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「KIGEN」第二十回



 ガレージとばかり思っていた建物へ足を踏み入れて、中身の全く違ったことにまず驚かされた。

「中には精密機械もあるので、手を触れないよう気を付けて下さい」

 作業台の一角へ四人が座るスペースを作る奏が淡々と述べる。入り口付近で棒立ちのままの矢留世と三河は、研究所へ圧倒されながらもしかと頷く。

「てっきり車とか自転車を置いてると思ってたんだけど、ここは―」

「僕の研究所です」

 誇らしげに、照れ臭そうに、誤魔化しきれない嬉しさの滲んだ顔を覗かせていた。パソコンはじめメンテナンス機材や工具などが雑然と載った作業台の周りへ集うと、矢留世は懐から名刺入れを取り出した。胸ポケットへ仕舞い込んでいた身分証も提示する。

「挨拶が遅れてすみませんでした」

 ようやく名前と所属を名乗り、三河もその後へ続いて、二人分の名刺を慣れない手つきで受け取った奏は、聞き慣れない部署を眺め見て、巨大組織の規模の大きさに改めて感心した。

「粗茶も真っ当なお茶も特に出て来ませんが、早速本題に入りましょうか」

 いちごうが気を利かしたつもりの挨拶で議題の進行を促すと、矢留世は何故自分たちが古都吹家を訪問するに至ったかを、ここで丁寧を尽くさずに一体いつ尽くすのかとばかりに、順を追って話し出した。出発点が近所のマンションへ落ちた隕石である事に早々驚かされた奏だが、口を挟まず耳を傾けた。

「この家の前を通りがかった時、この研究所の、と云ってもその時はまだガレージだと思い込んでいたんだけど、細く開けられたあの窓が視界に入ったんだ」

 矢留世が視線を運ばせて一同の顔を誘導する。行き着く先にはあの窓がある。そしてあの網戸が見える。

「一見すると民家の網戸が住人の手で直されているだけ。けれど、真新しい修復の後が、僕は引っかかった。タイミングとしか説明できないけど、範囲を相当絞って来た中で見つけた物だから、どうしても気になったんだ」

 言い終えない内に矢留世は立ち上がって窓の方へ歩み寄る。塞がれた網戸を間近に眺めて、指を差し、線を描くように落下物の行き着く先を追う。体をくるり回して指先が指し示したのは、今まさに一同の傍にある作業台。その動線予想は、過日奏と渉が描いたものとそっくり同じだった。

「実は、僕も父と二人して、たった今あなたが描いた線と同じ予想を立てました」

「やっぱり!君もそう考えたんだね!」

 興奮した矢留世はつかつかと奏の前へやって来るなり勢いよく頭を下げた。

「お願いだ、僕に隕石を探させて欲しい。どんなに小さなものだっていい、どうしても見つけたいんだ」

 落ち着いて話を聞き、その人柄の真正直なのも、自分の夢の為、ひいては人類の未来の為に愚直に与えられたミッションに取り組んでいることも伝わって来た。思い入れが強過ぎて少し度を越してしまったみたいだが、誰だって欲や誘惑に負けることがあれば、魔が差す時もある。その規模や程度に関わらず、多くの人間が体験するだろうにこの世が犯罪者ばかりに染まらないでいられるのは、道を踏み外しそうになる人間の周囲に、理性を保つ人間、先回りして阻止する人間、知恵が働き、気を利かす人間が居るからだ。その立場は場面次第で逆転もする。そうやって許し合うのが現代社会、人間社会なのである。だから奏は矢留世を恨んでいない。話を聞いて親しみさえ抱いた。だが、奏の答えはノーだった。

「何も見つからないと思います」

「そんなこと言わずに、頼むよ。僕にチャンスをくれないか。一度きりで良い、今だけ、君の監視下で構わないから、探させて下さい」

 食い下がる悲壮な表情の矢留世に、奏も悲し気に眉を寄せた。

「隕石を渡すのが惜しくて言ってるんじゃないんです。僕は隕石については素人ですから、詳しい事は分かりません。仮にここへ隕石が落ちて来たとして、この研究所内に、まだ破片くらいのものがあるのか無いのか、判断できません。だけどおそらく、あなたの期待するようなものは見つかり様がないんです」

「――やっぱり」

「え」

「そこに、居たんだね」


 希望は繋がっている。一筋の光を伴って。それは人類にとり聖なる光となり得るか、はたまた混沌とした日常への階なのか、誰にもまだ分からない。矢留世の瞳は真っ直ぐいちごうを見詰めた。

「いちごう君が」

「はい。もしも隕石があの網戸を破って研究所へ落ちたのなら、当時作業台にはいちごうが横たわっていました。つまり、隕石はいちごうの内部にある。と云う事になるだろうと思います」

「貫通した、と云う事は?」

「当時から現在に至るまで、いちごうにそんな損傷はありません。それに研究所内を探しましたが、見つからないんです」

 矢留世はこれまでの奏といちごうの言動を頭の中で整頓した。

「奏君、一つ確認だよ。最初に訪問した時、いちごう君のことは国のプロジェクトだって聞いたけど、実際はどうなの?もしもそれが本当なら、我々は勝手に口出せない」

「それは・・すみません」

 いちごうの存在を誤魔化す為の咄嗟とっさの嘘を、奏は謝罪した。国はおろか、自分以外にいちごう製作にかかわったものは、助手を務めた父渉のみであることを打ち明けた。

「じゃあ安心して首を突っ込めるんだ、良かった」

 矢留世はそう言うと室内を見回した。

「こうなるとやっぱりサンプルが欲しいな。いちごう君の中に取り込まれた隕石の詳細が知りたいんだ。どんなに小さな欠片だっていい、持ち帰りさえすれば微量でも解析が可能だから―奏くん、ここの床って掃除は頻繁?掃除機とかかけるのかな」


第二十一回に続くー


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ようこそいち書房へ。長編小説はお手元へとって御自分のペースでお読み頂きたく思います。

「AI×隕石×大相撲」 三つの歯車が噛み合ったとき、世界に新しい風が吹きました。 それは一つの命だったのか。それとももっと他に、相応しいも…

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