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【#8】 連載小説 『 美容室「ヨアケ」、開店します。』 (第2章 「サスペンス小学生」第4話)
前回までの話はこちらです。
「ねえ…その箱ってもしかしてさ…水色の、花柄っぽい?」
村上は言った。
「えっ?!なんで知ってんの?!」
田中君が驚いて立ち上がった。
「僕…違うかもなんだけど…。違ったらごめんね。それ、松田君が持ってるの、見たかも…」
「えっ?えっ?!ど、どこで?!」
「ずいぶん前に、学校終わってから学童に残って校庭で遊んでたときにさ、松田君を見たんだよ」
「そ、それで?」
「自転車のカゴに箱みたいなの入れてて、それを持ってさ、裏の倉庫に入ってった」
「倉庫って…どれ?」
ちょうど二人のすぐそばに、倉庫がいくつか並んでいた。
「えっと…どれだったっけなぁ…。ごめん、思い出せないや…。あっ、でもすぐ出てきて、また自転車に乗って行っちゃったんだ」
田中君は走って倉庫が四つ並んでいる場所に向かった。
どれも大きく、人が中に入れるくらいのものだった。
「でも、松田君は地面に埋めたって言ってたんでしょ?だったら違うかも…」
「いや、アイツならそんなウソくらい、平気でつく」
田中君は言った。
一つ目の物置は今年から置かれたもので真新しく、引き戸を開けようとしてもカギが掛かっていて開かなかった。
二つ目、三つめも、カギがしっかり掛かっていた。
四つ目の物置はカギは取れて無くなっていた。だいぶ古いようであちこちへこんで錆びていて、もうあまり使われていないようだった。建付けが悪く、引き戸はひしゃげていて開かなかった。
新しい物置のカギを壊すわけにはいかないので、田中君はとりあえず四つ目の物置のドアをこじ開けようとした。
「うーーん!!」
渾身の力を込めて開けようと頑張っていたが、引き戸はびくともしなかった。
「手伝うよ!」
村上も引き戸に手を掛け、一緒に引いた。二人で頑張ったが、びくともしなかった。
「…開かない」
田中君が悔しそうに言った。
「ガタガタやったら開くかも!」
村上の家にも古い物置があり、いつも上下にガタガタ動かして開けているので、同じようにやってみることにした。
ガタガタガタ…ガタッ!!!
「少し開いたよ!」
「うわ!すげえ!」
今度は二人で一緒にやってみた。
ガタガタガタ…ガチャッ…ガタガタ……キイッ!ガラガラガラッ!!!
「開いたっ!!」
だいぶ派手な音がしたので、二人はハラハラしたが、誰かが来る様子はなかった。そういえば松田が来た時も、こんな派手な音がしたかもしれない、と、村上は思い出した。
田中君を先頭に物置にそっと入った。暗さに目が慣れてきた頃、とりあえず目につく場所から二人は探し始めた。
中はボロボロのマットや、古い壊れた体育用具などが置かれていて、ツンとカビ臭いにおいが鼻をついた。
床にはライン引きの石灰が、長年こぼれ続けたらしく厚く積もり、歩くたびに舞い上がった。
村上が段ボール箱にフタ代わりにかぶせられた布をめくると、意外なものが出てきた。
「あれ…?え?ゲームNだ!すげえ!なんで?」
中には、最新の携帯用ゲーム機「ゲームN」が隠されていた。大人気で生産が追い付かず高額で取引されていたので、まだほとんどの人が手に入れられないレアなものだった。
「きっと松田のだよ。あいつ、お父さんの力で海外から手に入れたって自慢してるのを、児童館で聞いたよ。こっそりここでサボって遊んでるんだろ」
箱の中には、ペットボトルのジュースやお菓子など、松田の私物とみられるものが色々と入っていて、目につかないように奥の棚の裏に隠されていた。田中君は汚い物にでも触るように布をつまみ、元のように被せた。
しばらく二人は無言で探した。そして田中君が棚の上の、裂けてベコベコになったサッカーボールをどかした時だった。
「あっ………!!!」
村上が振り向くと、田中君は水色の、花柄の箱を手にしていた。
「あった……」
「良かったね!田中君!!」
村上は大きな声で言ったが、すぐに黙ってしまった。
田中君は泣いていた。箱を抱え、その場にうずくまると、腕で口をおおい、声を殺して泣いていた。
