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【小説】Ⅹ.幼き日々と、淡い思い出|百合カップルを眺めるモブになりたかっただけなのに。

当記事について

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本編

54.季節限定メニューもあるらしい。

「へぇ……これがそうなんだ……」

 美咲みさきが感心しながらテーブルの上に乗っている品を写真に収める。そこには二人でシェアする前提で注文したミニシロ○ワールがあった。

 そう。

 俺ら二人は今、コ○ダ喫茶店にいる。分からない人に補足をしておくと、コメ○喫茶店は名古屋に端を発する喫茶店チェーンで、ネット上では「ボリュームがやばい」という評価を貰うことの多い店だ。

 俺なんかだと、多いには多いんだけど、一人で食べきるのにはそんなに問題が無かったイメージなんだが、そこは花の女子高生。食べる量も少な目というわけだ。

 ちなみに先ほど一応定食を食べたじゃないかというツッコミは俺もした。したけど、「甘いものは別腹だから」というありがちな文句で逃げられてしまった。別腹なら俺いらないんじゃない?というツッコミはあえてしないでおいた。まあ、俺も嫌いじゃないしね、○メダ喫茶店。

 注文したメニューは俺がクリームソーダで、美咲がアイスコーヒー。そしてシェア用にミニシロノワー○である。

とはいっても、美咲の「ミニでいいよ、ミニで」というビビり具合を考えると、シェアと言うよりも「俺の頼んだものを美咲に分ける」みたいな形になってしまいそうな気がするのだが、まあ、よしとしたい。お腹の具合は全然大丈夫だしね。

 これ、大丈夫かな、太ったりしないかな。ラブコメ特有のダイエット回は要らないよ?俺は。

「こ、これが……噂の……」

 美咲がわなわなとしながら、取り分け用の皿に一切れ移す。俺は思わずくすりとして、

「そんなに気になってたの?」

 そこで美咲は、ちょっと恥ずかしくなったのか。視線を逸らしつつ、

「え、ええ。悪い?」

「いや、悪くはないけど」

 そう、悪くはない。

 悪くはないけど、彼女がそこまで気になっていたという事実がちょっとおかしかった。こういう言い方はあれだけど、年頃の女の子っぽいなって思った。

 俺は意地悪く、

「それだったら、ほら、虎子を誘ったりとかしなかったの?虎子なら多分食べられるよね?」

 美咲の視線はさらに泳ぎ、

「と、トラは……」

 取り皿に移したそれを眺めながら、

「あんまり、甘いもの好きじゃないから……」

「ああー……」

 なんだろう。凄く納得してしまった。なにせ注文してたメニューがかつ丼だ。スイーツよりもステーキの方が好きそう(偏見)

 美咲が、

「と、取り合えず食べよ?ね?」

 と話題を転換する。まあ、いいや。深追いする話でもない。それに元をただせば彼女から虎子とらこの話を聞くためにここに来たんだ。上に乗っかっているアイスクリームもちょっと溶けてきている。

「そう、だね。それじゃ私も失礼して……」

 そう言いつつ取り皿に取ろうとすると、

「あ、そのまま食べちゃっていいよ?」

「……あ、はい」

 やっぱり大半は俺が食うことになるらしい。ま、いいけどね。

               ◇

十数分後、

「美味しかったけど……やっぱり一つは無理かな、私は」

 それが美咲の出した結論だった。

 結局、あれから彼女は、自分が取り分けた分をペロリと完食したうえで、俺に「食べていいよ」と言った分まで物欲しそうな目で眺め、最終的にはちょうど半分こくらいの量を食べていたのだった。どうやら相当気に入ったらしい。

ただ、味は気に入っても量の多さには耐えきれないようで、「私がこれ一個食べるなら……お昼は抜かないと駄目かもなぁ」と呟いていた。いや、あなた定食を食べてこれ半分食べられるならそんなに心配しなくてもいいと思いますよ?

