを手伝って欲しいと頼まれているから。

 と、いうかそのためについてきたと言っても過言ではない。そうじゃなかったら、二人の間に挟まる理由は特にないと思う。あ、喧嘩の仲裁位ならするけどね?

 虎子とらこがあたりを見渡し、

「はぁ~広いな」

 なんとも雑な感想を述べた。これはあれだな。虎子も俺と同じタイプの人間だな?仲良くなれそうな気がしてきた。

 美咲は更に俺たちを先導するようにして、

「ついてきて」

 と、実に慣れた足取りでフロアを歩き出す。ホームグラウンドと言ったところだろうか。完全アウェーの俺と虎子には、デ○バーから下山してきて打撃成績が下がったスラッガー並にデバフがかかってしまっているから、借りてきた猫のようにおとなしくついていくほかない。

 俺はともかく、普段から美咲と付き合いのある虎子にもデバフがかかるのはどうかと思うけど、もしかしたら、服を選びに行くときはついていっていないのかもしれない。

 駄目だなぁ。虎子くんは欲望の開放のさせ方が下手。もっと、自分色に染めるとか、そういうイケイケ感を出していかないと。やっぱりヘタレか?ヘタレなのか?
 と、俺が、アウェー空間から逃げ出すようにして妄想の世界を漂っていると、

「ここここ」

 美咲の足が止まる。俺たちの目の前には「こじゃれてます」という雰囲気の漂う、実にファッショナブルな空間が広がっていた。どこ?ここ?異世界?あ、異世界であってたわ。うん。

 割と虎子も似たような感想らしく、

「うへぇ、俺とは縁遠い世界だな」

 美咲が、

「そうでしょうね。けど、今日の目的は、ね?」

 と目くばせする。それを受けた虎子がにかっと笑い、

「そっか、そうだよな」

 俺の方を向く。釣られるようにして、美咲も俺のことをじっと眺める。

「な、なに?」

 なんだろう。俺の顔に何かついているんだろうか。取り合えず顔をぬぐってみるが、何もついてこない。

 そして、そんな一連の動作をみても、二人の視線はいっこうに俺から離れない。プラスいい笑顔。なんだ、その笑顔は。ちょっと怖いぞ。まるで、そう。

 面白いおもちゃを見つけた子供みたいに、

「あ」

 気が付いた。

 気が付いてしまった。

 もしかして、服を選ぶ対象っていうのは、美咲じゃなくて、俺なんじゃないか?
 いや、もしかしての話だ。だけど、思い返してみると、美咲の口から「自分の服を選ぶから手伝ってほしい」という類の話をされていない気がする。

 確かに、服を選ぶのには付き合って欲しいと言われたし、その時に自分一人ではなく、他の人と選びたいとも言われた。虎子だと好みから離れすぎるかもしれないという話もしていた。

 もちろん、結果としてはこうして虎子もついてきてはいる。だけど、それを除けば、美咲に言われたことは全て着せ替え対象を俺に差し替えても通用する話で、

「あの」

「ん?なあに?」

 相変わらずいい笑顔。不思議なもんだ。笑顔って言うのは敵対の意思とは程遠いもののはずなのに、今の美咲は正直ちょっと怖い。

 俺は思い切って、

「もしかして、なんだけど」

「うん」

「服って……私のを選ぶってこと……?」

 美咲は実に悪戯っぽく下をぺろりと出して、

「バレた?」

 バレた?じゃない。

 しかし、こうなると、

「ってことは、虎子も?」

 虎子は美咲と同じように舌を出し、

「美咲に頼まれちゃった☆」

 だから「頼まれちゃった☆」じゃないっての。アウェーなんじゃないのか?そんなところに足を踏み入れるほどの動機があるのか?

 そんな俺の疑問を感じ取ったわけではないだろうけど、虎子が首筋をさすりながら、視線を逸らして、

「いや、ね。この間。ほら、あったでしょ?」

「この間?」

 今度は美咲が、

「ほら、美術部の先輩の」

「あー」

 思い出した。今でも部員勧誘以上の目的をもって、俺に部活に入らないかと誘ってくる美術部の二人か。

「それが、なにか?」

 美咲が、

「見ちゃったのよ」

「見ちゃった?」

「そう。見ちゃったの。絵を」

「絵?」

 今度は虎子が、

馬部うまべ先輩の描いた、はなの絵。それも、今みたいに前髪を下ろしてるんじゃなくて」

 バッ

「ちゃんと目元が見える形の絵を、さ」

 不意打ちだった。

 俺が「目立ちすぎても良くないから」という理由で、素顔を隠すために伸ばしてもらった前髪は、あっさりと左右に分けられて、「可愛い方がいいよね」という何とも適当な理由で設定された「モブにあるまじき顔面偏差値を持った美少女」が日の目を見てしまっていた。

