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青空物語 第4話 視線

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第4話 視線

蒼とクウはナブンから遠く離れた都市、ナルの資料館のエントランスにいた。
ナルに到着したものの、その先に進む手段がなかったからだ。
本来ならば蒼の叔母の家の誰かが迎えに来るはずだったのだが、その人間はいなかった。

幸いナルの到着口のスタッフに、迎えが3−4時間遅れることが伝言されていたので、蒼とクウは荷物を預けてすぐ近くにあると言う資料館に先に来ることにしたのだ。


資料館にはナブンにはない紙の資料や本だけでなく、美術品まで様々なものが多く保管されていた。

資料館の入り口通路にはそこで保管されている絵や美術品などが多く展示されていた。
蒼とクウはそれらを眺めながら受付に進んだ。

「絵がいっぱい・・ねえ、見てみて、化石もあるよ」
「昔は図書館とか博物館とか美術館に分かれていたんですよ」
クウがお腹に昔の博物館や美術館の映像を映し出していく。

「うん、そんな話、習った気がする」
蒼はきょろきょろしながら進んだ。
「ナルとナブンに分かれてから資料館に統合されたんです」
「場所の問題もあるもんね、ナブンなんて紙も貴重だもんねえ」

資料館の通路を進んでいくとやがて、大きい円形のドーム型のエントランスにたどり着いた。足元には大地の写真が、天井には空の写真が一面に飾ってあった。

「昔の空の写真かなあ。いっぱい・・素敵」
「ワタシは本物の空の方が好きです。初めて見たときは感動しましたが。前に来たのはトシコさんと一緒だったからもう、120年以上前ですね」
「順子ばあちゃんの時かー」
「ナブンでも空はありますがニセモノですから」
「偽物言わない」
蒼がクウを冷たい目で見る。

「アオイはナルをよく知りませんからね」
「・・悪かったわね、あんたより物知らなくて」
「まあ、それは仕方ないですよ、アオイは人間ですから」
「そうね、あなたはAIだからね」
「そろそろアオイから次の代にいきたいですね、大人は面倒です。子供はまだでしょうか?・・あ、結婚もまだでしたね、環境問題、扱うより他にやることあるんじゃないでしょうか?」

かわいい顔をして言葉使いは大人っぽくないが、存在している時間が凄まじく長いクウは代々の蒼の祖先に鍛えられ、言う事はもはや長老だった。
特に蒼しかいないとそれが顕著に現れるなあと蒼はクウを睨んだ。

「・・最近、クウ、小姑みたい・・・昔は優しかったのに」
「昔っていつですか?100年前?」
蒼たちがごちゃごちゃエントランスで喋っていると向かいから資料館の人だろう、初老の男性がやってきた。

「今時珍しいですね、お友達AIですか」
男性はかけているメガネを上にやり、目を細めてクウに顔を近づけた。
「お友達AIって呼ばれるのも珍しいです」
クウは少しムッとしたように応える。
長い時を、人間と同様に扱ってくれる蒼の家で過ごしてきているクウは、AIと呼ばれるのといつからかこういう反応をするようになっていた。

『子供の頃、私がAIって言わないでって言っていた時期があるからかなあ。やんなっちゃうなあ、本当にもう。・・AIのくせに感情があるようでこういうところが隆が人間臭いっていう理由なんだろうけれど』

蒼はため息をついた。
当然、男性はそんな事は知らない。

「クウ!初めての人にそんな言い方しないで・・すみません・・」
蒼はクウを嗜めたがクウは反応しない。
男性はにこやかに首を振りクウの背丈までしゃがみ込んだ。
「いいえ、こちらこそすみません、失礼でしたね、私は佐々木良二と言います。あなたのお名前は?」
「クウです」
「クウさん、初めまして。」
きちんとした扱いを受けてクウも心なしか満足そうだった。

『AIのくせにこの癖はどうにかならないだろうかと時折思うけれど、きっとそんなことを私が言ったら1週間は口を聞いてくれなそうだからやめておこう』


そんなことを思いながら蒼は前を向き直した。
「で、あなたのお名前は」
「森川葵です、初めまして、ナブンから来ました。よろしくお願いします」
「あー、あなたが・・。聞いています。そうでしたか、遠いところようこそ」
「調べたいことがありまして、100年記念で申請を出してきました」
「その様ですね、もう100年間そちらからは人はいらっしゃってないし、大概、みなさんデーターで探されて終わりますのに・・」

それを聞いて尽かさずクウが
「データーで申請しても戻ってこなかったんです。きちゃダメでしたか?」
と余計なツッコミを入れる。
蒼が慌てて訂正する。
「いえ、私も実際にいろいろ見ながら探した方がいいかと思ったので」
佐々木は蒼の言葉に無言で頷き、クウのツッコミに対してにこやかに応えた。

