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青空物語 第5話 出会い

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第5話 出会い


少年の名前はユンといった。
結構なスピードで馬は走っていく。
揺れる馬車の中で蒼は不安になりながらもクウの手が通常の温度になっていくのを感じていた。
それは危険が遠ざかったことを示していた。

もう危険は回避されたと頭では理解できても色々な疑問が湧き起こり彼女の心は落ち着かなかった。

「到着に時間に遅れてごめんね。君たちの到着の時間は暑すぎて移動が難しかったんだ」
ユンは前を向いたまま話しだした。

ユンが言うには到着口のエリアはドーム内の温度調整がある程度効いているが、そこから10キロ以上離れると温度調節はほとんど効かなくなってしまい、日中は家から全く外には出られないという話だった。
確かに夕方になり、通りにはついた当初より人通りが見られた。

『どうりで人が少なかったわけだわ・・』


蒼は到着時から疑問だったことがようやく腑に落ちた。

「よかったよ、会えて。到着口に行ったら資料館に行ったって聞いて」
「あ、荷物」
「大丈夫もらってきた、後ろにのってるよ」
蒼が馬車の後ろを見ると葵たちの荷物が載せてあった。


彼女は馬の耳を見つめながらユンの話を聞いていた。
そして何から確認していくのがいいのか考えていた。


ユンが馬車を走らせ続ける。
だんだんと外は暗くなりながらも暑さはまだ残っており、馬車に当たる風は生温かった。
「そこの電気つけてもらっていい?」
ユンに言われ蒼は横のスイッチを入れた。

馬車の振動で灯りが揺れる。
灯りはついたものの、暗さと共に静けさがやってきて蒼の心はざわついた。

ドームが時折途切れる場所から月がのぞき始めていたが、彼女にはその月を眺める余裕もない。


不安が大きくなってきた蒼は失礼かもしれないなと思いながらも、まずはこのまま馬車に乗っていていいのかを自分で判断しようと思い、ユンに言葉を選びながら話をし始めた。

「なんであなたが迎えにきてくれたの?その・・そんなに大人じゃないあなたが迎えに来るって・・ちょっと・・なんか・・」
そんな蒼の質問にユンは慣れているかの様に前を向いたまま平然と答えた。
「んー説明が難しいけど、年齢ってそんなに大切かな?・・とりあえず俺はあんたよりは頭はいいと思うよ」
「え?」
「学位持ってるし。・・あんたは学位取得のための資料取りに来たって聞いたけど」
「え、ユンさんって幾つ?」

蒼が驚いて聞くと蒼より5つ年下の15だという。
蒼もナブンでは若くして学位の申請をしようとしていた人間だったが、5歳も年下の彼が既に学位を持っているとは思いもしなかった。

「え、本当に?」
「その隣のは、子守AIだろ。そのAIが俺についてきて大丈夫とみなしたんだろ」
「まあ・・」
「AIは気持ちで判断するわけじゃない。相手の体温や心拍数から判断する。今も見て貰えば俺が嘘ついているかどうかはわかるんじゃない」
ユンは前を見ながら顎でクウを指し示した。

「アオイ、彼は嘘をついてはいません、安全です」
クウが蒼の不安を感知し、もう一度大丈夫ですと言った。


『クウが私の不安にも反応している。
クウは通常通りだ。さっきは、やはり何か危険だったんだな。
なんだろう・・このまま乗ってて大丈夫だとは思うけど・・』


そんな蒼の思いを見透かしたかの様にユンが続けた。
「音さんのところはみんな昨日から留守にしていてさ。それで俺の家であんたの迎えと預かるのを頼まれただけだよ、うちは代々音さんのところに世話にもなってるしさ」
「みんな?代々って・・」
「そう。嘘だと思うかもしれないけど・・荷物だって身分証明書とか書面出して受け取ってきてるよ?」
そうユンが言った時、落ち着いてきた蒼の目に一枚の写真が入った。
子供たちの集合写真だったが、治が真ん中に写っており、その隣にユンがいた。