村上はどうしていいか分からず、立ち尽くしていた。
それから二人で近くの河川敷に向い、ピピちゃんのお墓を作った。動物に掘り返されないように深く掘り、墓石代わりに近くにあった石を置いた。
村上は結局、最後まで何も言い出すことが出来なかった。
二人とも家に帰ったのは夜の十一時近かった。田中君はお母さんもたまたま残業だったので、ばれることはなかったが、村上は帰って来た音で出かけていたことに気づかれてしまい、こっぴどく叱られてしまった。
出かけていた理由は、どんなに聞かれても最後まで言わなかった。
次の日から田中くんは穴を掘ることはなくなったが、相変わらずみんなには避けられていた。
村上は何度も謝ろうとしたが、結局できないまま夏休みに入り、田中君はそのまま引っ越してしまった。
両親が離婚し、田中君は母の実家に行くことになったのだった。
母親の旧姓は「新城」だったので、夏休み明けの新しい学校では、「新城拓海」と名乗った。
新城がネットの記事を読んでからすぐに、ソウタの休業宣言のニュースが飛び込んできた。
あまりにも忙しすぎる日々が続き、メンタルをやられてしまったらしかった。
当然、「ヨアケ」にもずっと顔を出していなかった。
「ソウタさん、大丈夫でしょうかね…」
スタイリストの田辺麻衣が言った。
麻衣は最近、美容室内の試験に合格し、アシスタントから客の髪をカットできるスタイリストになった。
けれど人手が足りなく、顧客の少ない麻衣は先輩の補助に入るアシスタントの業務の方が忙しいくらいだった。スタッフ募集は常にしているが、小さな街の美容室ではなかなか集まらないのが現状だ。
新人が最近ようやく一人入り、アシスタントは二人になったが、それでもまだ足りなかった。
「まあ…。でもしっかり休めば、大丈夫なんじゃないかな」
新城は答えたが、相方の不在を埋めるように必死にテレビに出まくるコウタを見かけるたびに、胸が痛んだ。
そんなある日。新城にソウタからのラインが届いた。
ソウタの休業から半年くらい経った頃、新城はハガキを使ってDMを送ってみよう、と思いついた。連絡先を知らないので、ダメ元で所属事務所に送ってみることにしたのだ。
新城はDMに自分のラインのQRコードを印刷しておいたのだった。
《新城さん、ハガキ受け取りました。嬉しかったです。ありがとうございます。
お言葉に甘えて開店前に伺わせて頂きます。○月○日の木曜日朝八時半、カットをお願いしても良いですか?》
新城は嬉しくて、すぐに返信した。
《DMを読んで下さり、ありがとうございました。懐かしい話もしたいです。楽しみにお待ちしております。》
新城はしばらく迷ってから、《懐かしい話もしたいです》という部分を削除し、送信した。
***
客やスタイリストの都合で開店前に店を開けるのは、申告すれば許されている。新人アシスタントが手伝いを申し出てくれたが、新城は一人でできるから、と断った。
当日。八時半ぴったりにソウタが来店した。
髪はだいぶ伸び少しやせていたが、思ったより元気そうで、新城はホッとした。
「お久しぶりです!いらっしゃいませ!」
「ああ、申し訳ありませんでした…ご心配をおかけして…」
二人は当たり障りのない会話をしていたが、明らかにぎこちなかった。
シャンプーが終わり、新城は自分が座る椅子を持って来た。背の高いスタイリストが使うことが多い、丸い回転椅子だ。
そこに座ると、鏡の中のソウタと目が合った。
新城は思い切って言った。
「あの…この間、ネットのインタビュー記事をみて気付いたんですけど…。
ソウタさんってもしかして、村上君ですか?僕、あの、覚えてますか?田中です、五年のときの。田中拓海です」
「…はい、お、覚えてます。村上です。村上聡太です」
「ずっと気付かなくて…すみませんでした。五年生のとき坊主でしたよね。だからソウタさんが坊主にしてやっと、あのときの…って思い出して。クラスのやつらとは連絡とってなくて、分からなくて…」
「僕の方こそ、…ほ、本当は知ってて…だけどずっと言い出せなくて…自分からは言ってはいけないことになってたし…」
「…言ってはいけないって?」