 それを見た美咲が、

「だからね、華ちゃん」

 俺の両肩をがっちりと掴み、

「今日は華ちゃんの可愛さを100%……いや、120%引き出そうと思って、誘ったの。大丈夫。お代は全部私が持つから。痛くもしない。怖いのは最初だけだから。天井のシミを数えてればすぐ終わるから、ね?」

「え、えっと……」

 気が付けば、俺の背後には虎子がいる。前には美咲。前門の虎後門の狼という言葉があるが、この場合は前門の牛に後門の虎だろうか。逃げ道は幼馴染特有のコンビネーションでがっちりとふさがれていた。

48.さよならお気楽な過去、こんにちわ四面楚歌の現実。

 回顧終了。

 時は無事に巻き戻る。

 と、同時に、

「ほら、絶対可愛いから、ね?」

「大丈夫だって……皆やってるから」

 四面楚歌レベルの現実も一緒に戻って来た。どうしよう。いや、どうしようもない。人数の上でも二対一でこっちの方が不利だ。全面的な勝利は望むべくもない。それならば、

「あのっ!」

 美咲みさきが、

「なあにはなちゃん?あ、もっときわどいほうが良かった?」

 そんなことは一言も言ってない。捏造するんじゃないよ。そこからもっと際どくした水着なんて着たらいろんなものがポロリするだろう。健全な夏のビーチがいかがわしいお店に早変わりしちゃうからやめなさい。

「そ、そうじゃなくて……あの、下着、とか、水着はまた今度にしませんか?割と、その、持ってはいるので」

 そう。

 この際着せ替え人形になることは甘んじて受け入れよう。

 でもいくら何でも二人がもってるのはアウトだ。水着はまあ、物によると思うけど、あんな紐の延長線上みたいなやつはどう考えてもお断りだし、下着姿をさらすのはもっとなしだ。

 特に後者だと、試着室のカーテンを大っぴらに開けるわけにもいかないだろうから、最悪二人をこの中に招き入れることになってしまう。

 狭い空間に女の子が三人。うち一人は下着姿なんてシチュエーションは、客観的に見ればご馳走様以外のなにものでもないんだけど、当事者になるのは正直避けたい。興奮状態にある二人が何をしてくるか分からないっていうのもあるけどね。

 それを聞いた美咲が、

「ホントに?今度着て見せてくれる?」

 と、催促する。怖いよぉ。なんで俺の水着姿をそんなに熱望するんだよぉ。虎子とらこと水着姿でいかがわしいプレイでもしててくれよぉ。

 その虎子も幼馴染同様に、

「俺も見たいな。っていうか、夏になったら海行こうぜ、海」

「あ、いいわね。海。ね?華ちゃん」

「う、うん」

 美咲は持っていた紐と布の集合体を、足元のカゴに戻して、

「それじゃ、これは夏に着てもらうとして」

 今なんていった?着ないよ?別に夏のビーチでなら開放的な気分になったりはしないよ?海は行きたいけど、それを着るとは一言たりとも言ってないよ?

「これなんかどう?」

「お」

 そう言って美咲が取り出したのは、さっきもちらりと話題に出ていた純白のワンピースだ。夏の日に麦わら帽子と一緒に身にまとって、ひまわり畑をバックにして立っていたら、ひと夏の恋が始まりそうな感じのやつ。うん、これなら、まあ、いいかな。

「えっと、それなら、うん」

 俺の反応を見た美咲はワンピースを俺に押し付けて、

「はい、これ。それから……」

 自らの鞄をごそごそと漁ったうえで、小さな袋を取り出して、俺に手渡してくる。

「これも」

「これ、は……」

「開けてみて」

「う、うん」

 俺は言われるままに中身を確認する。

 ヘアピンだった。

「取り合えず華ちゃんに似合いそうなの、全部持ってきてみたから、つけてみて?」

 俺は受け取ったそれらをじっと眺める。サイズから色からかなりの数がある。当たり前だが、ヘアピンは一度にこんなに大量につけたりしないから、本人の言う通り「好みが分からないから片っ端から持ってきた」と言った感じだろう。全体的に女の子女の子しているのは持ち主の影響だろうか。

 まあ、いいや。これは断るようなことじゃない。そもそも何で碧の描いた絵を見る機会があったのかとか、そもそも彼女がなんで俺の“前髪を上げた状態”での絵を描いてたのかとか気になることがあるにはある。

 が、それをここで聞いたところで、笹木華着せ替えファッションショーが中止になってくれるわけではない。仕方ない。俺は腹をくくって、

「えっと……それじゃ、これ。つけてみますね?」

 美咲は笑顔で、

「うん。きっと似合うと思うな」

 そう言い切った。別に俺に似合う必要性は無いと思うんだけどなぁ……

49.「これが……私……?」っていうやつ。

 数分後。

「あの…………どう、ですか?」

 着替えが終わった俺は、無事に二人の見世物となっていた。

 美咲みさきは、

「か、可愛い……」

 と、若干顔を赤らめながらもスマートフォンのカメラをこっちに向けてくるし、虎子は虎子とらこで、

「え、やば」

 と語彙が完全に消失した状態で、俺のことを眺めまわしていた。

 そして当の俺はと言えば、

(な、なんだろ、これ……)

