「KIGEN」第七回
二章 「夢の欠片」
どいつもこいつも立派にマスコミ気取りじゃないか。
誰かの立ち上げた特設サイトへ次々と寄せられる情報を斜め読みしながら、三河は低音の響く溜め息を地面へ落とした。隣では同じサイトを閲覧しながら感心の唸り声を発している。
「どの位信憑性があるのか怪しいもんだな。殆ど各自の憶測含んだ言いたい放題じゃないか」
「ほんとですねえ、でも中々穿った意見もありますし、こういう場所にこそ真実が埋もれているものですから、地道に探しましょう」
「ああ目が痛い、俺は足で稼ぐ方が性に合ってるよ」
「あはは、まるで刑事さんですね」
矢留世は少し長めの前髪を揺らしながら目尻を崩して笑った。そうすると顔にはまだ若さが十分滲み出る。お揃いの地球色した作業着、胸にはJAXAe-syの刺繍入り。を羽織った二人は、小さな会議室の簡易テーブルの一つを占領して、パイプ椅子へ並んで座り、先程からスマホの画面へ目線を走らせていた。
全日本宇宙航空研究開発機構・生態系観察部。その名の頭文字と生態系のecosystemから抜粋した文字を組み合わせて「JAXAe-sy」と呼ばれている。は、本部から現地へ人を派遣して、先頃都心へ落ちたとされる隕石の情報集めに奔走していた。今度の隕石落下事件で担当責任者を仰せつかった主任の矢留世と、相棒に抜擢された、と言うよりその実御目付け役として派遣された課長の三河である。本来ならば矢留世の部下を一緒に派遣する処であるが、一報を受けて現地へ出向く事になった日、生憎別のチームへ応援派遣中でみんな出払っていた。元々JAXA民営化の際に記念のように誕生した小さな部署で人員は少なく、取り敢えずでも三河が動かざるを得なかったのだが、一度きりのつもりでいたものが、矢留世の経験が浅いからという理由でそのまま二人で担当する事に決まってしまった。
回収済みの最初の石は、即時成分分析に回されて、本物の隕石だと確認済みである。マスコミ向けの正式発表を前に一部メディアに情報が流れてしまい、やや出鼻を挫かれた感は否めなかったものの、世間でもそれなりに盛り上がり、それなりに続報が待たれている。
「残りの隕石を一つでも多く発見されることが望ましい」
これが本部からチームへ課されたミッションだ。或る程度のサイズで、試料としても申し分ない隕石の更なる回収。もちろん、試料は多ければ多い程今後の研究に役立つ事は理解できる。だがこれほどスピーディーにチームが発足された反面、ミッションが妙に大雑把なのが、三河には少なからず不可解だった。何か他に理由があるのではないか。そう訝しんでみるものの、確信に至る程のものを思い付かないでいる。突拍子も無い夢物語でよければ、本部は今度の隕石に関して、或る重要な可能性を未発表のまま厳重に口を閉ざしている。なんて考えが浮かんだ事もあるのだが。
三河が考え付いたものの中で一番現実的と思ったのは、現在別のチームで進行中の、宇宙の小惑星物質解析結果との比較対象という役目を負う事だ。昨年末、打ち上げから六年の歳月を経て、小惑星探査機すずめが無事地球に帰還した。これが地球環境に一切触れていない、純然たる小惑星の砂を持ち帰る事に成功している。早速に採集物の分析、研究などが着々と進められており、世界からも国民からの関心も高く、その成果に期待を寄せられている。謂わば現時点におけるJAXA本部の花形といえ、実際このチームの今後の宇宙開発に関わる貢献度合いは相当なものである。
結果的に隕石が落ちた事は事実だったが、その欠片が幾つ集まるか、それでどれ程の情報が得られるか未知数なこちらの隕石チームとは、期待されるものも関心の目にも雲泥の差がある。その上チームの肩書を頂戴してはいるが人員は何故か二人きりのままだ。不貞腐れているわけではないが、人手不足な上に大した成果を求められてもいない気がして、組織の中でも一際個性的な部にお鉢が回って来たのだろうと三河は思っていた。それで何となくいつまでも気乗りしないのだが、責任者に抜擢された若き主任は任命当初から張り切り通しだ。事が起きたのは一週間ほど前だが、以来ずっと調査員として熱心に活動している。
「やっぱり一個目の隕石発見の情報と前後して、火球の目撃情報とか、それらしい物体の発見報告とかが相次いでますね」
彼等が閲覧中のものは、所謂まとめサイトと呼ばれるものだ。今度の火球騒動と隕石落下は結果的に同じ事案と判明する以前から、過去の状況を鑑みて同一と判断した運営責任者が立ち上げた。この界隈では宇宙マニアとして名の知れた管理人らしく、立ち上げと同時に書き込みと閲覧数は伸びている。寄せられる情報は玉石混交ではあるものの、悪質なもの、明らかに無関係のサイトへ誘導する目的のリンクを貼ったもの等は管理人が即削除して対応しているようで、そういう点でも一定の評価を得ているらしい。このサイトを見つけて念の為情報収集してみましょうと言い出したのは矢留世だ。
三河ははじめ、そんなサイトまで探って残りの欠片を探す必要があるだろうかと疑問を呈した。だが矢留世は譲らなかった。
第八回に続くー
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長編小説「KIGEN」
「AI×隕石×大相撲」 三つの歯車が噛み合ったとき、世界に新しい風が吹きました。 それは一つの命だったのか。それとももっと他に、相応しいも…
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