新城が聞き返した時だった。ソウタの膝のあたりに重ねた手の甲に、涙がぽたっと落ちた。
「えっ?えっ?!どうしました?!大丈夫ですか?」
新城はおろおろしていたが、近くの棚にあったタオルを持ってきて、ソウタに手渡した。
「ありがとうございます…」
ソウタはタオルに顔をうずめた。
新城はどうして良いのか分からなかったが、とにかくソウタが自分から話し出すまで待とう、と思った。
開店前でまだBGMは流していなかったので、店内は静まり返っていた。
やがてソウタが話し出した。
「い、いきなりすみません…驚きましたよね。僕、今日は言いたいことがあって来ました。
実はずっと後悔してて…あの夜のことって……お、覚えてますか?学校の倉庫で…」
「ああ…。箱、一緒に見つけてくれた夜、ですよね。もちろんよく覚えてます。一緒に河原に行ってお墓も作ってくれて。
村上君のおかげで箱がみつかって…それなのにちゃんとお礼もできないまま引っ越してしまって…。あ、でも後悔って?一体な…」
「ほ、本当は…」
ソウタは新城が話し終わらないうちに、被せるように言った。
「あの夜、僕…ほんとは田中君に、あ、謝りに行ったんです。
夜の学校で田中君が地面を掘ってるの見かけて言いふらしたの、ぼ、僕なんです。僕がみんなに言わなければ、た、田中君があんな目にあうことなんて無かったはずです。
くだらないあだ名を最初につけたのも、僕なんです」
「………」
「でも、言えなかった。い、一緒に探して、お墓作って、まるで親切な人みたいにして。でも、本当は違う」
テレビで見る『コウタソウタ』の『ソウタ』でも、以前ヨアケに来ていた、みんなを前に陽気に話すソウタでもなく、小学生の「村上聡太」が、そこにいた。
「…今更言われても、って思うでしょ。でも、謝りたくてずっと…本当に、ごめんなさい」
新城は五年生の時のことを思い出していた。
みんなにからかわれ、無視されていた日々。
新城は何も答えなかった。
「本当に………遅すぎるけど…」
ソウタは声を震わせた。
新城は無言でしばらくそのまま固まっていたが、やがてソウタの髪をとかすと、カットを始めた。
芸人を休業中で無造作に伸び切った髪が、みるみるうちに整ってゆく。
「そ、それから…」
ソウタが沈黙を破った。
「謝りたいっていうのは、じ、自己満足だってことも、分かってます。僕がただ、自分のためにすっきりしたいだけなんだ。ここに来たのだって、本当はそのためだった。田中君に、い、嫌な記憶を思い出させてまで…僕は…」
新城は何も答えなかった。
静かな美容室に、ソウタが時折鼻をすする音と、ハサミの音だけが響いていた。
やがて、カットは終わった。
新城は腰に着けていた革のシザーケースを外し、ワゴンにそっと置くと、静かに話し出した。
「ソウタさん…、いや、村上君の話したこと、正直驚きました。
僕、いまカットしながらあの時のことを思い出してました。
スゲー、辛かったっす。今でも時々、考えちゃうときもあります」
「…ぼ、僕のせいで、よ、余計に思い出させちゃって…」
ソウタが言った。
新城は少し考えるように黙りこんだ。
そして立ち上がると、ソウタのカットクロスに手を掛けて外し、バサバサと振り、切った髪の毛を落としてからもう一度着せた。
それからホウキとチリトリを持ってきて、下に落ちた髪の毛を丁寧に掃いて片付けた。
そしてソウタの後ろに立ち、鏡越しに目を合わせてから言った。
「村上くん、あの夜から少し経ったときに、僕に話しかけてきたの、覚えてますか?」
「え…?いえ…僕は何も…すみません、覚えてなくて…」
「村上君は、消しゴム貸して、って、言ってきたんです」
「え?消しゴム?なんでまたそんなこと…」
「他にも、次の授業にはこれが必要だって、とか、鉛筆落ちたよ、とか…。いつもひとこと言うと、すぐ逃げるようにいなくなっちゃって。ただ、それだけなんすけど」
「………」
「授業とかで好きなメンバーでグループ分けすることありますよね。一人の方が良いようなフリしてたけど、誰も僕と組みたがらないのが、本当は辛くて、めちゃくちゃ恥ずかしくて。
でもそういう時、村上くんがいつの間にか近くにいて。先生が、じゃあお前ら組め、ってなって正直ホッとしてました」
