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【#5】 連載小説 『 美容室「ヨアケ」、開店します。』 (第2章 「サスペンス小学生」第1話)


【前回までの話(第1章)はこちらです】




美容室 『ヨアケ』には、ある「ひみつ」が隠されている。
それはもし知られてしまえば、全国から客がひっきりなしに押し寄せるような「ひみつ」だった。

だけど今のところ「ひみつ」は秘密のまま、美容室の奥底に隠されていて、
「ヨアケ」は、ごく普通の商店街の片隅にあり、平凡な様子で今日も通りを見下ろしていた。





第二章  サスペンス小学生


「田中君ってさぁ、校庭に死体を埋めて、いい感じになったら掘り返して毎晩食べてるんだって…!!」

「トイレで二人きりになったら終わりだよ、さらわれてその日のうちにバリバリ食べられちゃうから…!!」

「今まで十人以上、行方不明になってるんだって…!!やばっ、怖すぎ…!!」

***


五年三組の田中君のあだ名は、「サスペンス小学生」だった。

田中君は休み時間や放課後になると、シャベルを片手に校舎の裏や、校庭に隣接するビオトープの辺りを一心不乱に掘り返していた。
服やメガネやが泥で汚れても一向に気にする様子もなく、膝や爪は常に真っ黒だった。
ちょうど梅雨入り前くらいから、そんな姿が目撃されるようになっていて、それまでのどちらかと言えば明るいキャラクターだった田中君の変貌ぶりに、みんなは驚いた。

「おーい、サスペンス小学生!」
「サスペンス野郎!」
「サスペン!」
「死体はみつかったかー?」
「きもっ!」

クラスの男子はあだ名をつけたりしてからかっていたが、田中君は一切無反応で、泥はねのついたメガネでじっと見つめてくるだけだったので、そのうちそれもあまり言われなくなった。

そしていつしか、田中君はみんなに避けられ、まるでそこにいないかのように扱われた。


「サスペンス小学生」というあだ名をつけたのは、同じクラスの村上だった。

村上は学習塾に通っていて、帰りが夜九時過ぎのなるので、父親に車で迎えに来てもらっていた。
小学校の脇の坂道を通りかかったとき、信号が赤になり車は停まった。自分の通う学校なので何となく気になって目を向けると、通りに面した校舎の裏に人影が見えた。


(こんな時間に?)

窓に鼻をくっつけるようにしてよく見てみると、その人物は小さなシャベルを片手に、地面を掘っているらしかった。
ちょうど街灯の下にいたので、丸まった姿勢の影が校舎に細長く伸びて映っていた。

「あれ?……田中君?」

「ん?どうした?」

運転している父親が聞いた。

「なんかさ、クラスの子が学校にいるみたい…」

「え?こんな時間に子供がいるわけないだろ?」

「だってそこにいるよ…地面掘ってるみたい…」

信号待ちしていた道路からは、ツツジの生垣はあるものの、小学校の敷地は割と近くに見えた。

「あ!ほら、また場所変えて掘ってる!」

「え、どこだ?」

そのとき信号が青になったので、その後のことはよく分からなかった。


次の日。村上はクラスの仲良しグループにその話をした。
みんな同じ少年野球チームの仲間だった。

「なにそれー!!こえーじゃん!」

「夜でしょ?一人で学校に入るって、ヤバくね?」

「…誰かに知られたらヤバイことしてるから、夜こっそり学校に忍び込んだんじゃない?」

「…え、犯罪?!」

みんながギャーギャー言った。

村上は、ときどき両親が観ているサスペンスドラマを思いだし、

「ジャー、ジャー、ジャーーン!!って、あれじゃん、サスペンスじゃん!“サスペンス小学生” だね!略してサスペンかな?」

と、テーマソングを歌いながら、腹を刺されたようなポーズをとった。

みんなどっと笑った。

「それメチャメチャ面白い!」

「ぴったりかよー!!」

「センスいいなーおまえ!」

村上は自分の発言がみんなにうけたのが嬉しかった。

その中の誰かが放課後、田中君に夜の学校にいたことを問いただした。けれど、何も答えなかったようだった。

そしてその日から田中君は、休み時間や放課後にも、学校の地面を掘るようになったのだった。





美容室「ヨアケ」のオーナー末継すえつぐあかつきは、いつも店にいるわけではなかった。
指名の客が入ったときだけ、ふらっと店に顔を出す。

切れ長の涼しげな目が印象的な、四十代後半のいわゆるイケおじで、背が高くいつも仕立ての良いスーツに白いシャツ、ツヤツヤ光る革靴を履いていた。
そしてカットの速さは信じられないくらいで、普通のスタイリストの半分以下だった。
でも決して雑ではなく、細かいところまで丁寧に仕上げられ、スタイルの持ちも良かった。
センスも抜群に良いので、ファンのような固定客が多かった。

かなりの自由人、といった感じでなかなかつかまらず、予約の電話が入っても断ることも多かった。
けれど、顧客はそれをよく知っていて、

「オーナーに合わせるわ」

などと言って自分の都合のほうを変えてくれたりする。

男性スタイリストの新城は、

「そうやってみんなでオーナーを甘やかすから、なかなか店に出てこないんだよ」

と、密かに思っていた。



プルルルル… プルルルルル…


店の電話が鳴った。

「お電話ありがとうございます、美容室ヨアケです」

フロントの女性、入江が高い声で電話に出た。
入江は子育て中の三十代女性で、昼間のみパートで働いている。

《ああ、入江さん?》

「あ、オーナー、お疲れ様です」

《四時半予約のオレのお客様だけどさ、担当新城に代えといてくれる?》

「はい、えーと…でもその時間、新城さんもパーマのお客様が入られてますよ」

《いや、なんとかやりくりしてくれれば…》

そこへたまたま、新城が二階から降りて来た。

「あ!新城さんオーナーです。四時半のお客様、代わって欲しいそうですよ」

(えー、またかよ)