 完全に混乱していた。今俺が来ているのは女物の白いワンピース。先ほどまで着ていたのも、適当に見繕った私服で、スカートだったのだから、着ている服の構造自体は厳密にはそこまで変わっていないことになる。

 だけど、なんだろう、これは。凄く不思議な気持ちになる。布が薄目とか、肩が出ているとか、さっきまで着ていた私服と違うところはいくつかあるんだけど、多分原因はそんなことじゃない。

 ヘアピンで顔を見えるようにしていること。そして、そんな俺の姿を「可愛い女の子」として美咲と虎子が凝視していること。きっとそのあたりが原因なんだと思う。端的に言うと凄く恥ずかしい。

 視線は当然うつむいてしまうし、なんとなく内股気味になってしまう。そこには何もついていないのに。性的な興奮を覚えるたびに形而上の男性器が大きくなっているような錯覚を覚えたけど、今回、その感じは全くない。代わりに、股間のあたりがちょっときゅんとして、

「あ、あのっ!」

 いけない。

 これ以上はいけない。引き返せなくなる。俺は決死の覚悟で、

「ど、どうでしょうか。似合って、ますか?」

 強引に会話に持っていく。取り合えず無言で見つめられ続けるという状態だけは何とかしなければ。

 美咲がうんうんと力強く頷き、

「似合ってるわ。やっぱり私の見立てに間違いはなかったのね」

 と太鼓判を押す。虎子も追随するように、

「そうだな。あと、やっぱり前髪は上げてたほうがいいんじゃないか?」

 と提案する。

 流石にそれは避けなければならない。今思い返してみればなんとも軽率なことだけど、「まあ見えないなら可愛い方がいいよね」で、「髪で隠れているけど、実は美少女」というビジュアルにしてしまったのはうかつだった。見た目も平均ぐらいで良かったんじゃないか。でも、それだと本当に観測者にすらなれないモブになっちゃいそうだしなぁ……

 そんなことを考えつつも俺は両手をぶんぶんして否定し、

「い、いや。それは流石に、」

 そんな俺の両肩を、虎子はがっちりと掴んで、

「ひゃっ」

「でもさ」

 ぐいっと、回れ右させ、

「こんなに可愛いんだから、もったいないって」

 と、言い切る。俺の視界には試着室の鏡にばっちりと全身が映った笹木華──つまりは俺自身の姿が映っていた。

「あ……」

 正直に言う。

 素直に可愛いと思った。

 いや、違うんだ。別に自分のことが大好きなナルシストか何かじゃないんだ。これは仕方の無いことなんだ。確かに俺は今、女子高校生笹木華だ。けれど、けれどだ、その中身は佐々木小太郎のままなんだ。だから許してほしい。視界に映った「ちょっとあか抜けない感じの、ひ弱な美少女」を「可愛い」と思ってしまうことを。でもこれ、俺なんだよな。

 美咲が虎子の後ろからひょいと顔をだし、

「やっぱり髪は上げた方がいいと思うわ。こんなに可愛いんだし」

「あ、ありがとうございます」

 俺はまたしても視線を下げる。なんだこれ。可愛いなんて言われて嬉しいことなんてないはずなのに。ちょっと幸せになっちゃったぞ。違う。そうじゃないんだ。俺は別に女の子になりたいわけじゃないんだ。あれ?でも女学院に通いたいって言ったのは俺か?あれれ?

 思考の泥沼を俺を引っ張り出したのは、

「……それに、ヘアピンも。それを選んでくれてよかったなって」

「…………へあぴん?」

 半分くらい泥沼に使ったままだったので、発音もアクセントもおかしかったような気がする。ただ、美咲はそんなことには一切触れずに、

「そ。それ、はなちゃんに似合うんじゃないかって思ってたから」

「これが……」

 俺は改めて鏡に映る自分──厳密にはそこに映っているヘアピンを見つめる。

 最初に見たときに抱いた正直な感想は「古い」と「地味」の二つだった。美咲が選んだものだから、少しでも俺に似合うと思って持ってきてくれたのは間違いないし、実際俺が選んだのもそれだったわけなのだから、その考えは間違っていなかったんだとは思う。まあ、その選んだ理由が「あんまり可愛いものだと流石に気が引けるから」というなんとも全力後ろ向きの選択なのは秘密だけどね。

 ただ、その選択も前提条件に「全て美咲は笹木華に似合うと思って持ってきたものだ」というものがあったからだ。

 美咲が持ってきたヘアピンという前情報が無い状態で、散らばっているヘアピンの中からこれを選んだかと言われると正直自信はない。自信はないが、一応手に取ることはしたと思う。それくらいこれは他のものとは違う、言わば外れ値的な一個だったのだ。

