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【#6】 連載小説 『 美容室「ヨアケ」、開店します。』 (第2章 「サスペンス小学生」第2話)

前回までの話はこちらです。




「あ、よろしくお願いします…」

ソウタが、ぺこりと頭を下げた。

「申し訳ありません、ご指名頂いておりましたオーナーの末継すえつぐが、本日不在でして…」

「あ、聞いてます。大丈夫です…すみません、遅れて…」

「恐れ入ります、こちらは全然大丈夫です。では、お二階にご案内いたします。足元お気をつけください」

ソウタを椅子に案内すると、新城は書いてもらったカウンセリングシートを見た。

名前の欄には「ソウタ」とだけ書いてあり、住所や連絡先は、所属する芸能事務所のものだった。
カットの希望は特にないようで、小さな字で「おまかせで」と、書いてあった。

「では、今の髪型のイメージで毛先だけ整えていきますね」

「…はい」

新城はそうは言ったものの、ソウタの髪は綺麗に整えられていて、ほぼ切る必要がないのに気が付いた。

(なんでわざわざ、こんなところに来たんだろ…。そっか、ただの気分転換かもな)

芸能人の髪を切るのは初めてで、新城は何を話して良いのか分からなかった。

「あの…オーナーのお知り合いなんですか?」

「あっ、…ええ、まあ…。たまたま、です」

「そうですか…ここら辺には詳しいんですか?」

「いえ…そうでも…」

「そうですか…」

カウンセリングシートには「美容室での過ごし方」という欄があって、施術中放っておいて欲しいタイプかどうか、ある程度分かるようになっている。
新城はいつもその欄を見、二言三言話して様子をみてから、接し方を決めていた。

ソウタは、「おしゃべりが苦手」という欄に一度チェックしてから消していて、
その下の「楽しくおしゃべりしたい」に小さな丸をつけていたので、新城は対応を決めかねていた。


住所に芸能事務所の名前を書いているということは、芸能界の話とかしても大丈夫なのかな…と考えたが、最初に言わなかったので何だか言いそびれてしまい、普通の客と同じような話しかできなかった。

新城は本来、それぞれの客の性格を瞬時に見極めるのが得意だった。
あまり話しかけられたくないけれど、気まずいのも辛い…という人にも、居心地が悪いように感じさせない。
そんな能力は、新城の強みだった。

けれど、今回はどうもうまくいかなかった。相手が芸能人だから、というだけではない気がして、新城は自分でもよく分からなかった。

やがて、来た時とさほど変わらないヘアスタイルができあがったが、ソウタは特に何を言うでもなく、会計をして帰って行った。


「ねねね、サイン!サインもらった??」

一階のフロントでソウタのカルテを書いていた新城に、荒井が小走りで近寄ってきて聞いた。

「お客様にサインねだるのはまずいっすよ」

「そっか~そうだよね。でも、また来てくれるかなあ」

「もう来ないんじゃないっすか」

「えーー、なんで?新城、何か失礼なことしたの?」

「いや、特に…。でも、話も弾まなかったし、名刺渡すの忘れたし。たまたま近くに仕事とかで来ただけなんじゃないっすか」

「とても礼儀正しい方でしたよ。テレビみたいに大きな声でしゃべりまくる…っていうのとは、全然イメージ違いました」

レジカウンターにいた、フロントの入江が言った。
その時、二階から店長の坂本も降りてきた。

「すごいじゃーん!!今の『コウタソウタ』の『ソウタ』でしょ?!何でこんなところに来たんだろう?面白い話とか聞けた?」

「そんな、全然っすよ。人見知りって感じでしたよ」

「いつもなら新城、上手に仲良くなれるじゃん」

「いやあ、なんか、あまり話せなかったっす。なんでヨアケに来たのかも、よく分からなかったし…」

「ふーん。新城でも上手くいかないことあるんだ~」

荒井が言った。

「でもオーナーの知り合いなんでしょ?今度詳しく聞いてみよーっと」

「オーナーがつかまれば、の話ですよね」

フロントの入江が言ったので、みんなは「ほんとだよ~!」と、オーナーのドタキャンでかけられた迷惑の話で、ひとしきり盛り上がった。



***


新城の予想は外れ、ソウタはそれから新城を指名し、二、三週に一回くらい「ヨアケ」に来るようになった。
徐々に二人は、色々と話せるようになっていった。

芸人は普段はあまり喋らないし、面白い話なんてしない、という話もよく聞くが、ソウタは芸能界の話を面白おかしく語り、手の空いているスタッフや客まで、耳を傾けることもあった。
その様子に、もしかして無理してるのかも…と新城は思わないでもなかったが、そうする理由はよく分からなかった。

さすがプロで、あまり言わないほうがいいような裏側やゴシップには触れず、気さくな、優しい人柄なのがすぐにわかった。
小さな美容室の人々などは、あっという間に彼に魅了されてしまった。