「……でも僕は、みんなに何も言えなくて…知らんぷりして、謝ることだって…」
「思い返してみると村上君のことは一番覚えてました。他のヤツらはもう、顔も思い出せません。正直、どうでもいいです」
「………」
「あだ名をつけられたりみんなに避けられてキツかったことも、あの夜、一緒に箱を探してくれたことも覚えています。
村上君がクラスで色々理由を見つけて、話しかけてくれてたことも思い出しました。
本当は人見知りで、美容室では黙っていたいのに明るくしてくれてたことも知ってます」
「………」
「ラインくれたとき、すげぇ嬉しかったです」
「………」
「これが今、僕が感じてることです。それが事実で、全てです」
新城がそう言ったとき、一階の入り口のドアがチリンと鳴った。
「おっはよーございまーぅす!!」
出勤してきた新人アシスタント、吉祥寺大の声だった。
吉祥寺はトットットットッ…と軽快に階段を駆け上がってきた。そしてソウタを見るなり、
「うわっ、ソウタ…?!」
と、言って、驚いた姿勢で小動物のように固まった。
「おい、失礼だぞ、お客様を呼び捨てにして…!!」
新城が慌てて言った。吉祥寺は入店したばかりで初めてソウタに会ったのだった。
「いえ、全然気になさらずに」
ソウタが笑顔で言った。
「すげぇ!!噂には聞いてたんですけど…!ファンです〜嬉しい!」
「うわっ!ほんと失礼だぞ。…申し訳ありません!」
新城が謝ると、ソウタは、
「いえ、全然大丈夫です。ありがとう!もうすぐ復帰するから、そしたら単独ライブもするし、来て下さいね」
と言った。
「ソウタさん、復帰するんすか?」
新城が言った。
「はい、体調だいぶ良くなって、医者の許可も降りたので…」
「俺、ライブ行きます!ぜぇーったいに!頑張って下さいね!荷物置いてきまぁーす」
吉祥寺はバタバタと休憩室に入って行った。
「申し訳ありません…まだ教育中でして礼儀が…」
「いえ…大丈夫です。………嬉しかったです」
ソウタが言った。
仕上げのブローをしている間に、他のスタッフも出勤してきてた。みんな、久々に来店したソウタに大喜びしていた。
ソウタも前のように調子の良いしゃべりで対応していた。
全てが終わり、新城が店の前まで見送りに出たとき、ソウタが言った。
「今日は…あの…色々と、本当に失礼しました。…ありがとうございました」
小さな声だった。
「いえ…」
「じゃあ、失礼します」
ソウタは駅に向かって歩きだした。
帰ってゆく背中を見送っていると、ソウタがふいに立ち止まり、建物の細い隙間を覗き込んでいるのが見えた。
そしてしゃがむと、その前に小さなシルバーグレーの影が見えた。
「あれは?…ああ、あのときの猫?」
以前、ヨアケにいきなり入ってきて、ソウタの頭をトントンと突っついた猫だった。新城は猫に何やら話しかけている、ソウタの丸まった背中をしばらく眺めていた。
けれど、このままでは何だか落ち着かない気がして、小走りでソウタのところへ向かった。
「あの…ソウタさん!」
「あ?!あれ、新城さん、なにかありましたか?」
「あの…えっと、単独ライブって…」
「えっ」
「もし良かったら、行きたいなって思って…」
新城が言った。
「え…あ…、はい!もちろん!ぜひ!!チケット送ります!」
「いえ、自分で買いますから、日にちを知りたくて…」
「田中くんにはぜひ来てほしいから、送らせて下さい。それから、あの…オーナーさんに、お礼をお伝え下さい」
「お礼、って、何を…?」
新城は聞いたがソウタはそれには答えず、丁寧にお辞儀をして帰って行った。
猫はいつの間にか、いなくなっていた。
明け方まで降っていた雨で通りは濡れ、店前に敷き詰められたタイルの色が濃くなっていた。ちょうど雲が抜け、雨上がりでいつもより澄んだ青空が顔を出した。
「新城ーっ!朝礼やるよー」
店の中から、店長の坂本の声が聞こえた。
「はい、今行きまーす!」
新城は答えると、雨の匂いの残る湿った空気を吸い込んでから、店の中に戻って行った。
(第3章に続く)
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