 正直、迷った。

 もっとカラフルだったり、新しい感じのものもある中からこれを選ぶのはどうかとも思った。けれど、美咲が「選んだらがっかりするもの」を入れ込んでいるとは思えなかったので、結果として無難な選択ではあるけれど、これを選んだのだ。理由だって後ろ向きだ。

 そんな選択を虎子は「まあ似合ってるけど……ちょっと地味じゃないか?」と、コメントする。その感想は俺と一緒のものだ。美咲も苦笑いして、

「そうね。だってそれ、私がもっと小さいころにつけてたやつだから」

 と同意するも、

「……でも、似合ってるよ、華ちゃん」

 ふっと微笑む。その視線はどこか、懐かしげだった。

50.一般的にはただの友情、華的には完全に百合。

「さて、これからどうする?」

 虎子とらこがそう切り出す。

 場所は専門店街の入り口付近。俺たち三人は無事に服選び(主に俺の着せ替え)を終えて、いったん振り出し部分に戻ってきていた。

 結局、あれから俺はずっと着せ替え人形状態だった。

 流石に水着や下着類に着替えさせようとしたときにはNGを出したけど、それ以外に関しては抵抗をしなかったので、虎子たちも面白がって「これはどうだ」「これなんかに会うんじゃないか」と色んな服をもってきてては俺に着させていた。

 最初こそそのまま押し倒されるんじゃないかというレベルの危機感を覚える鼻息の荒さを見せていた美咲みさきも、後半は虎子と「どちらが華ちゃんに似合う服を選べるか」という勝負をしていた。

 まあ、それも最終的にはよく分からないテンションで選ばれた「まあ、俺が着ることは未来永劫ないだろう」というぶっ飛んだ服を持ってきては爆笑するという展開になっていたんだけどね。

 正直、もっときわどい服ばかりを着させられるのかと思っていたので、拍子抜けした半面、後半は純粋に楽しんでしまっていた。

 いけない。このままだとただの仲良し三人組だ。これでは永遠に百合カップルは成立しない。三人組で恋愛が発生した場合、高確率で三角関係になるに違いない。しかもその場合(自惚れでなければ)奪い合いになるのは多分俺だ。なんでだろう。俺はモブだって言ってるじゃないか。

 美咲が全体マップを眺めながら、

「そうね……お昼……にはまだ早いし、どこか行きたいところある?華ちゃん」

 何故か俺に振ってくる。俺は戸惑いつつも、

「え!?えーっと……」

 さて。困った。ぶっちゃけこの専門店街は俺のアウェーに他ならない。今美咲が眺めているマップに書いてある店名も大半は全く聞いたことが無い。見覚えがあるのは、どこにでもあるファーストフード店と、トイザ○スと、

「劇場版……」

 思わず声に出してしまう。

 仕方ない。だって視界に映ってしまったんだから。

 俺が見ていたのは美咲の見ている全体マップではなく、その隣。やや離れたところに貼ってあった映画の広告だ。

 タイトルは『折木さんと青い華』。

 百合界隈ではちょっとした有名作品で、劇場版アニメーションの制作が決定していた作品だ。一応、スピンオフ作品ではあるものの、どちらかといえばこちらの知名度が高く、これだけ知っているという人も少なくない。

 百合とはいったものの、どちらかといえば、女の子同士の友情作品という色合いが強く、これを百合と解釈するのは読み手の勝手な妄想でしかない部分もある作品なわけだが、この世界ではもう上映しているらしい。完全に不意打ちを食らってしまった。今度、その辺の前後関係を彼方と話すことですり合わせておいたほうがいいかもしれないな。

 が、それは今後の対策でしかない。こと今回に関しては既に手遅れで、

「劇場版?」

 美咲が疑問形で聞き返し、

はな、もしかしてこれ?」

 虎子が目ざとくも俺の見ていたポスターを発見する。連係プレーをやめないか君たち。どうしてこういうときだけ幼馴染の結束を見せつけてくるんだ。

 俺は周囲を見渡す。周りに「劇場版」というフレーズを誤魔化せそうなものは一切ない。あるのは『折木さんと青い華』。のポスターくらいだ。

 まあいいや。別にこれはガッチガチの百合作品ってわけじゃない。美咲と虎子が見てもなんら問題は無いだろう。むしろ、それに触発されて、二人の仲が進展するかもしれない。

 腹をくくることにした。

「えっと、うん。それ」

 虎子はポスターをまじまじと見て、

「えーっと……おりきさんと、あおいはな?」

 美咲が、

「おりき、じゃなくて、おれきじゃない?」

 虎子が更にポスターを凝視して、

「んんんん?あ、ホントだ。フリガナ書いてあった」

 おかしい。

 いや、ほんとはおかしくない。美咲はなにも間違ってはいないんだ。たしかにあの作品の読みは、全てひらがなにすると「おれきさんとあおいはな」だ。「おりき」ではない。従って、美咲の指摘は正しいことになるし、実際に虎子もポスターをみて、その読みを確認していた。そこまではいい。

