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青空物語 第6話 求めていたもの

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第6話 求めていたもの


治の住居があるというナルの生産地域につき、一夜をユンの家で過ごした蒼は
昼過ぎに目が覚めた。
窓の外からは小鳥の声が聞こえた。

蒼はクウと少し外の様子を見ようと玄関まで行った。
ドアを開けた途端、外の熱気が感じられ暑苦しい空気が入り込む。
太陽が照りつけ大地からはもんもんとした熱流を感じた。

「これは出かけられないね」
「そうですね」
そう言って蒼がドアを閉めると、ユンの祖母の「蒼さん、お茶でも飲まない?」という声がリビングから聞こえてきた。


蒼がリビングに行くとユンの祖母がいた。
リビングには台所からのお茶や食べ物の優しい香りが漂っていた。
懐かしい香りだった。

「暑いですね」
「そうねえ、この付近は暑いから、みんな朝早くに起きて農作業をして、夕方また少し涼しくなる頃に動くんよ」
「すみません、ずっと寝てしまって・・」
「いいんよ、いいんよ、あなたはお客さんでしょ」

そう言ってユンの祖母は微笑みながら台所から急須を持ってきた。
「疲れたっしょ?1日馬車でドームの端からここまできたんだもんねえ」
「いえ、大丈夫です、あの・・ユンさんは」

昨晩、蒼たちがついた後すぐにユンは何処かにいってしまった。結局、そのまま朝になっても戻ってきてない様だった。

「ごめんねえ、ユンはどこにいったんだろうねえ、本当にもう」
「いえいいんです、こちらこそ急にすみません」
よいしょっと言いながらユンの祖母は蒼の前に座った。
そしてお茶を注ぎながら「音さんの玄孫に会えるなんてねえ、嬉しいわ」と笑顔で微笑んだ。

蒼は「ナブンもナルも人ってことだよ、どっちだから歓迎するなんて関係ない」といったユンの言葉を思い出していた。
ユンの祖母は朝ご飯食べてないでしょ?少しだけれどと言って台所からスコーンを持ってきた。

「ありがとうございます」
蒼は小さな甘い香りのスコーンを手に取り一口、口にした。
優しい味が蒼の口いっぱいに広がった。

蒼は自分の中で氷の様な何かが溶けてきているのを感じていた。



「美味しい」
「そうでしょう、これは何も無理してないもんで作ったけえね」
ユンの祖母は笑顔で答える。

「無理してない?」
「化学肥料とかまじりっけなもんさ・・・牛乳も同じさあ、その時とれるものをいただいてるからねえ」
「何も?」

ナブンより過酷なこの地域で何も使わないなんてと蒼は自分の手のスコーンをしみじみ見つめた。
蒼の驚いた姿を見てユンの祖母は笑いながらいった。

「ナルでも少し珍しいくらいだからねえ、ナブンでは考えられないかもしれないっけど。ある時にあるものを必要なだけでね」
「・・みんな環境に合わせて生活しているんですね」
「治さんのおかげやねえ」
「おー爺ちゃんの?」

ユンの祖母は微笑みながらいった。
「治さんは土を一番大切に考えてきた人だから。この土地の人はね、20年前くらいからそんな知恵を学びたいって集まった人たちなんよ」
「そうなんですか?」
「音さんのところにしたらちょっと迷惑なんじゃないかなあって思うこともあるけんど。おばさんは治さんの面倒見の良さに、こまっちょることも多いだろうしね」
そういってユンの祖母は笑った。

「あなたもナブンから農業とかそういうの学びにきたんっしょ?」
「・・すみません」


ユンの祖母は笑いながら、若い人がいろいろ学ぶのはいいことよねえと蒼の残り少なくなったカップにお茶を注いだ。
カップから温かい湯気があがり、お茶のいい香りが蒼を包む。

「気にしないでのんびりしてってなあ。うちは音さんちには代々本当に世話になっててねえ」
「ユンさんも、そう言ってましたけど、代々って」
「私のおじいちゃん、ユンの高祖父に当たる人はさ、元々、ナブンの人間なんよ」
「はい、ユンさんに聞きました」
「そう・・あの子が自分のこと話すなんて珍しいわぁ。あなたもナンの人間だからかねえ」