「いいえ、歓迎していますよ。さ、中をご案内しましょう」
しかし、その笑顔と裏腹に目がどこか笑っていないのを蒼は気に留めながら、クウと資料館の中へと進んでいった。

資料館の中はエリアが分かれており、手前にはエントランスと同様、絵が飾られており美術館エリア、その先は博物館エリアそして資料エリアへと続いていた。
それらのエリアの通路を通りながら二人はさらに奥へと案内された。


「クウ、すごいくない?あの絵、昔、授業で見たことある、ほら!」
「アオイさん落ち着いてください」
クウに窘められ、見慣れないものに圧倒されながらも蒼は気になっていたことを確認した。


「資料館のもの・・図書館の資料はデーターにしてもいいんでしょうか」
「本来ならば申請及び許可が必要ですが、今回森川さんは研究の資料のために来ると聞いていたので既に申請と許可が出ています」
「では」蒼はまるで子供のように嬉しそうにクウを見た。
佐々木はそんな蒼を細い目で見て「大丈夫ですよ」と言った。

「ありがとうございます、欲しい資料なんですけど」
そう言って蒼は欲しい資料の名称を佐々木に見せたが、彼は「ご自分で見られた方がいいとおっしゃっていましたので」と言って、蒼にある程度の場所を教え戻っていった。


蒼が案内されたところには図書館などの資料エリアで、紙の資料と本などが所狭しと置かれており、数人が本や資料を集めていた。
ナルにきてからあまり人を見かけなかったので蒼は少し安心した。
タイトルだけ見てカゴに乗せているところから想像するに仕事のようだった。

「あのササキさんだいぶ不親切ですね」
クウは小さいボリュームながらはっきりと口にした。
静かな資料エリアで声が響いていた。
周囲の人間がチラッとクウと蒼を見る。
「言わなくていいよ、それ」
慌てて蒼は小声でクウを注意した。

クウは「思ったことを口にするのは良くないとタカシさんも言ってました、しかしその判断はワタシには少し難しいようです」とさらにボリュームを下げて言った。
「まあ、空気を読めって言ったってAIには流石にわからないかもね。まあ、ほら、わからないことがありましたらお声がけくださいって言ってたし、資料も名前だけしかわからないしね」

そう蒼は言いながらも、クウも空気を読んではいるんだなと思った。
蒼もどこか彼にも場所にも冷たさを感じていたからだ。

『知らない場所でひとりになってナーバスになってるのかな』

小さな不安を抱えながらも蒼は目の前の資料や本に夢中になった。
天井まである本棚の梯子で登っては本に手をかける。
蒼はこんなに沢山の紙の本などを目にしたのも手にしたのも初めてだった。

自分の探している資料を探しながらも、普段目にしない本をついつい開いてしまう。途中から梯子も降りずそのまま座って夢中で本を読みふけっているとクウが「アオイの探していたものはこれではないですか」と言って一冊本を持ってきた。
蒼は「ごめんごめん」と言ってその本を開いた。

文献を読み進めていきながら気になるところをクウに見せてデーターにしてもらいながら「うーん、重要なところのデーターがないなあ」と言って後ろの執筆者の名前を見た時だった。
蒼の視線が止まった。
何名かの執筆者の最後に「音 治」という名前を見つけたのだ。
蒼の高祖父の名前だった。

『どういうことだろう』


蒼が手にした資料は当時ナル全体で推し進めてきた生産プロジェクトの資料だった。


『おー爺ちゃんがナルの上層部で働いていたってこと?そんなこと聞いたことないけれど・・』


珍しい名前なので同姓同名ということはありえないだろうと蒼が考えているとクウがあちらを見に行きたいと言って歩き出した。

「え、ちょっと待って。まだ全部スキャンしてないんだけど」
蒼は慌てて資料を元に戻してクウを追いかける。
クウは蒼のことを引っ張ってずんずん進む。
蒼は資料の高祖父の名前の件も気になったが、クウがあちこちを見たい、案内しますと言って動き回るため考えがまとまらなかった。

子守りAIのクウがまるで蒼に子守りされるかのようによく喋り、蒼をあちこち引っ張って歩く。
なんだかクウの様子がおかしいと蒼が感じ始めた頃だった

「もうそろそろ帰りませんか?」
クウが急に立ち止まり帰ろうと言い出した。
「え、まだ資料のスキャン、全部してないよ。戻らないと・・」
「それはなんとかなりますよ。お腹すいちゃって」
「はあ?何いってんの?いつからお腹すくようになったわけ?」
「すくときはすくんです」
「・・あーそう」
蒼はクウを横目で見た。

