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「作ればいいを実行するー達磨ー」

時を遡る事十二年前―

私は猛烈に自分の達磨が欲しくなった。赤くて丸くて顔が好みで倒れても倒れてもむくりと起き上がる子が断然欲しくなった。正確に云えば達磨さんである。そういえばずっと欲しかったんだと漠然と思い出したのかも知れなかった。早速探しに行こうじゃないかと決意して、方々店を回って歩いた。と云って、達磨ってどこにあるんだろうと思いながら、出先で色んな店に立ち寄っては出会いを求めて首動かすのだが、あったと思っても、コレジャナイと思う顔ばかりで、心が一向に燥がないのだ。私はおかしいな、こんな筈じゃ無かったんだけれどと思った。もっと単純に見つかると思い込んでいたから、あんまり時を使って、そろそろ待てなくなってしまった。そして、結局決心した。

「そうだ、作ろう。」

箸置きみたいに作ればいいやと思った。自分で好きな顔描けば訳はない。うん、出来るだろう。と単純に考えて、早速達磨さんの芯にする重たい石粉粘土と、外側に使う軽い紙粘土を多めに購入し、学生時代からの付き合いのアクリルガッシュと水入れ机に並べて、意気揚々と工作開始した。

青空の広がる晴れの日。先ずは重心になる重たい石粉粘土の塊を一つ作った。唯の丸い物体。それを日向で時々転がして、満遍なく乾くようにする。中心迄乾かさなければいけないだろうと思い、焦らずじっくり乾かす。これが無いと、達磨さん転がりっぱなしで、何だか縁起も良くない。何度転んでもむくりと起き上がってくれなければ困る。日向の白い丸の塊見詰めながら、乾け乾けと思い続ける手持ち無沙汰な私であった。

一週間乾かした。もういいだろうと手の中で弄んでみる。ずしりと重たくていい感じである。真ん中が乾いているのかさっぱり分からないが、せっかちでそれ以上待てない方の私が「もうういいよ、続き作ろうぜ」と主張する。私はその案に乗じて軽い紙粘土の封を切った。愈々達磨さんの肉付けである。本物の達磨さんの作り方は知らぬ。だが完成形は頭の中にあるので、そこに向かって紙粘土を付けて行くだけであった。千切って貼ると良くない気がして、あの塊を、出来る限りそのまま重い球体へ貼り付けた。球体は直ぐに覆われて、あっという間に姿隠した。もう一生お目に掛かる事はない球体。さよならと思った瞬間惜しい気がした。どうでも良いのに惜しい気がした。紙粘土は裂けた様な表面が不様であった。それは私が思い描く達磨さんの表面では無い。もっと艶々にしなければならんと私は思った。小さな両の手をふんだんに使って、ひたすら表面の艶出し作業に精を出す。ただ、紙粘土は乾くと共に固まっていく粘土であるから、私は時間とも同時に戦う必要が在る。焦っては上手くいかないけれど、急がねば不格好な達磨さんを受け入れる羽目に陥る。一生ものの積りで作る自分としては、それだけは避けたいと、懸命に手を動かした。そして遂に凡そのフォルムが仕上がった。丸みのある良き形。程よく緩いカーブを描く背中周りに納得して、いよいよ顔に取り掛かる。

顔は最後に絵筆で描くため、ここではその基礎となる形だけを仕上げる必要が在る。好みの顔と思いながら、その実達磨の顔の好みなど考えた事無かったので、ここだけはスケッチブックにデザインを描いていた。それを基に残りの紙粘土を使って立体的に目元やら鼻筋を仕上げていった。これで遂に全体が出来上がった。世にも珍しい真っ白の達磨さんの誕生である。中々思い通りに事が運んで、私は一人にやにやした。

天気の良い日を狙っては乾かして、角度を変えてまた乾かすと云う日々が続いた。どの位経っただろうか。全体がすっかり乾いたと思えてから、私は最後の工程へと入る。

色塗りである。先ず大事なのは、「赤色」である。どんな赤色の達磨さんにしたいのか、これは重要な所であった。朱色に近いのか、鮮やかな、クリスマスに見るような赤に近いのか。そして、あまり絵の具を混ぜて作ると、万が一絵の具が足りなくなった時、自分には同じ色を創り出す技術も自信も無い。結局、絵の具のラインナップにある朱色に近い赤を混ぜ物無しで塗りつける事に決めた。色塗りはとても楽しかった。記事のトップに使用している写真が、達磨さんの本体を塗りつけた直後の写真である。アイスの棒は、この手の工作に欠かせない存在で、箸置き作りの時も乾燥時に利用するのだが、この時もアイスの棒の上へ達磨さんを横にしたり、縦にしたりうつ伏せにして世話を焼いた。と云って自分は動かす途中に指紋を付けない様に注意しただけで、後は陽射しがやってくれた。赤色が完全に乾いたら、愈々顔を描く段となる。

墨のような真黒で、思い描く達磨さんの顔を、思い切りよく描いて見せようぞ。売り場の達磨さんは片目しか入れない物だけれど、自分は完成時から成就させていく方針で、両目をしっかりと描く。スケッチした顔をその通り描いてみて、少し物足りない気がした。見詰め合って、更に描き足す。段々迫力が出て来た。とうとう仕上げて、その顔とくと拝見した時、果たしてこの顔が自分が探し求めた達磨さんの顔だかどうだか、正直に言って、よく分からなかった。けれども愛嬌はあると思った。黒目が大き過ぎるのかも知れなかったけれど、手直しする気にはなれなくて、既にこれが自分の達磨さんだとも思っているのだった。最後に底へ、作成年と自分の名前を書いた。

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又外へ連れ出して、乾かした。工作に都合の良い季節であったので、絵の具はあっという間に乾いた。それからニスを振りかけて、向きを変え、又ニスを何度か繰り返すうち、達磨さんは艶のある子に仕上がっていった。

遂に念願の達磨さんが完成した。私は出来立てのほやほやを胸に抱き、早速母親へお披露目して見せた。案の定初めから両目が入っているのかと聞かれたので、私はそうだと半ば誇らしげに頷いた。「この達磨さんは初めから願いを成就させているからね」と説明すると、母は成程と納得してくれた。

「今日からわが家を守る一員になります」

 私は浴衣の生地の余りで座布団を作って達磨さんを自室に置いた。それからずっと、達磨さんは今もわが家を見守る一員である。昨年から居間に場所を移して、今日もどしりと尻を据え、家族をじっと見守っている。何度転んでも、必ずむくりと起き上がる、素敵な達磨さんなのである。


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