そう言いながらユンの祖母は、お芋食べるかい?と蒸したさつまいもを差し出した。
二人でさつまいもの皮を剥く。まださつまいもはほんのり温かかった。
ユンの祖母のさつまいもの皮が半分向けたところで彼女は話を続けた。

「・・彼はもともとこちらに永住するつもりはなかったから大変だったんだわ」
「病気になったって聞きました」
「そうなんよ、こっちに来て持病が悪化してね」

蒼はユンの言っていたことは本当だったんだと思った。
「それなのに、急に帰るための渡航許可も下りなくなってしまったんでぇ、でもこっちに親戚がいるわけでもないっしょ。それで途方にくれていたらしいんだけども、治さんが助けてくれてねえ」
「そうだったんですね」
「治さんとこも、娘さんが同じようなもんだから。困ったときはお互い様だよっていつも言ってくれてなあ」
「ああ・・順子おばあちゃんも少し前にナブンに移住してきてたから・・」
「そう。でも治さんところの娘さんはナブンとナルの架け橋になりたいって言ってナブンに渡ったでしょう」
「え、そうなんですか?」

蒼は、てっきり曽祖母の順子はナブンに仕事できてそのまま恋におち、移住したのだとばかり思っていた。
蒼は時折母親が自分のことを「あなたは私のおばあちゃんに似ているわ」と言っていたことを思い出していた。

『幼い頃から生物学が好きなのは自分でも似ていると思ってたけれどそんなところまで似ていたなんて・・』

「そう、そう聞いたけども。でも結局、うちの一件から互いに渡航禁止になったでしょ。だもんで結局行き来もできなくなって。何もできなくてかわいそうだったってよく言ってたわ」
「そうだったんですね」
蒼はむいたさつまいもの皮を手持ち無沙汰にいじりながら、自分は本当に何も知らないんだなあとため息をついた。

「私の祖父は本当に助かってねえ。その後もずっと家族ぐるみでつきあいさせてもらってきて・・今もユンのことも色々よくしてもらって」
「ユンさんのこと?」
「あの子は変わってるやろう。人より頭が良すぎるとは思うんだけどねえ。私にはどうしたら良いのにわからなくてねえ。ユンの両親は小さい頃に事故で亡くなってしまったから余計・・」
「そうだったんですね・・大変ですね」

『ナブンとナルの血を受け継いでいて、さらに両親がいないのに・・たくましいな・・私なんて・・』


蒼はそんなことを思いながらユンの祖母がついでくれたお茶を口にする。
その味がナブンのものと一緒で、彼女は「ナブンもナルも人は一緒だ」と言ったユンの言葉を思い出していた。

「でも、音さんの方が大変だと思うわ」
「大変?」
「ナルもここ15年でだいぶ変わってしまったから」
「そうなんですか?」
「ドームの建設が途中で終わってしまったでしょう?その後はみんな必死だったから、何も決まり事などがなくても人が人を思いやれたのだけれんどねえ」
蒼は驚いて尋ねた。

「ナルには規則ってないんですか?」
「ほとんどないなあ・・ナブンのやり取りのためのもんくらいで。でも、人は余裕ができてくると色々出てくるもんなんだあ」
「・・いろいろ・・」
「音さんは本当に苦労されていると思うわ」
「私何も知らなくて・・」
そういう蒼にユンの祖母は優しく頷いた。

「そうなの。・・音さんは優しいから離れているあなたたちに心配させない様にしたんかね、ごめんねえ、年寄りはいけんねえ、おしゃべりで」
そう言ってユンの祖母は笑いながら立ち上がりお芋の皮などを片付けた。


『どういうことだろう。』


蒼は頭の中を少し整理しようとこの辺で一番有名だという通りを歩くことにした。
外に出ると辺りは少し夕方になってきており、暑さが和らいできてはいた。
しかし人通りはまだ少なかった。
通りに沿って少しだけ色づいた樹木が並ぶ。