 問題は、“なぜそれを美咲が知っているか”だ。

 美咲とは知り合ってからまだ日が浅い。だからどんな趣味を持っているのかもよく分かっていないし、もしかしたら彼方のように百合作品が好き、というパターンもあり得るのかもしれない。

 仮にそうでなかったとしても、『折木おれきさん』は厳密には百合作品ではない。全数巻の漫画作品だが、連載していたのも確か普通の少女漫画誌だったはずだ。

 だから、美咲がその作品自体を知っていてもなんらおかしくはないし、タイトルの読み間違えを訂正したって不思議はない。

 けど、

「あっ……」

 見たんだ。

 見てしまったんだ。

 美咲の「やってしまった」と言わんばかりの顔を。

 幸い、虎子はその違和感には気が付いていない。大分近づいて確認しないと読めなかったフリガナを、ちょっと離れたところに立っていた美咲が読め、しかもノータイムで読みの訂正を入れてきたという事実の強烈な違和感に。

 虎子は俺に、

「華はこれ、見たいってこと?」

 さっきまでなら、なんとか否定したと思う。名前を知っていた、とか。絵が綺麗だったとか、言い訳だったらいくらでも思いつく。ちょっと強引でもいい、話題を変えて、ポスターから興味を逸らしたはずだ。

 けど、

「えっと、はい」

 それは二人とも『折木さん』を知らなかった場合だ。

 間違いない。美咲は『折木さん』を知っている。もしかしたら、たまたまあれだけ知っていたという可能性も有るだろうし、百合作品に興味があるとは限らない。

 ただ、これは突破口になる気がするんだ。一般的にはただの少女漫画だったとしても、百合界隈からの妄想を掻き立てるだけの力はある作品だ。それを見ている、知っているというのなら、美咲から虎子にアプローチするという可能性が生まれてくる。

 そうなれば、俺はそれをサポートすればいい。大丈夫。安心してほしい。そういうアプローチならいくらでも思いつくから。まあ、創作知識でしかないけどね。うん。

51.????「キャベツ!!」

「私にはちょっと難しかったかなぁー」

 開口一番、虎子とらこはそう結論付けた。逆に美咲みさきは、

「良かった……本当に良かった……うう」

「な、泣くほどですか」

 三人で『折木おれきさん』を見に行ってからというものの、美咲は常時こんな感じだった。

 別に号泣、というわけではないし、ちゃんと会話も出来る。だけど、その会話の内容が『折木さん』になると、徐々に雲行きが怪しくなり、次第に涙を流し始めてしまうという始末なのだった。

 俺としては、「なんで美咲が『折木さん』を知っていたのか」も探りたいところだったのだが、この調子だとそれどころではなかった。まあ、後で聞く機会はいくらでもあるだろう。

 それ以前に、自分が好きな作品を美咲も好きだった、ということで、嬉しいには嬉しいのだが、まさかそこまで刺さるとは思っていなかったので、喜び半分、驚き半分といった感じである。

 ちなみに事態がまるで分からない虎子は驚きが十割だ。このあたりも二人の関係が進展しない原因になってそうな気がする。九条くじょう虎子。相変わらず罪な女。

 その罪な女はというと、

「まあ、ほら。上手いもんでも食べてゆっくりしよ?な?いやー楽しみだなぁ。とんかつ」

 そう。

 何を隠そう俺たち三人は昼食の場にとんかつ専門店を選んでいたのだ。

 恐らくだけど、映画を見る前に行く場所を決めていたらこうはなっていなかったんじゃないだろうか。

 俺はともかく美咲がこういった店をチョイスするとは思い難いし、虎子は虎子で、美咲の反対を押し切ってまでここを選ぶとは思い難いからだ。

 が、今日に関しては美咲がさっきからこの状態で使い物にならず、昼食の選択も「虎子と華ちゃんで決めていいよ……」という選択肢丸投げ状態だった。

 結果として、虎子は「そうか?んじゃ、華。何食べたい?」という質問を投げかけ、不意打ちを食らった俺は、またしても視界に映ったなかから「とんかつ」と呟いてしまったのだ。学習能力ゼロか、おい。

 まあ、それも虎子が「お、いいね。とんかつ。はなも結構肉食系だね?」と返さなければ立ち消えていた話だから、良しとしておきたい。

「そう、だね」

 改めてメニューを眺める。時間帯が時間帯のため、そこにはランチメニューと、「とんかつのおお蔵」というチェーン店名が躍っていた。

 後で虎子に聞いたところによると、このチェーン店はキャベツの山盛りに特徴があり、大盛を頼めば、28cm以上の高さを遵守した、それはそれは迫力のあるキャベツが皿に盛られるのだという。

 とんかつはとんかつで、本場スペインのイベリコ豚を使用しているという話で、聞けば聞くほど「でも、お高いんでしょう?」と聞きたくなったんだけど、ランチの価格は案外そうでもなかった。

