【小説】Ⅷ.笹木華、大ピンチ|百合カップルを眺めるモブになりたかっただけなのに。
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本編
44.伏線回収ってこういうこと。
突然だけど皆は背水の陣っていう言葉を知っているだろうか。川を背にして陣取ることで退路を断って戦ったことから生じた言葉で、後に引けない状態に追い込むことで、覚悟を決めて戦うみたいな意味合いがある言葉だ。
もっとも、実際にその意味で使われることはそこまで無いような気がしている。じゃあ実際にどういった使われ方をするのかって?それを説明するのは凄く簡単だ。なんてったって、今、俺が置かれている状態がまさにそれだからだ。
「これとかいいんじゃないか?純白のワンピース。似合うと思うんだけどなー」
「いいわね。あ、見て、虎子!あそこに水着あるわよ、水着」
「ホントだ!うわ、あれなんかほぼ紐じゃないのか?」
「ホントね……でも、普段おとなしそうな子が、ああいうのを着るってのも」
「あり……だな」
神様がいるなら助けて欲しい。ちなみに女神様にはさっきヘルプコールを出したんだけど「ノロケかよ」の一言で通信を切られてしまった。
別に何らかの機器を使っているわけではないからそういう表現でいいのかは分からないけど、ともかくそれ以降こちらから何度呼びかけても応答がない。念話の着拒とかありかよ、おい。
「取り合えず、この辺にするか」
「そうね、そうしましょ」
二人─虎子と美咲─は幼馴染特有のコンビネーションで服を選ぶと、試着室前にいた俺の元ににじり寄り、
「華ちゃん、これなんかどうかしら?きっと似合うと思うの」
似合わないと思うの。そして仮に似合ったとしても、そんな紐と布の中間地点みたいな水着は着たくないと思うの。
「ほら、華。これなんかどうだ?これ着たらきっと可愛いぞ……へへ」
虎子がチョイスしたのは美咲よりも布面積が大きいという点ではまだましなものだったけど、問題はそれが下着だってことだ。
試着室の場所は奥まっているとはいえ、下着姿になって、それを見せるというのはかなり抵抗がある。俺がかつてつけていたものよりも隠される体の部位は多いはずなのに、こっちの方が恥ずかしい気がする。不思議なもんだ。
「ほら、華ちゃん。ね?これ着よ?」
「華、いいだろ?な?ちょっとだけ、さきっちょだけだから」
二人は完璧な連携で、俺の退路と逃げ道をふさぐ形でにじり寄ってくる。気が付けば俺は試着室の中以外の逃げ道が無くなってしまっていた。
この状況に至るまでに、俺は何か間違った選択肢を選んでしまったのだろうか。もし選んでしまっていたのであれば、どこを間違ったのかだけはきちんと精査して、次からの教訓にしたい。もっとも、死に戻りものではないから、目の前にある危機はどうしようもないわけなんだけどね。
回顧する。事の発端はそう、なんでもない日常の一ページ。だったはずなのだ。
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