「日本語は世界一美しい」セザールは言った。 <夫婦世界一周紀62日目>
忍者か、アニメか、それとも芸術か。
世界一周旅行をして知りたかったのは、海外から見る日本の印象だった。
妻は紙作家、父は伝統工芸作家、僕は花火に携わった。
日本にある僕の好きな文化が伝わっていてほしいと思っていたし、思いもよらない価値観を得たかった。
ポルトガル人のセザールは、僕と妻が話しているのを恍惚の顔を浮かべながら言った。
「もっと話して欲しい。日本語は美しいんだよ」と。
・・・
ポルトはとても過ごしやすい街だった。
歩いて数分の場所にある果物屋さんには見たことのない種類のプラムが山積みになっていて、どれも1つ20円にも満たなかった。
たった数百キロしか離れていないスペインとはまるで違う空気があった。
僕たちは民泊でアパートに泊まっていた。
一見灰色で殺風景に見える石造りのアパートの中には、時代を止めたかのような世界が広がっている。
いわゆる民家ではなく、共用スペースと個室に分かれた寮のような部屋だった。
僕たちのように旅人にあてがわれる部屋もあれば、その部屋で暮らしている人もいた。
ポルト大学に通うイザベルもその一人だった。
ブラジルから単身ポルトガルにやってきた彼女は、哲学を学んでいると言った。
「ブラジルは怖くて、一人では暮らせないんです。ポルトガルは母国語が通じるし、治安がいいからみんな来ますよ」
3日ほど経つとイザベルとも少し仲良くなり、一緒に紅茶を飲んだりご飯をシェアするようになった。
・・・
最終日のことだ。
イザベルと共用スペースで話していると、唐突に青白い顔をした背の低い男がやってきた。
親しげにイザベルとスキンシップを交わすと、こちらを見て言った。
「宿を予約してくれてありがとう。オーナーのセザールです」
民泊サイトに表示されている写真とあまりに違うので驚いた。
黒いスーツをびしっと身にまとい、ポッケに手を突っ込んで下向きがちなあの人は誰だったのだろうか。
実際に会ったセザールはもっとずっと親近感をもてる、やさしい空気を持った人だった。
興奮冷めやらぬという感じで、セザールが続けた。
「実は僕は日本が大好きなんです。日本人が宿に来るのを楽しみにしていたんだよ」
社交辞令でも嬉しいなと思っていると、セザールは続けた。
「日本のどこに住んでるの?トウキョー?オオサカ?」
「東京の近くにある埼玉ってところだよ」
「おおおー!ワンパンマン!」
誇張ではなく、海外で日本人に話しかけてくる外国人の半分くらいは埼玉をを知っている。もちろん、彼らはその名前が東京の隣にある県ということは知らないのだけれど。
セザールは折り紙付きの日本好きだった。
ポルトガルでは昔から日本のアニメがTVで放映されているらしい。
セーラームーンはなんて泣ける話だとか、エヴァンゲリオンの最終回がポルトガルでは放映されなくて残念だとか、今はナルトじゃなくてボルトが好きだとか、日本人顔負けの知識を披露してくれた。
その都度、僕と妻は「ああ、あのことか」とか「よく知ってるよね」とか二人で日本語を話しながら会話していると、その姿を見たセザールが感嘆するように言ったのだ。
「beautiful...」
セザールは続けた。
「僕は日本語がとても好きだ。発音が美しいからだよ。英語やポルトガル語にはない透明感があって良いんだ。韓国語も同様の美しさがあるんだけど、僕は日本語が一番好きなんだ」
そう言うと、セザールはなんでもいいから話すように促した。少し日本語を話すとうっとりと聞いている。
僕たちがちょっとでも日本語を話すとセザールのうっとりタイムが始まってしまうので、会話が途切れ途切れになってしまった。
不思議な気持ちだった。
日本の文化といえば、アニメ・芸術・忍者などが主だと思っていた。
漢字も認知度は高いけれど、あれは「漢」の字なわけだし、日本の文化ですと胸を張っていうのは抵抗がある。
日本語の発音が好きだと言われて、日本のどの文化を褒められるよりも嬉しかった。
言語は僕たちを形成する核の部分だと思う。
いろんな国でいろんな言葉が話されている。お国柄で話し方も違う。
陽気な国は陽気な発音だし、忙しない国は忙しない言語を使っている。
セザールには日本語がどのように聞こえているのだろう。
・・・
僕たちができることはないかと考えて、書をプレゼントすることにした。
セザールとは皇帝という意味らしい。
妻の作った手漉きの紙に筆ペンでセザールの名前を書くと、息もせずにじっと眺めていた。
出来上がって渡すと、いつか俺はこれをタトゥーで彫ると言った。
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ものづくり夫婦世界一周紀
2018年8月19日から12月9日までの114日間。 5大陸11カ国を巡る夫婦世界一周旅行。 その日、何を思っていたかを一年後に毎日連載し…
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