 それでも女子高校生が三人で行くお店の金額ではなかったけど、なにせ白百合学院はお嬢様校だ。

 先ほど自腹で服を買ったうえに、俺に半ば押し付けるようにしてプレゼントしてきた美咲はもちろん、虎子もその金額でひるむようなことは一切なかった。

 そして、当の俺はというと、これが不思議なことにかなりの手持ちがあった。先ほど念話を着拒する女神になんどもしつこくアクセスして聞いたところによると「金銭面で不自由はないようになってるはずよ」とのことだった。

 別に買いたいものなんてそんなにあるわけではないけど、お嬢様を相手にするのであれば、手持ちはあるに越したことは無い。俺はそんな感謝を割と素直に伝えたら、

「どういたしまして、女たらしさん」

 という一言を、かなり冷たい口調と共によこしたうえで、通話をぶつっと切られてしまった。その後何度か話しかけてはみたけれど応答はしてくれない。

 女たらしとはどういうことだ。いや、まあ、確かに色んな女の子に話しかけてはいるけど……でもそれは、下心とかじゃないからね!あ、でも百合恋愛を見たいってのは下心か?うーん……

「お待たせしました」

「お、来た来た」

 と、俺がしょうもないことを考えているうちに、注文したメニューが届いた。俺がローカツ定食で、虎子がかつ丼で、美咲がカキフライ定食だ。なんとも性格が出るチョイスだなと思う。まあ、全部カツなんだけど。ちなみに俺と虎子はそれぞれご飯が大盛だ。虎子はそんな俺の膳を見て、

「しかし……華って結構食べるよな?」

「えっ!?」

 これには既に回復していた美咲も同意して、

「あ、それは思ったわ。華ちゃん、思ったよりもよく食べるし……なんか虎子っぽいなって」

「なんだ俺っぽいって」

 虎子がツッコミを入れる。それに美咲が、

「うん。そういうところとか。なんていうか、ちょっと男らしい?」

「え」

 たらり。

 背中を一筋の汗が伝った気がした。

 いや、別に焦る必要なんかない。なんてったって俺は今、正真正銘の女なんだから。華の女子高校生なんだから。仮にここで服を全部剥ぎ取られたって、「華ちゃんって男だったんだね……」ってなることはないから。

 虎子は「俺っぽいっていうのは分からないけど」と前置いた上で、

「時々かっこいいところあるよな。ほら、美術部の二人を仲直りさせたときとか」

 美術部、というのは紛れもなくあおい育巳いくみの話に他ならない。確かに俺はあの時必死だったし、体当たりで何とかしたような気がする。結果として何をしたかは俺自身も正直綺麗には覚えていないんだけど、なんかやばいことを口走ってたんだろうか。

 虎子が更に続ける。

一色いっしき先輩が言ってたんだよな。カッコよかったって。イケメンの主人公が見えたって」

 見えるな。

 それは幻覚だ。

 今度は美咲が、

「そういえば、馬部うまべ先輩も言ってたわね……口調も男らしい感じで啖呵を切られたって。それではっとなったって」

 男らしい口調。

 啖呵を切った。

 俺はゆっくりと、しかし迅速に、残っている記憶を漁りだす。

 回想中……NowLoading……

 アッーーーーーーーー!!!!!!!!

 言った。言ってるよ、確かに。俺……っていったかまでは覚えてないけど、完全に口調が笹木華じゃなくて佐々木小太郎になってるよ。それで啖呵切っちゃってるよ。

 失態だった。あの時はそんなことまで考えるほどの余裕が無かったんだ。なにせ二人の前で気を失ってしまっていたらしいから。それくらい切羽詰まっていたから、仕方がないのは事実なんだ。

 けど。

 だけどだ。

 もし、そんな口調で必死に訴えかけたのだとしたら、それは俺の方に興味が向いてもおかしくないんじゃないか。“大切な友人”との仲を取り持ってくれた“かっこいい騎士ナイト”に映っても、決しておかしくはないんじゃないか。

 これはもしかしなくても、やってしまったのかもしれない。うん。今度からは気を付けよう。

 ……気を付けられるのかなぁ、これ。今になって「女たらし」というフレーズがぐっさりと心臓に突き刺さった気がした。遅効性の毒を打ち込むのはやめろ。あんた天使だろ。うう……痛い。心が痛い。

52.男友達は、やばいわよ!