新城は心の中で舌打ちしながら電話を代わった。


「もしもし、お疲れ様です。オーナーのお客様っすよね?俺じゃ満足してもらえないっすよ」

《ああ、大丈夫、大丈夫》

「大丈夫って…。無理っすよ。だいたい急にオーナーいなかったら、怒って帰っちゃうかもしれませんし…」

《ああ、それは大丈夫。本人に了解とってるから。じゃ、あとはよろしくー》

電話は一方的に切れてしまった。

(あーあ、またかよ、もう…)

新城はため息をついて、パソコンで予約表を確認した。

「四時半のお客様…って、えーっ、新規じゃん」

初めて来店の客だったが、オーナー指名だった。

「ったくオーナー、本当に了解とってんのかよ…」

「新城さん、お疲れ様です…」

入江が同情するように言った。

「どーしたの?またオーナー来ないの?」

その時、二階から女性スタイリストの荒井が降りてきた。
荒井は気さくな性格で、主婦層に人気のベテランだった。

「そうなんすよ。ドタキャンで…」

入江が答えた。

「あー。今に始まったことじゃないからねえ。こないだもお客様に、オーナーまたいないの?引っ張ってでも連れてきてくれないかしら!…て言われたばかりだよ」

「今そこにいたと思ったら、もう消えてたりしますよね。私、てっきりいると思って予約取っちゃったことありますよ〜」

フロントの入江は、客に謝りの電話をよく入れていて、一番の被害者かもしれなかった。

「ほんと!!ぜーんぶこっちにしわ寄せがくるんだからさぁ、やめてほしいわよねぇ!お客様に了解とってるんでしょ?なら大丈夫なんじゃない?お昼買ってくるね」

荒井はそう言うと、外へ出て行った。

新城は仕方なく、担当スタイリストの名前を自分に書き換えた。


***


四時半をまわっても、その新規の客は姿を現さなかった。
オーナーが適当にとってしまう予約には慣れていたので、時間が間違っていたのかも…と、新城はそこまで気に留めていなかった。
ただ、これ以上遅くなると次の客とかぶってしまうので、その場合の段取りはどうしよう…などと、休憩室で缶コーヒーを飲みながら考えている時だった。

「ちょ、ちょ、ちょ、ねえねえ!!聞いてないんだけど!!」

興奮した様子で、荒井が休憩室に入ってきた。

「どうしたんすか?」

荒井は引き戸を閉めて新城の前の椅子に座り、ひそひそ声で言った。

「今さあ、新規の、オーナーの…ほら、新城が代わりにさあ…」

「ああ、来ましたか」

新城は出迎えに行こうと腰を浮かせたが、荒井は手をひらひらさせ、新城をもう一度座らせた。

「そうそう、来たんだけど…!!」

「…どうしたんすか?」

「ねえ、誰が来たと思う?」

「は?なんすか?クイズ?」

「うん、そうそうクイズ!!当ててみて!」

荒井は何でもすぐクイズにしたがるが、店長の坂井やオーナーはあまり付き合ってくれない。
アシスタントやフロントの入江、新城は、よく回答者にさせられていた。

「えーっ…うーんと……店長の彼氏さんとか?」

「ブーーーッ!違いまーす」

「わかんないっす」

「えーっ、新城あきらめんの早っ。つまんなーい」

荒井は立ち上がり、休憩室の小型冷蔵庫からペットボトルのルイボスティーを出してきて、グビグビ飲んだ。

「っていうか、お客様待たせちゃいますよ」

新城が言うと、

「今トイレ行ってたし、カウンセリングシート書いてるから少しくらい大丈夫よ。あまり早く声掛け過ぎても焦らせちゃうでしょ」

と、飲みかけのルイボスティーを冷蔵庫にしまいながら荒井が言った。

「まあでも、早くしないと五時の人と、かぶっちゃうんで…」

新城は自分の缶コーヒーを飲み干すと、立ち上がった。

「わかったわかった、答え言うよ。絶対わかんないと思うし」

荒井は、早く言いたくてたまんない!という様子で、鼻を膨らませていた。

「あの人ねぇ…な、なんと!!『コウタソウタ』の、『ソウタ』でーす!!」

「えっ?!あれっすか、あの、お笑いの?」

「そう!」

『コウタソウタ』とは最近人気の、「コウタ」と「ソウタ」の男性二人組の漫才コンビだった。
知的な漫才や鋭いコメントが面白く、新城も結構気に入ってよくユーチューブなどで観ていた。

「いやいやいやいや、こんなところの美容室に来るわけないじゃないっすか」

「ううん、ぜえっったいに本人だよっ!」

「いやあ、それ、きっとそっくりさんすよ。芸能人は原宿とか青山のサロンにいくもんでしょ」

「ほんとだってば!見ればわかるから!」

新城は休憩室を出て、一階に降りて行った。
男性客が一人、ソファーに座りカウンセリングシートを書いていた。しばらくして、目の前のガラステーブルにシートとペンを置いたのを見て、新城は話しかけた。

「いらっしゃいませ。本日担当させて頂きます、新城です」


ソファーの前に立ち、目線を合わせるように腰を屈めてあいさつすると、男性が顔をあげた。

(うわっ、まじか!…ほんとに「ソウタ」だ…)

美容室なので帽子もマスクも取っていて、はっきり顔がみえたので、新城にも間違えようがなかった。


(第2章 2話に続く)


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