 そんな俺の脳内感想をよそに、美咲は手元のアイスコーヒーを一口飲み、カップを手で包み込むようにして持ちながら、

「トラはね、ヒーローなの」

「……はい?」

 唐突だった。

 唐突すぎて何の話か全く分からなかった。

 美咲もその自覚はあったようで、

「ごめんね。突拍子もない話で。でも、取り合えず聞いてほしいんだけど……いいかな?」

「うん。分かった。聞くよ」

 駄目なんて言うはずもない。

 彼女が今語ろうとしているのは、俺の疑問に対する答えのはずである。だったら余計な茶々なんて入れる必要は無いし、入れちゃいけないと思う。黙って聞く。それが正解のはずだ。

 美咲は「ありがとう」と一言だけ礼を言って、

「私とトラの家が隣同士っていうのは知ってるわよね?それはね、何も最初からずっと隣同士だったわけじゃないのよ」

「そうなの?」

「そ。元々この辺に住んでたのはトラで、私たち──牛島家はその隣に引っ越してきたって形になるの。まあ、隣って言っても、トラの家からすれば周りの家は全部隣の家だとは思うけどね」

 周りの家。

 そのフレーズはつまり、

「あの、虎子の家ってもしかして」

 美咲は軽く頷き、

「名家よ。この辺でも名の通った、ね。私の家も別に貧乏じゃないし、むしろ裕福な方だとは思うけど、トラの家……九条家はそれとはけた違いに大きな家なの」

 そこまで語って、口に手を当て「いっけない」と言った具合に、

「あ、これ喋っちゃ駄目なやつだったかも……」

「あ、大丈夫だよ。別に口外はしないから」

「そう?それじゃお願いね。トラ、この辺の話あんまりしたがらないから」

「そ、そう、なんだ」

 家の話をしたがらない。そこまで聞いてピンとくる。そういえば先ほども彼女は、自分の家に足を踏み込まれるのを嫌がっていた気がする。あれはやっぱり俺を踏み入れさせたくないということだったのではないか。

 彼女の持っている事情がどんなものかは分からない。けれど、その事情は俺に知られたくないのだろう。そこにある感情が恥ずかしさか、それ以外のものかは分からないけど。

55.幼馴染が出来るまで。

 美咲みさきはとつとつと続きを語りだす。

「それで、ね。引っ越しの当日に私と両親で挨拶に行ったの。私は小学校にも上がる前だったからそんなに緊張してなかったと思うんだけど、パパとママはがちがちに緊張してたって、当たり前だよね。相手の家が家だから」

 それはまあ、緊張するだろう。美咲の話を聞く限り、虎子とらこの家は相当な大金持ちだ。

 その家に挨拶に行く。言い方は良くないが、相手の機嫌を損ねたら、それこそ美咲一家など軽く吹き飛ばされるような相手かもしれないのだ。緊張もするだろう。

「で、当日。引っ越しの挨拶に行ったとき、私とトラは出会った。流石の私でも家に入った時点で「とんでもないところにきた」っていうのは分かってたし、トラのお父様も割といかつい方だったから、すっかり委縮しちゃってたし、その家の娘さんって紹介されても、私とは住む世界が違う存在だった思っちゃってた。だけどね、トラ、その時とんでもないこと言ったのよ。なんていったと思う?」

「え?えーっと……一緒に遊ぼう?とか」

 美咲が少し驚いた顔を見せた後微笑んで、

「惜しいけど不正解。正解はね「お人形さんみたいだね!」よ」

「お人形さん……」

 なるほど。言いそうな気がする。今の虎子でも正直そこまで違和感がないが、彼女の時を戻して幼稚園児にした場合、その台詞は確かにしっくりくると思う。

 美咲が再び続ける。

「私もびっくりしちゃって。お人形さんってどういうこと?って聞き返して。そしたら、だって俺と違って女の子みたいで可愛いからって」

 うわぁ。

 二言目にはもう可愛いですか、虎子さん。俺が言えることじゃないけど、流石に節操が無さすぎると思いますよ?

