【#7】 連載小説 『 美容室「ヨアケ」、開店します。』 (第2章 「サスペンス小学生」第3話)
前回までの話はこちらです。
『すみませーん、こんにちはー』
事務室には、職員さんが何人かいた。
『あら、田中君。なあに?どうしたの?』
女性の職員さんが出てきてくれた。
『松田君の忘れ物を届けたいんですけど、おうちを教えてくれますか?』
僕は僕の筆箱の、名前を書いてない方を見せながら言った。
『あらぁ、わざわざ偉いわねえ。明日もきっと来ると思うから、渡してあげるわよ』
職員さんは親切に言ってくれたけど、それじゃ困る。
僕は、
『会ってゲームの話がしたいんで!松田君、めっちゃ詳しいんですよ~』
と、テキトーに言ってみた。
『あらそう!そういうことなら…』
職員さんは松田の家の住所を見て、行き方を教えてくれた。
松田の家は、ここら辺でも大きくて立派な家だった。
門の前で待ち伏せしてたら、薄暗くなった頃ヤツはやっと帰って来た。
『お前、なんで俺の家、知ってんだよ!』
『箱、どこにやった?』
僕は松田をにらみつけながら言った。
『あの箱かよー。お前、しつけーな』
松田が家に入ろうと門を開けたので、僕は前に回り込んで言った。
『返してよ!どこだよ!!』
『おい!大きな声出すんじゃねえよ』
松田は家の方をチラチラ気にしながら小声で言った。さすがにここでは殴ったりは出来ないようだった。
『明日学校で教えてやろうと思ったのに。でもまあいいや』
松田はめんどくさそうに言った。僕をいじめるのにも飽きたような感じだった。
『ハイ、宝探しの始まり始まり~。さっき学校のどこかに埋めました~』
『うそだっ!』
『ほんとだよ』
『…箱、開けたの?中身…見た?』
『ガムテすげーくっついてたから、めんどくさくて開けてねえよ。もう教えたからいいだろ。俺、塾があるから。もう来んじゃねーよ、うぜえから』
僕は松田の言うことを信じるしかなかった。
***
ピピッ、ピピッ…
その時、田中君の腕時計が鳴った。
地面に寝転がっていたので、ウトウトしかけていたようだった。
「うぉっ、びっくりしたぁ!」
今日は九時半には掘るのを終わりにして帰らないと母親にばれてしまうと思い、アラームを掛けていたのだった。
それでもなかなか起き上がる気になれなくて、田中君はしばらくそのまま暗い空を眺めていた。
ガサガサッ!
そのとき、近くの草を踏みしめるような音が聞こえ、田中君は慌てて起き上がった。
「えっ?!坊主っすか?!」
新城は驚いて言った。
「うん、坊主」
ソウタが、自分の頭をポンポンと触りながら言った。
「どうして突然…」
来店時には、いつもと同じで…と言っていたので、新城は困惑した。
その日、夕方近くにソウタが『美容室 ヨアケ』に来店したとき、ちょっとしたハプニングがあった。
荷物を預かり、一階のソファーに座ってもらっているときだった。
開け放した入り口ドアから、音もなく猫が入って来たのだ。
『ヨアケ』のフロントスペースは半地下になっていたので、中に向って三段ほどの階段があった。その一番上で立ち止まると、猫はすっと背筋を伸ばした姿勢で座った。
シルバーグレーの毛並みが美しい猫で、深い海のような色の大きな瞳で、こちらをじっと見つめている。
一階にいた新城とソウタは、なぜかひと言も言うことが出来ずに、固まってしまった。
それから猫はゆっくり立ち上がると、階段を降り、ソウタの前までスッとやってきた。そしてソファーの背もたれの上にトン、とジャンプして乗ると、前足でソウタの頭をちょんちょん、と二回ほど軽く突っついた。
そして驚く二人を尻目にソファーから降りると、音もなくゆっくりとドアから出て行ってしまった。
新城は我に返り、
「た、大変申し訳ございません!!お怪我はないですか?!」
と慌てて言った。
その声でソウタも我に返って、
「あ、ああ、はい。全然…」
と言ったが、どこか上の空だった。
「猫アレルギーとか無いですか?大丈夫ですか?」
「いえいえ、無いです。全然大丈夫です!」