「ううん、違うの、ごめんなさい。思わず出ちゃっただけで嘘だとは言う意味ではなくて・・その写真も見れば・・」
蒼はユンの席の前に貼られた写真を指さした。
「ああこの写真か、兄弟の写真」
「兄弟!?」
写真には10人以上の人が写っていたので蒼はびっくりした。
それを見てユンはようやく笑った。

「あ、全員本当の兄弟じゃないよ、音さんと音さんの技術を守りたいっていう仲間の写真。兄弟みたいなもんでさ。」
彼もまた先ほどの出来事に緊張をしていたのだ。
ユンの笑顔に蒼も少しずつ気持ちが和らいでいくのを感じた。

「守りたいって?」
「20年くらい前からって聞いてるけどね。音さんは自然に適した農場を広げていくために一人で頑張ってたらしいんだけど。それが口コミで広がってそれを守りたいって自然と人が集まってきたんだよ。音さんから聞いてない?」
「私が生まれた頃だ」
「そうか」
「私が10歳の時から機械が壊れておー爺ちゃんと連絡が取れなくて、細かい話はあまり・・」
「あー・・あれか」
ユンは何かを思い出したかの様に呟いた。

「あ、でも今回は新しい機械も持ってきたの!」蒼は笑顔で後ろの荷物を指していった。
蒼のその嬉しそうな顔を見てユンは言いにくそうに
「壊れてはいないから、新しい機械はいらないかとは思うけど・・」と答えた。
「え、壊れたんじゃないの?」
「・・あんた、本当に何も知らないんだなぁ。・・まあ、何も知らなければ来れないか」

そんなユンの言葉に蒼は思わず、ずっと気にしていたことを口にしてしまう。
「・・私、やっぱりナルの人たちに歓迎されてないのかな」
蒼が悲しそうにするのを横目で見ながらユンは言った。

「・・別にナルの人間が歓迎してないってわけじゃないと思うよ。到着口近くは保守派が多いし、ナルの人間っていうより、ナブンの人間みたいな奴らばっかりだ」
「・・どういう意味?」

「資料館であんたを監視してつけまわしてたのは、ナブンと仲の良い連中だぜ」
「・・そんな・・」
「ナルの人間でも、ナブンとツーカーの人間もいるわけ」
「もう100年も人の行き来がないのに?」
蒼は不審そうな顔をしてユンを見たが、彼は蒼の方を見ずに話を続けた。

「人の行き来はなくたって、あそこの入り口手前まではあんたらナブンの人間もくるだろう」
「まあそうだけれど」
「俺らナルの人間だって、あんたらの所の手前まで行くだろう?そこで100年もやってて何も起こらないほど人間は利口ではないよ」
「そんな、ナブンの事ばかり悪く言わなくても・・ナブンもナルも最初は同じ民族なのに」

「いや、俺が言っているのはナブンもナルも人ってことだよ、どっちだから歓迎するなんて関係ないって話。ナブンでは帰ってきて欲しくない、ナルはきて欲しくない、そう思う奴らがいれば利害が一致するだけでさ」
「・・私は誰にも歓迎されてない・・」
「は?そうは言ってないぜ、どちらにもいろんな人がいるってだけで」
ユンが続けようとするのを待たずに蒼は思わず声を張り上げていう。

「あなたにはわからないわよ、ナブンの血もナルの血も引く私の気持ちなんて!」
蒼は自分の声に驚き、恥ずかしくなり俯いた。

そんな蒼に少しびっくりしながらもユンは黙って馬車を走らせる。
気まずい空気が二人の間に流れたのち、ユンはポツッと言った。

「・・わかるよ」
「え?」
「・・俺の先祖はナブンにいるからね」

蒼は思いもよらない言葉に顔をあげた。
「そうなの?」
「ああ。ま、連絡取れないけどね」
「・・なんで?」
「100年前、帰れなくなった人の話って知ってる?」
「渡航が認められなくなったきっかけの事件のこと?ナルで事件に巻き込まれて人が亡くなったって」
ユンは蒼の返事を聞いて、ため息をついて続けた。