 美咲は手元に抱えたコーヒーカップの中を覗き込みながら、

「その後はね、トラのお父様から「部屋に戻ってなさい」って言われちゃって。そしたらトラは「分かった」って言った後に、私の手を取ったの。「一緒に遊ぼ」って。私びっくりしちゃって。パパもママも不測過ぎる出来事で浮足だっちゃってたし。トラのお父様はお父様で、だんまりだったし、どうしようってなった。だけど、トラがこっちを見てにかって笑ってくれたのを見て、「一緒に行ってもいいかな」って気持ちになったの」

「な、なるほど」

 かぁーーーーーーーー!!!!!!!!

 なんという女たらし。いや、男とも仲が良いのか。じゃあ人間たらし。あれ、この手のフレーズ、ちょっと前に聞いた気がするぞ。まあいいや。

 そんなことよりも虎子だ。なんとまあイケメンムーヴをするんだ。出会いがしらに可愛いって言って、隙あらば自分の部屋に連れ込むなんて。どうして今!それをしないんだ!どこであんなヘタレ(※はなの勝手な解釈です)になってしまったんだ!お父さんは情けないよ!(※華の以下略)

 そんな華の心の叫びなど知る由もない美咲はぽつりぽつりと、

「それから私とトラは仲良くなった。最初は私にちょっと戸惑いがあったけど、トラはそんな壁もぐいぐい乗り越えてきてくれた。次第に私もトラに対して冗談とか、嫌みとか、そういうことが言えるようになっていったの」

「それで、今みたいな感じに?」

 そう。

 小さいころに出会った二人は、虎子の猛烈なアプローチによって友達になり、将来的には恋人に……なるかは分からないけど、少なくともそれくらいに仲良くなった。それで終わり。めでたしめでたし。ハッピーエンド。ここまでの話を聞いているとそんな物語も垣間見えた。

 けれど、

「……この話にはね、続きがあるの」

 美咲が首を横に振って否定し、

「確かに、トラと私はずっと仲が良いわ。小さな……この間みたいな喧嘩はするけど、それくらい。それこそ二日以上仲たがいをしたことはないわ」

 そこで言葉を切って、手元のコーヒーに口をつけて、

「小学生になるって時、私とトラは同じ学校に通うことになった。幼稚園は違ったから、私は嬉しかった。一緒の学校に通える。学校に行ってもトラがいる。トラと遊べる。それが楽しみだった。幸運にも、クラス分けで別にされることもなくて、私とトラは無事に同じクラスに入ることが出来た」

 少しの間を置いて、

「私は嬉しかった。だから、私は休み時間になったらトラのところに行くようになってた。それが習慣だったし、トラも喜んでくれてた。少なくとも、私からはそう見えた」

「それは……きっと嬉しかったんだと思うよ。虎子も」

 美咲は不器用に笑い、

「ありがとう。でもね、ある日私は気がついちゃったの。トラの周りにいるのは私だけじゃないんだって」

「周りに……」

「そう。ほら、トラってあの性格じゃない。だから男子とも女子ともすぐ仲良くなれるのよ。だから、気が付いたときにはトラの周りには私以外にも沢山のクラスメートがいた。トラはね、クラスの中心になるような、そんな存在だったの」

 トラがクラスの中心になって、皆の人気者となる。容易に想像が出来た。

 今でこそ彼女は美咲(や俺)と過ごす時間が多くなっている。

けれど、それだけではない。学校は女学院だから男子と、という姿はほとんど見てこなかったが、それだって今日のケンヤたちとの接し方を見ればはっきりと分かる。彼女はきっと、同性にも異性にも人気者なのだ。

 美咲が目線を伏して、

「それでね。その時、私思ったの。ああ、虎子はみんなのヒーローなんだって。私だけのものじゃないんだって。独占しちゃダメなんだって」

56.天然ジゴロ同士はひかれあう。

「それは……」

 どうだろう。

 あくまで俺の持っている情報は、現在の虎子と、今美咲から聞いたものだけだ。だから、断定は出来ない。

 出来ないが、虎子はきっと美咲のことを特別に思っていたのではないだろうか。それが恋愛的な意味を持っていたかどうかまでは分からない。けれど、虎子にとっての美咲は、特別な友人だったんじゃないだろうか。

