【小説】Ⅶ.その後の美術部室|百合カップルを眺めるモブになりたかっただけなのに。
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本編
43.こんなはずじゃなかったのに。
「…………あの」
「なに、笹木さん。あ、もしかして、私の膝枕じゃ駄目だった?」
「いや、そういうわけじゃないですけど……」
「そう?それならいいんだけど……」
場所は美術部室。
参加者は俺と、育巳と碧の三人。
三人の配置としては、育巳が俺を膝枕(なぜか備え付けられている布団を敷いて、その上に座った上でという徹底ぶりだ)し、奥では碧が実に真剣な表情で絵を描いているという状態だ。
なりふり構わず二人に思いのままをぶちまけた俺は、そのまま意識を失っていたらしい。
当初、保健室に連れていくことも考えたらしいのだが、事が事ならば、下手に動かす方が危ないという育巳の判断によって、取り合えず部室内に寝かせたままにし、碧が保健室から未来を引っ張ってくるという選択肢を取ったらしいのだった。
その後、未来がどんな診断をし、どんなことを語ったのか俺は知らない。
一応二人に聞いては見たんだけど、「まあ普通に診断してくれただけだったよ」としか言わなかった。その視線がかなり泳いでいたので、それ以外のこともあったと思うんだけど、掘り下げるのはやめておいた。あんまり人のことを詮索するのも気が引けるし、もし本当に必要なら未来に聞けばきっと教えてくれるだろうから。
で、その結果が今の状態、なのだった。
「そうだ。頭、撫でてあげるね。その方が楽になると思うし」
「ちょっと待って一色。独占しないでよ」
俺を膝枕しながら、愛しい我が子を眺めるようなアルカイックスマイルを浮かべる育巳に、待ったをかける碧。
既に俺が目覚めてからは随分と時間が経っているし、俺自身意識ははっきりしているのだから、膝枕の必要性なんて、どこにも転がっていないと思うんだけど、なぜか育巳はやめようとしない。なんで?君の愛しの先輩はあっちだよ?俺は関係ないモブAだよ?構ってる暇なくない?
やがて碧が、
「よし、出来た」
育巳が、
「出来ました?見たいです」
「それじゃあ、こっちに……」
碧はそこまで言って考えを改め、
「……いや、私が行くべきだったね。うん」
スケッチブックを持って立ち上がり。俺たちの傍に来て、
「どう、かな。この間のお詫びってことで」
「わあ」
「ほら」
見せられたのは俺……笹木華の絵だった。斜め横を向いた、石膏像のデッサンがごとき肖像画。相変わらず鉛筆のみで描いているから白黒だし、言ってしまえば極めてシンプルなものだった。けど、
「やっぱり、先輩の絵は凄いんですって。それを分からない親御さんの方がおかしいんですよ」
「そう、かな」
「そうです!ね、笹木さん?」
同意を求められる。どうやら二人は俺が意識を失っている間に色々な話をしたようだ。だったら、もう二人の間を遮る生涯なんてないはずだ。そうなれば、俺がするべきこと、俺の出すべき答えなんて一つしかない。
「そう、ですね。良かったですね。一色先輩はこれを見たかった、んですよね?」
そうだ。
二人を祝福するんだ。
おめでとう。これで君たちは晴れて百合カップルになれるんじゃないか。もう育巳が碧を邪見にする必要もないし、碧が自らの色覚異常を隠し続ける必要はないはずだ。まだいくつかの困難は残っているかもしれないけど、それは二人で乗り越えていけばいい。それが愛をはぐくむことにもなるはずだ。
そんなことを思っていたのだが、
「そう……だね。あの、」
育巳は暫く俺から視線を逸らして泳がせていたが、やがて決心したかのようにまっすぐに俺の瞳を見据えて、
「えっと、ありがと。笹木さんに言われて私、目が覚めた。そのおかげでこうやって、馬部先輩が絵を描くようにもなった。本当に、その……ありがとう」
おや、一色育巳の様子が……?
そこに碧が、さらに追い打ちをかけるようにして、
「私も、ありがとね、華ちゃん。私、結局逃げてたんだと思う。けど、華ちゃんに言われて、はっとなった。そうだよね。こんなに良い後輩が二人もいるのに、逃げ回ってちゃだめだよね」
おや、馬部碧の様子も……?
育巳が俺を体の傍に抱き寄せるようにする。碧が、
「駄目だよ、一色。華ちゃんはみんなのもの。独り占めしちゃいけないよ」
誰のものでもないですけど?
そんな心の中でのツッコミなど届くはずもなく、
「独り占めしてないですよ。でも、ほら、今笹木さんは私のところにいますし、私に優先権があってしかるべきじゃないですか?」
違う。そんなものはない。優先権なんてものは発生していない。百歩譲って発生するとしても俺はまだそれを放棄した覚えはない。ずっと俺のターンだ。
「えー……駄目だよ。私だって華ちゃんを独占したいんだから」
今独占したいって言った!?嘘だよね?嘘だと言ってちょうだいよ。
俺は恐る恐る、
「あのー」
二人はほぼ同時に、
「「なに?」」
「えっと……なんでそんなにその、私のことを?」
育巳が、
「それは……あんなに力強く言い寄られたら、ねえ?」
ねえ?じゃないよ。それに言い寄った覚えなんて、
「そうだねぇ」
碧が後を継ぐように、
「いつもと違って男らしい感じで……かっこよかったからね、華ちゃん」
男らしい感じ。
かっこよかった。
そんなこと…………
※回想中
アッーーーーーーーー!!!!
思い出す。そういえばあの時は必至過ぎて、口調とかそんなことを考える余裕はなかった。だから、思いのたけを、“佐々木小太郎”の口調で伝えたような気がする。
それだけじゃない。結局二人のわだかまりを解消した最大の要因は俺じゃないか。二人が恋愛をするにあたって必要なのは、育巳が碧の、あるいは逆の形で悩みを知って、解決する。そのプロセスが大事なんじゃないか。
それがどうだ。さっき、意識を失う前にそのプロセスを経たのは、碧と育巳の問題を解決したのは、
どっちも、俺じゃないか。
碧が俺の片手を引っ張る。
「ほら、華ちゃん。絵を教えてあげるから?ね。こっちこよ?」
育巳がもう片方の俺の手を引き、
「ちょっと、笹木さんはまだ、休まなきゃいけないんですよ?だからここで私が膝枕するんです」
ぐいぐい。
どっちもそんなに力は強くないし、そんなに本気じゃないから、正直痛くはない。だけど、そんなことは些細な問題だ。今、二人の恋愛ベクトルは、二人の恋人としての大本命は、どちらも“笹木華”になってしまっているんだから。
「いいじゃん。ちょっとくらい。ね?」
「駄目ですよ。独り占めよくないです」
ああ。どうしてこんなことに。
俺は、百合カップルを眺めるモブになりたかっただけなのに。
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