『AIのくせにお腹すくのかい。冗談も程々にして欲しい。』

そんなふうに思いながら蒼はクウを引っ張りながら元の資料室へ戻ろうとした。
しかしクウが話すのを静かにさせながら進むため、なかなか前に進まない。
いく先々で人々が賑やかな彼らを怪訝そうに見た。


「そういう顔は可愛くありません」
「はー、そうですねー可愛くなくて結構です」
「可愛いほうがいいですよ」
「ちょっと、静かにして」
「ねえ、帰りましょうー」
「クウが途中で出てきちゃったから一度戻ってから」
クウがため息まじりにいう。
「・・アオイは最近鈍感ですね」


『こういうところだけは人間っぽくて本当に嫌だ』



蒼はクウを睨みながら止まった。
「そう?」
「もう少しアオイが子供の頃は周りのことが見えていたように思います」
「丸くなったっていって欲しいわ」
「人は鈍感になった方がいいところと敏感でいいところがあります」
「・・そこに飾ってある花は綺麗よ?」
「・・そういう話ではないです」


そういいながらクウが花瓶に入っている花を持った。
ここで蒼も流石に何かがおかしいと思った。
クウが何か他人のものを勝手に持つということは通常しない。
AIは非常時でなければ他者を傷つけたり、ものを盗んだりそういう行為につながることはしないよう設定されているからだ。


『何かがおかしい』


そう思って蒼はクウの手元を見た。クウが花を胸に寄せる。
クウの胸の真ん中が赤くなっているのが蒼の目に入った。非常ランプだ。
子守りAIが守らなければいけない子供に危険が迫っていることを知らせるものだった。

蒼は幼い頃祖母から何度も聞かされたことを思い出した。
「蒼、クウの胸が赤いときはね、何か身に危険が迫っていることが多いから、できるだけその場所から離れるのよ、そしてそれを理解したことを伝える合言葉をクウと手を繋いで言ってね」


子守りAIは普段と違う状況を事細かに察知する。
人間では察知できない微量の煙や匂いなどから始まり、心拍数や呼吸が異常に高い人がずっと近くにいることなどにも反応する。


『・・騒いで歩いていたのは注目を集めて逆に危険を回避しようとしていたのか。合言葉、そうか・・だからか。お腹すいていると言っていたのは。』


「そうだね、わかる、<お腹すいたね>」
蒼はそう言ってクウの手を握った。

幼い頃から食べることが好きだった蒼と、食う(クウ)の合言葉を蒼が発するとクウがにこっとして手を握り返した。
クウの手は温かった。同時にクウの非常ランプが消える。
常時ずっと非常ランプが付いていると逆に危険なこともあるからだ。


子守りAIは一緒にいる人間を守るためにいるのだということを知らない人も多かった。そのため知られない方がいいこともあるので、非常時であることが伝わったら消灯するのだ。
代わりに非常事態が収まるまではクウの手は温かいままだった。


『クウの伝えたいことはわかった。危険?ここで?
AIの誤動作?
いや、その可能性は低い・・仮にクウの誤動作だとしても、誤動作でない可能性がある以上、対処しないと。
ここで?何が危険?どうすればいいの?』


蒼は歩きながら深呼吸をした。
「困ったときはクウとお話しなさい」蒼は記憶の中の祖母の言葉をたぐり寄せる。

「帰ろうかね?」


『ってどこに帰ればいいのだろう』


蒼は緊張で喉が乾くのを感じた。
周囲を見渡し確認したいとも思ったが、そんな勇気もなかった。
「外にいきましょう」


『もうここはクウに任せるしかない』


蒼は早足で元来た通路をクウと手をつなぎながら戻った。
クウと蒼が資料館の外に出た時だった。

「蒼さんですかー?」
急に名前を呼ばれ蒼の顔が強張る。
しかし、その先にあるのは屈託のない少年の笑顔だった。
隆並みに日に焼けた少年は帽子をとって、「蒼さんですよね?」と言う。
「えっとー」蒼が返事に詰まっているとクウが
「お迎えの人ですか」
と言った。
「えー!?」


『こんな少年が迎えってあるだろうか』


蒼がびっくりして止める間もなく、少年は「そうです、よかった会えないかと思いました」と笑顔で答えた。
そして少年は馬車を指差して「乗ってください」といった。
「馬車!?」
これまた写真でしか知らない馬と馬車に乗ると言う状況に、蒼は一瞬ためらったが、クウが「いきましょう」と言うので仕方なく乗ることにした。

少年は笑顔で蒼たちを連れながらも小声で「大丈夫、振り向かないで」といい、その目が一瞬、彼女たちの背中の遠くを睨むように見たのを蒼もクウも見逃さなかった。

しばらく馬車で走るとドームの隙間から曇った空がのぞいていた。


       第5話 出会い   へ


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新作のカケラからできた長編になります。
6日まで毎日更新予定です。
よろしくお願いいたします。

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