通りと言っても道路は舗装されておらず、建物も多いわけではない。
建物の間に勝手に生えてきたのだという木々も多く存在し、牛がひく荷車が2台すれ違えれるかどうかの道だった。
しかし、200年以上前の世界が分断された時に多くの建物を壊してここから始めたから始まりの道と言われていた。


風が蒼の髪の毛を揺らす。
蒼は髪の毛を押さえながら風のくる方向を見て愛おしそうに微笑んだ。
自然の風はナブンではありえないものだった。

ナブンと違い小さなドームがいくつか重なりながらできているナルでは、ところどころ穴もあるため天候にも左右されやすく、酸素量もナブンのように一定ではなかった。しかし、その分明らかにナルの自然の方が多かった。

鳥がさえずり、少しずつ色づき始めている樹木が輝いているようだった。
クウがさえずりを聞いて「かなり久しぶりに聞きました!」と言った。
蒼には、感情がないはずのAIのクウのその返事がどこか嬉しそうに感じられた。


「すごいね、ナブンで鳥のさえずりなんてほとんど聞けないのに」
「ナブンでは鳥と昆虫の数はコントロールされていますから」


『これをナブンの人たちが見たらどう思うだろう』


蒼は鳥の歌声を聞きながら考えた。
ナブンの人たちは口には出さなかったが、どこか自分たちの生活が幸せで豊かだと、ナルの人間は自分たちとは違うのだと思っているところがあった。実際、ナルの人たちをナルの生産者と呼ぶ人たちもいた。
ナブンでの限られた人たちしかなることのできないプロダクターと対比してわざと揶揄してそう呼ぶ人たちがいたのだ。


「ナブンの人はさ、多くが頭脳を使う仕事とかAIなどを用いてシステムを管理する仕事じゃない?」
「そうですね」
「たまにナルの人を生産者って呼ぶ人いるけど、あれはナブンの生産者も馬鹿にしているのかな・・」
蒼は自分の頭を整理するかのように呟いた。
「どうでしょうか、人の心までは読めませんから」
「まあそうだけど、そういう人たちから見たら、肉体を動かす仕事はコスパが良くないんだろうなあって思って」
「コスパの問題だけで仕事の良さを決めるのはAIです」
「そうだね」
蒼は思わず笑った。

「私さ、ナブンではドームのおかげで天候には左右されないし、空気も水もあってありがたいけど、でも生き物として何かがおかしいと思ってて」
「はい、時々行ってましたね」
「ナルではどうやっているんだろうって思ったんだよね」
「だから来たんでしょう」
「そう。・・そういうナルでの生活を少しでもナブンに取り戻すべきだと思ってたの」
「ナルを見本にしようと思ったんですね」
「うん、逆にナルにも、もっとナブンのように空気と水が普通にあって安心できる生活ができるようにするべきだって。だけど・・」
「だけど?」
「こんなにも違うなんて。・・でもこの違いは私自身の問題なのかな。私は何かを勘違いしていたのかもしれない」
そう言って蒼は木々を見つめた。

蒼が自分自身でナルとナブンの違いの問題を訴えてきていたもののショックを受けるほどナルは違っていた。
確かに、車は本当に限られた台数しか走らず、多くはナブンに食料として提供される役割も持つ牛などがひく荷台で、不便さもあった。
しかし、すれ違うナルの人たちはのんびりと幸せそうだった。
豊さとはなんなのか、蒼はずっと考えながら歩いた。



次の日の朝。
まだ朝が明けるか明けないかの時間だった。
それでもナブンではドームの外に出るというようなことはしない
太陽が出てくれば、ドームの外は暑すぎるし、綺麗な空気も水もない中で自殺行為だからだ。
しかしそれより過酷な地域のナルで、ドームの外の農場に蒼たちは向かっていた。

蒼は太陽発電で賄われているというEVトラックに乗りながら不安に駆られていた。
いくら誘われたからと言って断ればよかったと少し後悔をしていたのだ。

『昨日夕食を囲みながら、まだおばさんたちが戻るには時間があるし、色々わかるだろうからって言われてついてきてしまったけれど・・まさかドームの外に農場があるなんて・・。』

