会社再考 安藤広大著「リーダーの仮面」

 会社とは何をする場所だろう。ワーク・ライフ・バランスやダイバーシティなどの新しい視点が重視され、過去の延長では仕事ができなくなりつつある昨今、この問い掛けは重要性を増している。

 答えは本来とてもシンプルだ。会社は仕事をする場所である。会社に行くのが憂鬱だというのは問題だが、遊びに行く時のようにワクワクする場所である必要性はない。仕事が楽しくて仕方ない人は羨ましいが、それが多数派という会社にするのは難しいだろう。

 さて、昭和の会社はとかく縦割りがきつく、上司はふんぞり返り、部下は上司の言うことを聞くものという組織体だったらしい。2000年代に入社した私には実態はよくわからないが、残滓を感じたことはあった。部下としては大変だが、上司としては楽だったのかもしれない。現在50代くらいの方は、そういった昭和の上司の部下だったわけで、自分が受けてきたマネジメントを全否定し、1から作り直す必要に迫られており、大変な苦労を強いられていることだろう。また、自分の上司のこのような苦労を目の当たりにすると、近い将来マネジメントを担う我々の世代にとっても、ロールモデルが見当たらず、悩ましい。自分はマネジメントはせず、実務能力を突き詰めたプロフェッショナルをめざすという若手層が増えているという話も聞く。

 そうした環境下で、うまくチームを動かしていける人材は希少性がどんどん高まり、市場価値も上がっている。それだけマネジメントは難しいものであり、多くの方が「いいマネジメント」とは何かを模索している。

 「いいマネジメント」を考えると、誰もが最初に思い浮かぶのは、全ての人がイキイキと能力を発揮し、毎日定時退勤でかつ休暇ももしっかり取れる、公私ともに充実したチームを作れるリーダーだろう。何か困っている人がいたら、すぐに相談に乗り助ける。全ての人から尊敬される正に理想のリーダー。しかし、実際にマネジメントをしてみると、そんなことは不可能に近いことがわかる。真剣にやろうとすると、すぐに弱音を吐く人に掛かり切りになり、そうした人の能力は全く上がらず、一方でメンタルが強く、能力の高い人にばかりお鉢が回り、次世代を担うはずの彼らの不満が溜まっていく。上位層のパフォーマンスが下がり、下位層の底上げが進まない悪循環。もちろん、物事には得意不得意があり、世の中にはこのようなマネジメントができる人もいるかもしれない。しかし、それはその人がスペシャルなだけで、それをロールモデルにするのは持続性に欠ける。普通の人がどうチームを回していくか。そのための方法論として、本書は一読の価値がある。

 繰り返しになるが、会社は仕事をする場所である。とすれば、感情で人を動かす必要はない。ただ「リーダーの仮面」を被り、リーダーを演じて、①ルールの言語化②上下関係③利益で人を動かす④プロセスではなく結果で評価⑤部下には未来の成長で報いる の5つをこなせばいいと本書は喝破する。誰でもいい人だと思われたいし、好かれたいが、会社では時にそういう思いが邪魔になる。限られた時間ですべての部下に平等にいい顔をすることなど不可能であるからだ。結果として不公平に映る対応となり、部下のモチベーションが低下し、リーダーは思い悩み傷だらけになる。
 
 会社における上下関係は、あくまでその関係の方がうまく機能するから存在するものだ。部下と平等の立ち位置になるというのは大間違い。部下をうまく使い、結果への責任を上司が負う制度設計なので、そのために指示するのは当たり前のことである。その際には、自分を主語にして、お願いではなく命じる。不満を示されても、「まずはやってみてください。責任は上司である私が取ります。」と毅然とした態度で押し切る。実行後は結果を確認し、目標とのギャップを事実を元に淡々と確認する。あくまで感情を入れずに淡々と。必要なことはそれだけだ。

 「待つ」ことも重要だ。部下を結果で評価するならば、結果を出すまでに時間は必要である。その時間を与えることは、部下の成長にもつながる。仕事がちゃんと進んでいるのか心配ならば、タイミングを設定して報告を受ければ良い。また、一度ルール、方針を示したところで、浸透までには時間がかかる。ここも待つことが求められる。その上で、失敗した時は自分が責任を取るという胆力も必要だろう。リーダーは忍耐である。

 会社という組織で働く以上、感情で仕事を動かすというのは、限界がある。人間的な魅力があることは素晴らしいことだが、ある程度組織が大きくなると、どんな人でもすべての人から好かれることは不可能だ。それなら、感情ではなく、上司も部下も機能にすぎないと割り切り、部下の育成はリーダーの機能の一つだということを認識した上で、リーダーは役割を全うするために仮面を被る。この考え方はマネジメントに悩んだ、特に真面目な人に読んでほしい。一見日本の家族的な会社のあり方とは違って、できない社員を全力でカバーするのではなく、できるようにするためのマネジメント。それが組織を強くし、ひいては社員のためでもあるということは、とても共感できるポイントである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?