 だけど、当時の美咲は全く逆の判断をしたらしい。

「小学校がね、ちょっと家から遠いところにあったの。だから、私はいつもトラと一緒に帰るようにしてたし、それが習慣で、楽しみでもあった。一緒のクラスって言っても、違うことをしてる時間もあるじゃない?帰り道はそんな話をお互いに報告する時間だった」

 言葉を切り、

「だけど、あの日はそれをする気にならなかった……ううん。それをしちゃいけないと思った。私と一緒に帰るために、皆と放課後に遊ぶ時間が無いんじゃないか。皆から九条虎子というヒーローを奪っちゃってるんじゃないかって」

 相手の時間を奪っているのではないか。そんな思いやりで、自ら身を引く。彼女らしいと言えばらしいし、今の彼女ならもうちょっと自分を出して、「自分と一緒に帰ってほしい」と主張するような気もする。

 美咲は手に持っていたコーヒーカップをことりとテーブルに置いて、

「それで、言ったの。今日は用事があるからって。先に帰ってていいよって。トラは最初待ってるって言ってくれた。だけど、私が譲らなかったら、「じゃあまた明日な」って言って引き下がってくれた。引き下がって、友達と一緒に帰っていった。私はそれを見て、これで良かったんだと思った。思ったけど、なんだか悲しくなった。悲しくなって、家に帰りたくなくなっちゃった。だけど、いつまでも小学校にいるわけにはいかないから、家には向かった。それでも帰りたくはなかった。そんな時、公園が目に入った」

「公園?」

「そ、公園。家の近くの小さな小さな公園。子供が遊んでることなんてそんなになくって、あの時も、誰もいなかった。だけど、私にはそれがちょうどよかった。ここにしようって決めた。ここで思いっきり遊ぼうって。最初は楽しかった。けど、ちょっとしたら飽きてきて、ブランコに座ってゆらゆらしながら空を眺めてた。そしたら、急に雨が降り出した」

 ひとつ、深呼吸。

「最初私は「あ、雨だ」くらいにしか思ってなかった。だけど、次第に強くなっていったから、あわてて近くにある遊具の下に隠れた。それでもびしょ濡れになっちゃったから、寒かった。孤独だった。私はこのまま死んじゃうんだなんてことも考えたかもしれない。当然そんなことないんだけど、小学生だからね」

 苦笑い。その笑いは俺に伝染ることは無かった。

「……どれくらいだったかな。それこそ体感だと数時間くらいしたくらいでね、足音と声がしたの。足音は分からないけど、声は誰のかすぐに分かった。どうしてって思った。逃げなきゃとも思った。だけど、雨は相変わらず凄くって、外になんて出られるわけもなかった。そしたら、覗き込んでくる……トラと目が合った」

 凄い。

 虎子のことだ。きっと後から気になって美咲の家に行ってみるか、電話してみるかしたのだろう。

 だけど、当然帰ってきているはずの時間になっても美咲が帰宅していないことに気が付く。外は雨だ。美咲の話を聞く限り、朝の時点では雨の予報なんてなかったんだろう。

 そんな中、虎子は一目散に駆け出して、美咲のことを探しに行ったんだ。それは確かに、ヒーローと言っても差し支えないかもしれない。

「最初はね、怒られた。なんでこんなところに居るんだって、心配するじゃないかって。当然だよね?だけど、その時の私は泥沼にはまったみたいな状態だったから、言い返しちゃった。別に迎えに来てくれなんて頼んでないって。私のことなんて放っておいて、他の友達と遊んだらいいって」

「うわぁ」

 苦笑い。これは美咲にも伝染し、

「とんでもないでしょ?小学生の私」

「えっと……そんなことは」

「本音は?」

「……とんでもないと思います」

「よろしい」

 美咲が楽しそうに笑う。うう……この人、嘘とか誤魔化しが通用しない……

「それでね。そんなとんでもないことを言った私をね、トラは思いっきり抱きしめたのよ」

「あっ」

 あらーーーーーーーー!!!!!!!!

 口に出すのは我慢した。そんなのもう完全に百合じゃないか。むしろどうしてここ二人は付き合わないんですか?