トラックが揺れながら進んでいく。
トラックはドームの外に出るための仕様で、窓が一切なく状況がわからない。それが余計に蒼の不安を誘った。

『昔は戦争などでよく使われていたと聞いたことがある窓のない乗り物。これで戦争に出ていた人たちはどんな思いだったんだろう。本当に連れて行かれる先は農場なのだろうか。』


蒼の脳裏にそんな余計なことが浮かんでは消えた。

クウが蒼の不安な気持ちを察したのか蒼の顔を覗き込む。
「もう少しでドームの外に出ます。いいんですか?」
「いいのって・・?」
「いや、いいんです、アオイがいいなら」
クウが蒼に寄りかかった。


『不安を取り除こうとしてくれているのだろう』


蒼はクウの頭を撫でた。

「そうだなあ、不安だよなあ、あんたら、ナブンの人間だもんなあ」
そんな蒼たちの姿を見て、トラックに農場で作業をするために一緒に乗った、ユンの祖母が笑っていう。
「わたしらも不安だったんだぁ」
「え?おばあちゃんたちも不安って?」
「ナブンの人は知らないことだからなあ。でもユンはあんたには知らせたほうがいいっていうもんで」

確かに空気も水もナブンより汚れていて、ナブンから二つとも支給され続けているナルにドーム外に出られる場所があるとは知られていなかった。
そういう場所があると聞いて向かっている今でさえ、蒼も信じられなかった。

『本当にナルでそういう場所が存在するとするならば、ナブンの上層部はどうするのだろうか。
私が開けてしまって、知ってしまっていいのかこのパンドラの箱を』

そんな葛藤を抱きながらも、蒼にはどこか一筋の希望の様なものも感じていた。
蒼が探し続けていたものの何かヒントになる様にどこか確信めいたものがあった。

「あんたのおじいちゃん、音さんのことだけっども・・」
ユンの祖母が話を続けかけた時、トラックが止まった。
「出るぞー、念のためマスクつけて」
ドームを出るゲートだった。
トラックの助手席からユンが言った。

蒼は念のため持ってきたけれどまさか本当に使うことになるなんてと思いながら、ナブンで普段使っている空気清浄機能を持ったマスクをつけた。
これがなければドームの外から出たら普段は5分で人の肺はやられてしまう。

ユンの祖母もつける。
ナルのものはもっと精密に作られたものだと聞いていたけれど、ユンの祖母のマスクは蒼がずいぶん前に使っていた旧式のマスクだった。

「古いっけー気になるっしょ、でももうほとんど使わねえしなあ」
ユンの祖母は蒼の気持ちを察してか笑いながらいった。

ドームの外になんて出たことない蒼は緊張で息をしているのかもわからなかった。
期待と不安が一気に押し寄せる。
毎日のように作業をしているというユンの祖母は黙ってずっと手元の空気成分計を見つめていた。
蒼も自分の空気成分計を見つめる。
トラックがドームの外に出てから5分くらい走った頃だったろうか。

「ユンー大丈夫だぁ。正常値だぁ」
ユンの祖母がずっと見つめていた手元の空気成分計から顔を上げていった。
蒼には長く感じられた5分だった。

ナブンでドームを出たらすぐにけたたましく音を発するであろう成分計はすべての値で正常値を指していた。蒼のものも一緒だった。蒼が自分の成分計を確認したと同時に、前を走っていたトラックもクラクションを鳴らす。
合図なのだろう。

ユンの祖母がマスクを外した。
蒼も恐る恐るマスクを外した。

『息が・・できる』

蒼が管理されていない空気を生まれて初めて吸った瞬間だった。
「すごい・・大丈夫だ・・」
蒼が驚く姿を見てユンの祖母が笑った。
「きっと降りたらもっと感動するさー」


トラックのドアが開く。
まだ太陽が上がっておらず、差し込んできたほんのりとした光も眩しい。

外に出ると、そこは一面の緑が広がる大地だった。地平線の向こうで太陽の光が大地を照らし始めていた。
そしてそこには微かだけれど青い空があった。
蒼が追い求めた青い空だった。



一筋の涙が蒼の頬を伝った。


                  第7話 地球の回復

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新作のカケラからできた長編になります。
6日まで毎日更新予定です。
よろしくお願いいたします。


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