ソウタが笑顔で答えたので、新城はホッとした。
そして二階のカット台に案内し、カットクロスをソウタに着せかけていた時、ソウタは坊主にしてくれ、と言ったのだった。
新城の困惑した表情に、ソウタはハッとして急いで付け加えた。
「ああそっか、ハハハハ!!不祥事じゃないです!!不倫も犯罪もしてないのでご心配なく!ネタですよ、ネタ!心機一転、相方とも相談して、俺が坊主にしてみることになったんで…」
「そうなんすね。正直驚きましたよ~。でも、本当に良いんすか?」
「はい!やっちゃって下さい!あ、でもすぐ伸ばしますんで、まだまだヨアケには来させてもらいますよ~」
ソウタは明るい調子で言った。
その多少不自然な明るさに、新城は少し違和感を感じたが、芸人さんというのは色々と大変そうだから、時には変わったこともするのかもな、と思った。
たまたま居合わせた客や従業員に「断髪式だー!」などど言われながら、ソウタは頭を丸刈りにした。頭の形はとてもきれいで、思ったより似合っていた。
みんなに、
「イケメーン!」
「にあうーー!」
「ぜーったいに不祥事かと思われるよー」
などど言われて、ソウタは「アザーッス!」と、大きな声で笑っていた。
その横でソウタの顔を見ながら、新城は何か落ち着かない気持ちで立っていた。
(あれ…何だろう…何か、ひっかかるな…)
違和感の原因は分からないまま、新城はソウタの会計を済ませた。
「ありがとうございました。またよろしくお願いします」
新城が言うと、いつもは「はーい、こちらこそー」
というソウタだったが、今日は何か言いたげな様子で、立ち止まっていた。
そして「ありがとうございました」と小さくひとこと言うと、いつもより深く頭を下げて、帰って行った。
(もう来ないのかもしれないな)
新城はなんとなくそう思ったが、そう感じた原因も、晴れない心も、自分ではよく分からなかった。
***
案の定、坊主にしたことで世間に不祥事を疑われてしまった『コウタソウタ』の『ソウタ』だったが、話題にもなり、うまく笑いに変えていて、ますます人気が高まっていた。
あの日以来数か月経っていたが、ソウタは美容室『ヨアケ』に来ていなかった。
すぐに伸ばす、と言っていた髪も、テレビで見かけるといつもきれいに丸刈りにしていた。
相方の「コウタ」は、「ソウタがある日突然、何の相談もなしに坊主にしてきて腰抜かしちゃって~」
と言っていて、
(相方さんと相談した、って言ってたのにな…)
と、新城は思った。
美容室が定休日になる火曜日、新城は昼過ぎまで寝ていた。
ようやく目を覚ましても、すぐには起き上がる気にはなれず、ベッドで寝そべりながらスマホを眺めていた。
そのとき、ネットの記事に『コウタソウタ』の『ソウタ』のインタビューが載っているのを見つけた。いつもならあまり芸能ニュースは読まないのだが、思わずタップしていた。
そこには、プロフィールや近況、テレビ収録時のエピソードなどが載っていた。
そして最後の方には、こう書かれていた。
《 小学生のとき、クラスメイトのペットが死んじゃって、詳しくは言えないんですけど…いろいろあったんです。
そのとき、そいつに言いたかったのに、どうしても言えなかったことがあって…。いまだにすごく後悔してるんです。
でも、そいつは僕なんかとは違って、自分の意思を貫き通す、すげえカッコいいやつでした。
今でも何かあると思い出して、(あいつならどうするか?)と自分に問いかけています。あいつに合わせる顔がないような自分にだけはなるなよ、と思っています 》
記事には、坊主頭のソウタの写真が添えられていた。新城はその写真が何だか気になり、しばらくじっと眺めていた。
どこかで、会ったことがあるような…。
まあ、俺がこの間坊主にしたんだから、当たり前か。
でも…
……
…………
「あっ!」
新城は叫んだ。
「………村上君だ!!」
小学五年生のとき同じクラスだった村上は、少年野球チームに入っていて、当時は坊主頭だった。