「ナブンではそうなってるみたいだけど、事実は違う。当時流行った疫病に感染して帰れなくなっただけなんだ」
「え、じゃあなんで事件なんてことに」
「都合がよかったんだろう、その方が。疫病で渡航禁止にするより、ナルの治安が問題だっていうことの方が禁止にしやすいだろう。」
淡々と話すユンの話に蒼は言葉を失った。

「そんなひどい・・」
「まあ、ナルで疫病が流行っているからといって支援をする能力もまだナブンもなかっただろうしな。人の往来をなくした方が統治はしやすいからね」
「・・そんなことって・・」
「知ってる人は知ってるぜ、ナブンの人間も」
「・・そうなの?」
「ああ。特にここ50年は通信も安定して一般の人間もやりとりしてるからね、だからナブンの保守派も何もしないわけにいかなくて渡航許可を出す様になったんだろ」

蒼には彼が嘘を言っているとも思えなかったが、自分が知っている事実が全く違うことが信じられなかった。

「本当に?」
「本当さ、その表向きおかげでうちはナブンの親戚とは連絡取れないわけ」
「本当にそんなことが・・」
「あんた本当に何も知らないんだなあ・・めでたいなあ」

ユンが言った言葉に、自分でも己の無知さを感じながらも、蒼は思いを処理しきれずユンにぶつけた。

「その言い方、少し嫌なんだけど。確かに、私もあなたを子供のように言ったのも申し訳ないし、ちょっと・・その・・自分を無知だと思う・・でもなんでそんなに人がバカみたいな言い方するの?」
「そういう意味でいったわけではないけれど」
ユンはそんな風に自分に注意する人間は祖母だけだなと戸惑いながら答えた。

「人はみんなあなたの様に頭は良くないかもしれないけれどそれぞれ思いがあって動いているわ。それを小馬鹿にした様な言い方はよくないと思う」
ユンは少しびっくりしたような顔をした後、
「なるほど、確かにあんたは音さんの玄孫だな」
と言って笑い出した。


「言い方、傷つけたんなら悪かったよ。謝る。でも、まあそれだけ俺に怒ることができれば少しは緊張も取れただろう」
「え・・?」
「あんたの顔、馬車に乗った時酷かったぜ」
「・・ごめんなさい」
「俺はいいけどさ、子守さんがかわいそうだろう。あんたが不安がってるとずっとどうするべきか計算してるぜ、子守さん」
蒼はずっと黙っているクウを撫でた。
「ごめんね、クウ」

そう言いながら蒼はクウを人間の様に可哀想といったユンに自分とどこか近いものを感じていた。
そして、同じ様に子守さんと呼ぶ隆のことを思い出していた。


「ユンさん、ワタシのことを心配していただいてありがとうございます。しかし、ワタシの名前はクウです。皆さんネーミングセンスが貧困です」
「皆さん?」

流石のユンもなんのことだかわからず顔をしかめていたが、蒼はクウの反応を聞いて笑ってしまった。
そんな蒼の姿を見てユンは笑いながらいった。

「歓迎しない奴はナブンにもナルにもいるだろうけど、少なくとも俺は歓迎しているよ、ようこそ、ナルに。蒼、よろしくな」
そう言ったユンの笑顔は優しかった。
「よろしく」

蒼は新しい出会いにほっとしながら、まだナブンを離れて2日しか経っていないに、ナブンが恋しくなった。

外はすっかり夜になりドームの隙間から時折見える空には瞬くほどの星が輝いていた。

              第6話 求めていたもの

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新作のカケラからできた長編になります。
6日まで毎日更新予定です。
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