「それで、そんなこと言わないでくれって。美咲は俺にとって大事な友達なんだから、いなくならないでくれって。泣きながら言われて。結局、私もわけわかんなくなっちゃって、最終的には二人して泣いているところを、ママが保護した……ってわけ」

「それは……」

 良い話じゃないか。素直にそう思った。虎子は美咲を大切な友達として認識し、美咲は虎子というヒーローに救われた。何一つあとくされのない、綺麗な物語。後日譚は甘い展開のアフターストーリーがお似合い。そうとしか思えない。

 でも。

 この話を美咲が「今」しているということは。

「さっきちょっと口走っちゃったからその話もするけど、トラはね、良いところのお嬢様なの。だけどほら、正直そうは見えないでしょ?」

「まあ、それは……」

 これに関しては虎子には申し訳ないけど、違いますとは言い切れなかった。

 もちろん、着ている服はきっと俺からは想像が出来ないほどの上ものだろうし、そのセンスだってボーイッシュではあるものの間違ってはいなかったように思える。その辺から推察すれば、確かに裕福な家庭に育っているのではないかということは理解できる。

 だけど、それはあくまで「一般的なレベルで」の話だ。

 なにせ虎子や俺が通っているのはお嬢様学校だ。

 転生というイレギュラー中のイレギュラーでこの世界へとやって来た俺には分からないが、あれだけの施設だ。恐らく学費だってその辺の私立高校が泣いて逃げ帰るレベルの額である可能性が高い。

 従って、そこに難なく通っている虎子の家庭が「裕福でない」というのは余り考え難い話だ。そういう「一般的な基準」での裕福かそうでないかの足切りはクリアしているはずなのだ。

 が、逆に言えば、それ以上に関しては全くのブラックボックスなのだ。虎子が世界の名家出身か、そこそこ裕福な一般家庭出身かの判別はかなり難しいと言える。

 美咲はその反応を見た上で、

「虎子はね、今自由にしているの」

57.思いを託すように。

「自由に……ってどういう?」

 美咲みさきが申し訳なさそうに、

「ごめん、ちょっと分かりにくかったわね。虎子とらこはね、高校を出たら多分今みたいに遊んだりは出来なくなるの」

「え……」

「さっき言った通り、虎子の家はこの辺でも名前の知れた名家なの。それだから……かは分からないけど、家もちょっと古風って言うか、昔を抱えているところがあって。女性はそれこそ高校を出たら、良いところに嫁ぐのが幸せっていう家で」

「それはまた、大分古風な……」

「古臭いって思ったでしょ?」

「え!?えーっと……」

 美咲がじーっと俺のことを見つめる。これはあれだ。折れるしかないやつだ。

「……はい」

「よろしい」

 うう……美咲ちょっとこわいよぉ……しかもなんでそんなに嬉しそうなんだよぉ……

 美咲は、そんな俺の内心を読んだかのように、

はなちゃん、ちょっと昔の私っぽいから」

「昔の……美咲?」

「ええ。えっと……」

 美咲は自らのバッグを漁り、先ほど俺に渡したヘアピンの入った小袋を取り出して、

「私もね、昔は前髪を伸ばしてたの。それこそ、今の華ちゃんみたいに」

「そうなの?」

「うん。だけどね、ある日トラが私に言ったの。なんで前髪下ろしてるの?って、可愛い~上げてたらいいのにって」

 うーんナチュラルに口説いていく。こうやって小さいころから落としにかかってたんだな。光源氏かお前は。まあこの場合年齢は一緒だけど。

「それでね、」

 美咲は小袋から一つのヘアピンを取り出し、

「その時、トラから貰ったのが、このヘアピンなの」

「それって」

 よく見るまでもない。

 それは先ほど俺が選んだヘアピンだ。

「華ちゃんがこれを選んだ時はびっくりした。びっくりしたけど、同時に嬉しかった。一緒なんだなって」

 それは……どうだろうか。俺の場合髪を下ろしているのはあくまで「隠すため」だ。だけど、話を聞いている限り、彼女の理由は「恥ずかしいから」だ。どちらも目立ちたくないという意図はあるけれど、その根源となっている感情は全く違う。