新城はソウタが来店するのを楽しみにするようになったが、ただ一つ、気になることがあった。
新城が地元の話をしたときだった。

「僕の地元って、毎年市内の小学校五年生が全員集まって、体育大会する日があったんすよ。みんなそれぞれの学校で練習してきた同じダンスを、競技場の真ん中で踊るんすけど、人数が多いからすごい景色らしくて。
でも僕、その少し前に急に市外に引っ越すことになっちゃって…。運動しか取り柄がなかったから残念でした」

そんな他愛もない話をしたときだった。ソウタの表情が、少し曇った気がした。
新城は客のそういう変化を見逃さないところがあるので、何か地雷を踏んだかな…?と焦った。

「まあ、昔の話っすから。あ、ソウタさんは、どんな教科が好きでした?」

さりげなく話題をそらしてゆこうとしたとき、いつもと少し違う口調で、

「…新城さんは、えーと…どうして、引っ越されたんですか?」

と、ソウタが話を戻してきた。不思議に思いながらも、新城は答えた。

「ああ、両親が離婚して、母親の実家に住むことになったからっす。いろいろあったんで、むしろ引っ越せて良かったんですけどね」

「そ、そうだったんですか…あの、いろいろ、って…その…何が…?」

「え?えーと」

新城はどうしてそこまで聞くのか不思議に思ったので言いよどんだ。すると、コウタは慌てて言った。

「ああっ!すみません、突っ込んだこと聞いちゃって…失礼しました。答えなくていいですから!」

「いえいえ、全然…」

それからコウタは、昨日会った先輩芸人の面白エピソードを身振りを交えて話しだしたので、周りの客やスタッフは笑いに包まれた。
新城は一緒に笑いながらも、さっきの会話が気持ちの奥に引っかかっているのを感じていた。






『サスペンス小学生』こと「田中君」は、今日も地面を掘っていた。

「絶対にみつけてやるから…」

ブツブツとつぶやきながら、シャベルを動かす。

母親も、担任の先生も何度も理由を聞いたが、田中君は押し黙っていて一切何も答えなかった。
梅雨入り前くらいから掘っていたが、もうすぐ夏休みになろうとしていた。その頃にはもう誰も田中君には話しかけず、近くに来るだけでキャーキャー逃げるか、透明人間のように扱われていた。

夜の小学校に忍び込んでいるのを、先生も田中くんの母親も知らなかった。仕事が忙しく、母親は息子が部屋から抜け出していることにすら気付いていなかった。
父親はほとんど帰ってこない。田中君は一人っ子だった。


「はぁーっ、疲れた!」

しゃがんだ姿勢が限界になり、田中君は地面に寝転がった。
街灯であまりよく見えなかったが、薄くポツポツと星が瞬いているのが見えた。濡れた土と草の匂いがし、小さな虫の羽音が聞こえた。

田中君は一か月くらい前のことを思い出していた。

***

『おい、なんだその箱?』

児童館でよく会う六年生、松田が言った。
僕は小さな箱を抱え、近くを歩いていた。そこへ、松田が自転車で通りかかったのだった。

松田は大きくて強く、みんなに怖がられていた。そのくせ先生や大人たちの前ではいい子ぶっていて、勉強もできるので気に入られている。
まわりの子は松田とつるんではいたが、本当は嫌っているみたいだった。
悪いことをしても証拠を残さない、ズルくてイヤなヤツだった。

『見せてみろよ。なんか、いいもんでも入ってんのか?』

『え…ち、違うよ』

『そっか。ならよこせ』

『ダメだよ!』

『ほーら、やっぱりいいもんなんだろ。なにかうまいもんか?』

松田は素早く、箱をうばった。

『あっ!!ダメだよっ!!!返せ!!!』

『あ、そっか。ごめんなさぁ~い。じゃあ返すよ』

そう言うと松田は、返すようなふりをして箱を差し出してから、サッとひっこめた。

『返してよっ!!!』

僕はやせていて、松田よりだいぶ小さかったが、体当たりするようにつかみかかった。
けれども松田にとっては全然相手にならず、僕はすぐに突き飛ばされ、地面に転がった。
そしてその隙に、松田は箱のフタを開けようとした。


『なんだよこれ、開かないじゃん』

フタは、ガムテープでしっかりと閉じてあった。松田は開けるのをすぐにあきらめたが、僕が大事そうにしていたからだろう。返す気は無さそうだった。


『まあ、これは俺がもらっとくから』

『返せっ!返せっ!!』

僕は絶対にあきらめたくなかったから、ありったけの力を込めてつかみかかったが、その瞬間、松田のキックがスネにあたり、うっ、と言ったままうずくまってしまった。

松田は自転車のカゴに箱を乱暴に放り込んだ。ガゴッ!という大きな音がした。

『じゃあなー』

松田は楽しそうな調子で言うと、走り去ってしまった。
僕は立ち上がって必死で追いかけたが、自転車なので追いつけるはずもなく、疲れて道にうずくまった。
走っている時には気付かなかった膝の擦り傷が、心臓の音と同じリズムでズキズキ痛んだ。

ふだんの僕なら、もういいや、とここで諦めるところだったが、あの箱のことは絶対にあきらめられなかった。
取り戻すためなら何でもする、と誓い、一所懸命考えた。そして一度帰って、筆箱を持って児童館に行った。


(第2章 3話に続く)


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