「思ったより良かったわね」

 店を出た後、美咲みさきは素直に感想を述べた。虎子とらこが自慢げに、

「だろ?だから今度からは俺のおすすめのラーメン屋に」

「それはいかないけど」

 美咲は「なんでー」と不満を垂れる虎子を無視して、

「でも、たまにはこうやって踏み出してみるのもいいのかも、ね?」

 と俺に語りかけた。なんでその感想を俺に言うのかは分からないけど、それに関しては心底同意だったので「そうだね」と頷いておいた。

 そうだよ。君はもっと踏み出すべきなんだと、いうか君が踏み出さないと多分二人の関係性は進展しないと思うんだ。

 俺の経験則なんだけど、この手の組み合わせだと、イケイケな子が告白するってパターンはほとんどない。あるとすれば、「告白せざるを得ない状況」に追い込まれてって場合くらい。

 それ以外は大体「一見奥手に見える子」が勇気を出すことが多いような気がする。だって、虎子が好きな人に告白なんてことするような気がしないし(※華の勝手な感想です)。

 当の彼女はと言えば「ちぇー……美味いのに」と文句を言っていた。

 美味いラーメン屋か。正直なところちょっと興味はある。あるけど、それに虎子と一緒に出掛けるのはよほどのことが無い限りなしだ。そんなことをしたら無事に「九条くじょう虎子ルート」の扉が開いてしまう。メッセージ欄の色も早変わりだ。

 そんな虎子の文句は聞きなれたとばかりに美咲が、

「はいはい……それで?これからどうしましょうか?」

 そう切り出す。

 正直、解散でもいいような気はする。

 今日の目的は「服を選ぶこと」であり、それはもう達成されている。昼ご飯まで中途半端に時間があいているという問題点も、間に映画を見に行くことで無事にクリア出来た。今度こそやることなんてないのではないか。

 もしかしなくても、こういう友人同士なら、気楽にその辺の店を除いたり、喫茶店でお茶をしたり、ゲームセンターでクレーンゲームに一喜一憂したりするのかもしれない。

 けれど、あいにく俺にそういった経験は無い。まあ記憶が曖昧だから本当はあったのかもしれないけれど、流石に女子三人でのお出かけ経験は無い。なんてったって俺は元々男だしね。

 そんな言葉を聞いて、虎子が回りを眺めながら「うーん……」と悩んでいると、

「あれ?トラか?」

 声が聞こえる。三人して振り返ると、そこには年頃の男子がいた。多分、俺たちと同じくらいの年齢だろう。向こうも三人グループだ。それを見た虎子は、

「おー!ケンヤ!久しぶり!」

 三人に歩み寄る。どうやら知り合いらしい。当たり前だけど、俺は全く見たことのない顔だったので、

「け、ケンヤ……?」

 と、思わず呟いてしまう。それを聞いた美咲が補足を入れるように、

「三人はね、トラの小学生時代の友達なの」

「ああ」

 なるほど。納得してしまった。虎子のことだ、きっと小学生時代には男子と男友達のような形でつるんでいたのだろう。

 さっきは俺のことを男らしいなんてことを言っていたけど、正直俺からしたら虎子の方がよっぽど男らしいんだけどな。その男らしさで美咲にも愛を囁いてあげて欲しい。きっとイチコロだから。

 虎子は三人と再会を懐かしみつつも、

「そう。今日は美咲と、高校の友達の、はな……笹木ささきさんと一緒に遊びに来てたってわけ。え?いやいやいやいや、無理だってそれは。えー……」

 なんだろう。

 虎子が何か困っている風だ。

「あの、どうかした?」

 近寄ってそう話しかける。するとケンヤと呼ばれた男子が、

「わ、可愛い。おい、トラ。どうしたんだよ、こんな可愛い子。俺に紹介しろよ」

「どうしたって、言っただろ、友達だって。後紹介はしない」

 それを聞いたケンヤと愉快な仲間たちは揃って「えー!!」と残念がる。あの、行っておくけど俺中身男だからね?そうは見えないかもしれないけど。

 まあいいや。

 今は虎子の方が気になる。

「それより、どうかした?なんか困ってたけど」

 隣に来ていた美咲も、

「そうよ。虎子らしくないわよ」

 と付け加える。が、当の本人は「あー……」と言葉に詰まる。そこにケンヤの愉快な仲間A(仮)が、

「久しぶりにゲーセンいこうぜって話したんだよ。折角だからって」

 愉快な仲間B(仮)が、

「そう。だけど、トラが渋るんだよ、な?」

 なるほど。

 要するに三人は再会を祝して、一緒に遊ぼうと言っているのだ。恐らくその頭数には俺たちも入っているに違いない。俺はともかく美咲とは顔見知りだろうから、そこまで気兼ねすることは無いのだろう。

 だけど、虎子は難色を示している。その理由は分からない。もしかしたら、旧交を温めたいから虎子だけ来て欲しいと言われたのかもしれない。もしそうだとすれば渋る理由は分からなくもない。今は美咲(と俺)とのデートタイムだ。それと旧友との男友達的なノリはやっぱりちょっと違うものがあるだろう。今日はそういう気持ちじゃない。それ自体は分からないでもない。

 でも、断るのは悪い。だから悩んでしまったのではないか。

「だったら、さ」

 その時だった。

 俺が「じゃあどうしたらいいか」と考えを巡らせようとした瞬間。美咲が一つの提案をする。

「一旦、分かれない?で、後で合流するってことで?どう?」

53.女友達と、恋愛対象の境界線は。

 一旦分かれる。そして、後で合流する。

 なるほど、悪い考えじゃないと思う。虎子とらこはきっと、ケンヤたちとも遊びたいと考えているはずだ。だけど、その中に(美咲みさきはともかく)俺が必要かと言われると答えは間違いなくノーだと思う。