 違うけど、選んだ選択肢は、全く一緒だった。そこに、共通点はあるのだろうか。

 沈黙。

 やがて、美咲がゆっくりと、

「トラはね、ヒーローなの。それは私にとってもそうだし、皆にとってもそう。ケンヤたちにとってもそうだし、他の、小学校の同級生からしてもそう。最初は告白されたりもしたけど、ある程度トラが断ってると、そんな話は出てこなくなった。もちろん、トラのガードが固いってのもあったと思うけど、それ以上にトラが一人の誰かとってことを考えてないってことが皆、分かったんだと思う」

 一息ついて、

「私ね、トラには目一杯学生時代を楽しんで欲しいんだ。だけど、それは私と一緒にいることだけじゃない。だから、私がトラと一緒に遊びたいってだけで、拘束するわけにはいかない」

 かなりの間をおいて、

「…………私はね、華ちゃん。折木おれきさんみたいにはなれないのよ」

「折木さん……」

 どうしてその単語が。最初はそう思った。

 けれど、すぐに気が付いた。考えるまでもない。あの話はまさに美咲と虎子の関係性にそっくりじゃないか。

 皆の人気者であり、同じ吹奏楽部所属のヒロイン・飛鳥と友達の折木。彼女は段々と自分だけのものではなくなっていく飛鳥に構って欲しくて、様々なアクションを起こす。

 最終的には大事な演奏会の直前に失踪した折木を飛鳥が探し出し、青い花のブローチを送るという物語。

 青い花というのは彼女たちにとっての思い出の品で、幼少期に折木が飛鳥に送った、些細なプレゼントとリンクしているという、なんとも尊いつくりの作品なのだ。
 
 そのシチュエーションはまさに、美咲と虎子そのものではないか。頭の中で二つの事実が繋がる。彼女は最初から「折木さん」の存在を知っていた。

 最初は正直「どこかでタイトルを見た」みたいな偶然の可能性もあるかもしれないと思っていた。だけど、ここまで来てしまえば話は単純だ。彼女は原作を知っていたのだ。

 物語を知っていて興味を持ったか、後から物語を知って、自らを重ね合わせたか、その順番は分からない。

 ただ、どれだけ重ね合わせたとしても、違いは色々ある。当然だ。フィクションなのだから。

 一番の違いは、折木と飛鳥の間にはなんの障害もない、ということだ。

 家、という大きな障害が。

「…………ありがとね、華ちゃん」

「え?えーっと、はい」

 俺が戸惑っていると、その手の平を掴んで、ぱっと開かせ、そこに先ほどのヘアピンを握らせる。

「え、これって……」

「あげる。これは華ちゃんが持ってるべきだと思う。だってあんなに可愛いんだから、ね?」

 そう聞いてくる。

 違う。これは疑問なんかじゃない。だってそうだろう。

「…………ありが、とう……」

 それを渡す美咲の表情が、今にも崩れ落ちそうな不安定さ、だったのだから。

58.悩み多き帰り道。

 結局、あれから虎子とらこは現れなかった。

 気になった俺が独自に観測器を飛ばして状況を確認してみたりもしたけど、彼女は至って普通に、旧友たちと遊んでいた。

 そのノリは男友達同士という感じで、正直ちょっと混ぜて欲しい気もしたけど、今の俺は完全なる部外者だ。いや、仮に俺が佐々木ささき小太郎こたろうだとしても部外者だけど、やっぱり性別ってのはそれだけ大きな壁になるのだ。本来ならば。

 虎子に連絡を取ってもなかなか返事がなく、漸くきた返事が「ごめん、今日は合流出来ないかも」という、実に短い内容だった時には美咲も多少ご機嫌を崩していたが、それも俺が必死になだめていると、逆に笑われてしまうという塩梅だった。今日はずっと空回りばかりしていた気がする。あれ……気が付いたら俺、ずっとこんな感じか……?

