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青空物語 第7話 地球の回復

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第7話 地球の回復


トラックに揺られて30分くらいでついた場所は広い農地だった。
空気も水もまともなものがないといわれるドームの外にありながらそこでは多くの木々と農作物が育っていた。
頭上にはまだ黒い蒸気が漂っているものの、その隙間から時折青空ものぞいた。

ユンが言うにはここから半径5キロは農地や森林になっていて、その先5キロ程度までは空気の酸素濃度などは問題ないという話だった。


『そうか、ドーム外の温度が下がっていたのは地球が回復してきていたからだったのか。地球はなんて強いんだろう・』

ナブンで行ういつもと変わらない草刈りをしながらも、蒼の頬には不思議と涙が自然に溢れ出てきていた。

畑の蒼の隣にある列で、同様に草刈りをしながら進んでいたユンがその姿を見て微笑む。
「あんまり泣くと暑くなってきたら水分不足で倒れるよ」
「そうだね」
ユンはそう言いながら持ってきた水筒を蒼に差し出す。
蒼は苦笑しながらそれを受け取り、肩にかけていたタオルで顔を拭った。

蒼とユンは二人共、同じペースで黙々と草刈りをしながら畑を進んでいった。
まだ太陽は上りきっておらず、雑草をとるたび作物の朝露が彼らの足元を濡らす。

ポツポツとユンは話し始めた。
「昨日、あんたに何も知らないんだなと言ったのはさ」
「うん」
「確かに俺はバカにしてたのかもしれないけど」
「・・うん」
「あんたが何も知らないのではなくて」
「ううん・・私は本当に知らないことが多いと思う」
蒼がそういうのを見てユンは申し訳なさそうに言った。

「・・まあ、知らないことは誰でもあるしさ」
「そうだね。・・でも、知らないことを知らなかったのが恥ずかしいって思ってる・・」


蒼は今まで自分が知っていると思っていたものは表面的なものだったとつくづく思いながら答えた。

そんな蒼の言葉を聞いて、「そういうところも含めてさ」とユンは笑顔で言った。
「あんたは真っ白なんだと思う」
「真っ白?」
ユンは気恥ずかしいのもあり、また視線を下に向け作業に戻る。

「そう、そういう意味で言ったんだよ。ごめんな」
「・・・」
「ピュアっていうのかな」
「そんなことないよ」
「そう?」
そう言って「じゃあ、あんたが泣いているのはなんで?」とユンは微笑みながら訊ねた。
「んー私が泣いているのは・・地球が回復するんだなあって嬉しいのと・・私は何を見ていたんだろうっていう悲しいのと・・」

ユンはそれを聞いてふふっと笑った。
「おかしい?」
蒼が少し悲しそうな声を出したのでユンは作業の手を止めて顔を上げる。
「いや、ごめんごめん。地球のために泣く奴はなかなかいないからさ」
「変かな」
「いや、音さんくらいだなと思って」
「おー爺ちゃんが?」
「うん。音さんはそんなあんたを守りたくて、何も言わなかったんだな。きっと」
「おー爺ちゃんに会えるかな」

ユンはその質問には答えずに、視線を落とし草刈りに戻りながら事情を話し始めた。
蒼も視線を落とし作業を続ける。

「音さんは10年くらい前から住む場所を変えながら過ごしてきてるんだ」
「なんでそんなこと・・」
「この農地を・・地球を守るためだって言ってた。安定するまではって」
「地球を守るため・・」
「音さんは、ナルでどうしたら農作物が過酷な中で育つのかっていうのを研究してきててさ」
「やっぱり・・資料館で資料を見たらおー爺ちゃんの名前があって、ナルの運営で研究してたのかなって思ったんだけど」
「そうか」
「うん、今は違うの?」
「ああ、途中からナルの運営からは抜けたんだってさ」
「どうして?」
蒼の手が止まった。

「音さんはナル、ナブン関係なく、農地もだけれど、地球を回復させることに重きを置いていたらしくて」
「地球の回復・・」
ユンも立ち止まり、腰に下げていた飲み物を口に含んでから続けた。

「そう、でも、それをよくないと思う人間も出てきたらしくてさ」
「今の生活の安定を優先させる人たち・・」
「そう」
「ユンのおばあちゃんが言ってた。・・人は余裕ができてくると変わるんだって」
ユンは作業をしているユンの祖母の方を見ながら、ばあちゃんらしいなと言って笑った。