新城は五年生の夏休みに引っ越してしまったが、村上とは、ある特別な思い出があったのでよく覚えていた。
新城は村上の下の名前が『聡太」だということを思い出した。
夜の校舎裏に草を踏みしめる音が響き、田中君は慌てておきあがった。
「誰っ?!……村上君?!」
暗闇の中、現れたのは同じクラスの村上だった。
田中君は知らなかったが、以前、夜の学校に忍び込んでいた田中君を、通り掛かった車の中から見つけたのは彼だった。
「村上君?な、何でいるの?!」
「…あの…僕…」
村上は消え入りそうな声で言った。
「あの…僕……田中君が、な、何を探してるのかな、って思って…」
それを聞くと、田中君の表情が固くなった。
「ふーん。で、見学しにきたんだ。それで明日、クラスのやつらに報告すんだろ。死体掘ってたとか、サスペンスだ、とかさ」
田中君が冷たい声で言った。
「ううん!!そ、そんなんじゃなくて…」
「じゃ、何しに来たの?僕もう帰るんだけど」
田中君は落ちていたシャベルを拾って、校門に向って歩き始めた。
「あ!あの、えっと…いつもずっと、何か、さ、探してるみたいだから…」
「だから何?」
「えっと…だから……。い、一緒に探せたら、と思って…」
「……え?」
田中君は立ち止まった。
「ずっと、一所懸命探してるから、きっとすごい、大切なものなんじゃないかな、って思って…」
村上の必死に話す様子に、田中君は、からかいにきたのではないと感じたようだった。
「ぼ、僕、シャベル持ってきたよ!どこ掘ればいい?何を探してるの?あ、でももし言いたくなかったら、もちろん言わなくていいよ。今日はもう帰るなら、明日からずっと、手伝うよ。もちろん昼間も」
田中君が黙って近くの花壇のレンガに座ったので、村上も少し迷ってから横に座った。街灯はあまり届かない位置だったが、時折り通り過ぎる車のヘッドライトが、学校を囲む柵の影を二人の上に走らせていた。
そして田中君はポツリポツリと、大切な箱を六年生の松田に奪われたこと、学校のどこかに埋めた、と言われたことを話した。
「その箱にはね…その中にはね…ピピちゃんが入ってるんだ」
ピピちゃん、とは、田中君が飼っていたセキセイインコだった。
病気で死んでしまい、泣きながらきれいな布で包み、大好きだったエサや摘んできた道端の花を敷き詰め、箱に入れた。
近くの河川敷に埋めに行こうとしたところで、松田に奪われてしまったのだった。
「先生に言ったらきっと『みんなで可哀そうな小鳥さんを探しましょう』とか言って、女子とかが、『かわいそう!』とかキャーキャー泣いて、ってなるでしょ?
そんなの絶対にいやだ。ピピちゃんは、僕が静かに送るんだ、って思った」
田中君は地面を睨みつけながら言った。
五年生の田中君には、まだ気持ちを表す言葉がうまく選べなかったが、
ピピちゃんの死をクラスメイトの感動の娯楽に使われたくない、と強く感じたのだった。
「でも、夜、こっそり掘ってるところを見たヤツがいて。そいつが言いふらしてさ、そしたらみんなに嫌なあだ名で呼ばれるようになっちゃった。
知られちゃったんならもうどうでもいいやって、昼間もあちこち掘ってる。
言いたいやつには言わせておけ、って思ってたけど…。
…無視されて、平気なフリしてたけどさ…。ほんとは僕、すげえ、悔しいし、キツい」
村上は何も言えなかった。
夜の学校で見た田中君のことを言いふらしたのは誰か。
『サスペンス小学生』
というあだ名を、何も考えずにつけたのは、誰か。
みんなにウケて、喜んでいたのは誰か。
その後も気に病んでいるだけで、何も言わず、かばいもしていないのは誰なのか。
全部、自分が知っていた。
ここで言ってしまおうか、と思った。本当は謝りにきたんだ。そのつもりだった。
でも、どうしても言えなかった。
それに田中君の話を聞いて、村上は思い出したことがあった。
(第2章 4話に続く)
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