 帰り際、寮ともそう遠くない距離にあるということもあり、美咲は虎子との思い出の公園に俺を案内してくれた。小さな小さな、それこそ歩いている時に、道沿いにあったとしても気にも留めないような地味な公園。

 だけど、その場所は、美咲にとっては思い出の場所だという。人にとって何が思い出となるかなんて分からない。そんな当たり前すぎる感想を抱いた。

 公園の中にはほとんど人がいなかったので、俺と美咲は未就学児に戻ったような気になって、遊具で遊んだ。美咲なんか着ている服が服だから汚れたら大変だろうに、滑り台を思い切り滑り降りていた。

 あまりに自由気ままに遊びまわっていたからか、ブランコに揺られていた女子は気が付いたらいなくなってしまっていた。

 それにしてもあの子は大分特徴的なビジュアルだったな。顔立ちとかは見えなかったから分からないけど、髪の色が緑ってのもなかなかないと思う。染めたのだろうか。この世界のことだから「あれくらい普通にいる」って可能性もなくはないと思うけどね。現に美咲は全く存在を気にかけてなかったし。

 今日は楽しかった。最初の内は正直どうなるかと思ったし、結局虎子と美咲のデートに持ち込むという作戦は実行する隙すらなかった。

 だけど、公園で遊ぶのは久しぶりに童心に帰った気がするし、美咲に見立ててもらった服も、最終的には割と「可愛いな」と思うものばっかりだったので、全額奢って貰ったことが、むしろ申し訳ないくらいだ。

 でも。

「はぁ…………」

 ため息。

 これで今日何度目だろうか。ため息をつくと幸せが逃げるなんて迷信もあるけど、そんなことなんか考える気にもなれなかった。

(どうしたらいいんだろうな……)

 正直、もっと単純な話だと思っていた。

 美咲も虎子もお互いのことが友達以上に好きで、ちょっと背中を押してやれば無事に付き合いだすのだと。そんな風に認識していた。

 実際間違ってはいないのだ。直接確認はしていないし、もし確認したとしても本人は否定するかもしれないが、美咲の虎子に対する感情は間違いなく友情より上のものだ。きっと虎子が本当の意味で自由になって、美咲に告白したとして、彼女は断らないのではないだろうか。

 だけど、事はそう単純じゃない。

 美咲は虎子を「皆のヒーロー」だという。その評価に関しては俺も納得のいくところだし、事実彼女は小学生時代の、男友達とあれだけナチュラルに遊べるのだ。

それも、一度告白された相手が含まれているかもしれないのに、である。

その後腐れの無さは、ヒーローと言われるにふさわしい気もする。

(でもなぁ……同時に美咲のヒーローなんだよな……)

 そう。

 虎子は「皆のヒーロー」である前に、「美咲のヒーロー」なのだ。これは恐らく虎子の側からしても同じことだ。

 だけど。

 そうだとしても。

 虎子は美咲と付き合ったりはしないだろう。

 それは何も虎子が「女性同士はちょっと……」ということで尻込みしているわけではない。恐らくどちらか男性で、どちらかが女性でも同じことになったはずである。彼女は誰かと付き合う気はないのだ。

 それはなぜか。

 きっと、自分の「規格外」の人生に、親しい相手を巻き込みたくないのではないか。

 あくまで俺の想像だ。だけど、そこまで的外れでもないような気がする。

 虎子は、高校を出たら嫁ぐという。そんな家が未だに実在しているという事実には驚いたけど、もしその荒唐無稽な話が事実だとするならば、彼女は誰かと付き合っても、最終的には分かれなければならないことになる。

 だからこそ彼女は「皆のヒーロー」であり続ける。特定の相手と、深い関係性を結ばない。そうすれば、最終的に「別れを告げる」なんてことにはならないから。

「はぁあ~~…………」

 最早何度目かも分からないため息をついていると、目の前に明るい建物が見えてくる。白百合学院高等部の学生寮だ。どうやら無意識のうちにここまで歩いてきていたらしい。慣れというのはなかなか凄いものだ。ここに通うようになってからまだそんなに日が立っていないというのに。

 俺は仰々しすぎる扉を開け(ちなみに自動ドアになっているため、正確には前に立っただけ)、その中に入る。眼前に広がる広すぎる上に豪華すぎるエントランス部分もすっかり見慣れた光景だ。これに慣れてしまうと今後が怖いような気がするけど、そのあたりがどうなているのかはよく分からない。

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