 仮に俺が佐々木ささき小太郎こたろうならばきっと自然に輪に入っていけたのかもしれない。

 けれど、今の俺は笹木ささきはなだ。佐々木小太郎じゃない。男子高校生ではなく、女子高校生なのだ。それを言ってしまえば虎子もそうなのだが、彼女はそもそも彼らとは付き合いの長さが違うから例外だ。

 だからこそ、一旦分かれる。虎子はケンヤたちと遊びに行き、俺と美咲は二人で時間を潰す。そして、後から再び合流する。それならば美咲とデートしたい虎子サイドと、ケンヤと遊びたい虎子サイドの思惑が完全に一致するはずだ。

 そこに俺たちの思惑がないけど、まあいいだろう。俺としては美咲と二人で遊んでるところの方が見たいけど、旧友と遊びたいという思いを邪魔してまで叶える願いじゃない。

 虎子はまだ迷っている感じで、

「で、でも……凄く待たせちゃうかもしれないし」

 美咲がすぱっと、

「大丈夫。いざとなったらトラの家にお邪魔するだけだし」

 それを聞いた虎子は急に全力で、

「そ、それは駄目。待ってるなら、美咲の家にしてくれ」

 否定する。

 なんだろう。虎子の家なんて美咲は何度も行っているだろうから、この場合否定されたのは俺ということになるはずだ。

 彼女が俺を嫌っている……っていうことは多分ないと思うから、部屋が汚いとか。家族に会わせたくないとかそんな感じだろうか。まあ分からない理由ではない。

 美咲は、そんなことは百も承知といった感じで、

「はいはい……分かったわよ。まあ、かかりそうなら連絡してくれればいいから。今日の目的は達成できたし、ね?」

 そう言って俺に合意を求める。いや、「ね?」とか言われても困る。そりゃ、目的は俺の服を選ぶことだったかもしれないけど。

「分かった。んじゃ、また後でってことで」

「そ。またあとで」

 美咲はそう言って虎子に手を振る。虎子はそれを確認し、旧友たちの輪に戻っていく。男友達の。

「……あれ?」

 ふと思う。

 彼らは虎子のことをどう思っているのだろうか。

 恐らく虎子の方には脈が無いと思う。ああいう質に恋愛的な感情があったら、自分の好意を隠したり、素直に遊びに行ったりなんてことは出来ないはずだ。きっと顔に出てしまうに違いない。

 では、ケンヤたちは?

 彼らと虎子の関係性は分からない。小学校時代に遊び友達だったのは間違いないし、その時の虎子は「女の子」ではなく「男の子」のような扱いを受けていたはずである。

 でも、それはあくまで「小学生時代」の話だ。いくら一人称が「俺」であろうが、趣味が男っぽかろうが、実際の彼女は立派な「女性」である。出るべきところはきちんと出ているし、引っ込むところもきちんと引っ込んでいる。恋愛的な感情を向けられていても全くおかしくないのではないか。

 そして、そんな彼らと遊ぶというのは、ひょっとすると狼の群れに餌を与えてしまうような行為だったのではないか。

「あの……」

「ん?なあに?」

 俺はそんなことを確認するべく、

「彼らっていうのはえっと……虎子とどういう関係で?」

 質問下手くそか俺。三人は、どういう集まりなんだっけ?

 だけど、美咲はそんな俺の意図をしっかりと汲んでくれた。

「あー……虎子のことを恋愛的な感情で好きなんじゃないかってこと?」

「えっと……はい」

 本当はオブラートに包みまくって聞くつもりだったんだけど、バレているのならば仕方がない。ここでお茶を濁してもより確信を深めるだけだ。

 美咲は、「んー……」と悩み、

「それはちょっとここでってのはアレだから、喫茶店辺りに入りたいところだけど…………そうだ!ねえ華ちゃん」

「えっと、はい」

「華ちゃんは、まだお腹入る?」

「えっと……はい?」

 よく分からなかった。美咲も流石にその自覚はあったのか、苦笑いしながら、

「えっとね……実は私、前々からずっと行ってみたかった喫茶店があるの」

「そうなの?」

「そ。だけど、その……一人で行くのはちょっとハードルが高くって。頼んでみたいメニューもあるんだけど、それが結構なボリュームで……」

「ああ……」

 なるほど。

 それで「よく食べそうな俺」に助っ人を頼みたいということか。

 話は分かった。なので、

「いいよ。と、言ってもそんなに力になれるか分からないけど」

 それを聞いた美咲は明らかに表情を明るくし、

「ホントに?やった。それじゃ、行こっか?」

 そこまでいって、ナチュラルに俺の手を取った。だからそれは虎子にしてあげなって。

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