「・・ナルもだけどさ、ナブンでもそういう人間はいるだろうし・・ずっと研究を続けて、実践して。そうやってようやくここまできたからね。誰かにその邪魔をさせるわけにはいかないだろう」
「それで・・データーを守るために・・」
そこまで話をしたところで、蒼とユンはまた草むしりに戻った。


『確かにこのドーム外の農地のことを知ったらみんなは喜ぶかな。・・ナルの人はもちろんナブンの人も、自分の暮らしや政治的なことを考えずに未来に進めるのかな』


蒼は人々が純粋に地球の回復を喜び、それを大切にできると言い切れない自分がもどかしかった。

二人の草むしりが一列終わったところでユンがまた口を開いた。
「だからさ、音さんたちが暮らす場所はここの作業をする人間も多くは知らされていないんだよ」
「そうだったの」


『地球を守るため・・
私たちにできること・・』


蒼はハッと思いついたようにユンを見て言った。
「そのデーターとナブンのデーターを合わせてナブンでも実践を続ければ」
「そう、そのために・・」

そうユンが言いかけた時だった。
遠くからトラックの音がした。
畑近くに勢いよく入ってきたと思った途端、急停車し中から男性が数名下りてきた。
ユンがトラックにかけ寄っていく。
蒼とクウも追いかけた。

「ユン!いくらお前が音さんの留守を預かっているからってどういうことだ!」
バンと音を立ててトラックのドアが閉じる。
太陽がだいぶのぼってきて生暖かい風が作物を揺らす。
その風と一緒にやってきた大人たちがユンと蒼を取り囲んだ。

40代くらいの日に焼けた顔をした体の大きな一人の男性がユンに詰め寄る。

「見知らぬ人間をここに案内するとはどういうことだ、聞いてないぞ」
男性が蒼をチラッと見た。
クウが蒼の手を握る。
クウの手は今までで一番熱かった。
蒼も緊張で手に汗を感じた。


「音さんから前に話があっただろ、この農場で行っていることはナルだけでやっててもダメだって」ユンはすごむ大人に怯まず真っ直ぐな目で答えた。
「その時の話では、ナルでもまだ広がっていないから順々に少しずつという話だったはずだ」
「でも機会があればそろそろ広げるべきだって音さんも言ってただろう」
「ユン!お前はいつから音さんの代わりになったんだ」
「そういう話じゃないよね、俺が話しているのは」
子供ながらしっかりと話をするユンに男性は逆に苛立ちを隠せず、冷静さを失い怒鳴り始めた。

「お前はただ音さんの後を継ぎたいだけじゃないのか!」
「違うよ、俺はそんなものには興味はない。音さんが言っていたナブンでも広げていくべきだという話が正しいと思うだけだよ」
別の人間もユンに詰め寄る。

「ナブンになんて早すぎる、見知らぬ人間を入れてのっとるつもりじゃないのか」
「何言ってるんだよ、そんなわけないだろう」
「俺らはナブンの情報ももってない、ナブンの奴らがどう出るかだってわからないだろう!」
「あっちだってそれは一緒だと思うよ」
「そんなのわかったものじゃない。そいつは誰だ。」
「・・わかんない人だなあ。確かにこの人はナブンから来た人だけど」


ユンの話を聞き終わる前に「やっぱりだ、ナブンの人間だ」「噂は本当だったのか」などと取り囲んだ数名が言ったかと思った時だった。
取り囲んだ中の一人が作業途中に地面にさしておいた鎌を持って蒼に飛びかかってきた。
その時だった、蒼が後ろに引っ張られたかと思ったら、蒼の前にクウが飛び出たのだ。

「クウ!」
男性の鎌はクウの頭に突き刺った。
「クウ!クウ!」
蒼はクウを抱き抱えた。
クウは何も言わず地面に倒れた。
蒼は自分の目の前で何が起こったのかわからずクウを抱き抱えた。

『どうしよう、クウが、クウが』

ユンが「やめろ!この人は音さんの玄孫だ!」と怒鳴ったのを遠くで聴きながら蒼はクウを抱えたまま、気を失ってしまった。

空には太陽が昇っていた。

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新作のカケラからできた長編になります。
6日まで毎日更新予定です。
よろしくお願いいたします。


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