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「KIGEN」第二十一回


 奏は首を振った。掃除に時間を割く分も研究していたいのが本音で、また指で摘まむのも苦労するような極小部品を落としている可能性を考えると、掃除機は好ましくなかった。

「本当はいつだってクリーンな状態である方が望ましいだろうけど、僕がサボるから、こうなるんです」

 雑然とした空気の漂う周囲を見渡して、若き研究者は苦笑いを浮かべた。

「だけど今回は好都合だよ。僕なら見つけられるかも知れない、あの網戸を突き破った時、更に砕けた可能性のある隕石をね」

 自信ありげな矢留世の表情が、やけに頼もしく映る。奏が感心する間に矢留世は早速行動を開始した。三河と段取りを確認して捜索範囲を決めると、二人して地面へ這いつくばり手当たり次第に虫眼鏡を当てていく。

「あの、僕も手伝っていいですか」

「私も参加します」


 奏といちごうも加わって、執念の石探しは続く。僅かでも望みの在りそうなものはこうして全て収集された。四人が集めた物を矢留世がまとめて密閉容器へ収め、本部へ持ち帰る。

「今日中に早速調査を始めるよ。もしも隕石が見つかればすぐに分析に回す。詳細が分かり次第知らせるから」

 今にも立ち去りそうな矢留世を奏があの、と言って引き留めた。

「ん?」

「えと・・いちごうのこと、この一件で本部に・・JAXAに報告されてしまうんですか」

 AI機能が世に溢れているとはいえ、いちごうには形がある。それもかなり人に近い容姿を持ち、単なる作業ロボットでもなければ、時に意志さえ発揮して発言する能力を持った特異なAIロボットと云える。その存在が奏の認識できない範囲にまで及ぶと、思わぬ弊害を生む可能性があった。技術面でいえば特許の問題などがそれである。

「今の所、僕から積極的にいちごう君のことを報告する必要は無いと考えてる。僕等の任務は隕石の欠片と情報を探す事だし、未だ何もかも僕等の憶測の域を出ない。報告できるような確かな証拠はないんだから」

 だけどね、と矢留世は続ける。

「この調査はきっと、後々いちごう君と奏くんを助けると思うんだ。いちごう君、どうやら時々体調不良のようだから」

 先日突然シャットダウンしたいちごうを、矢留世は忘れていなかった。

「僕はAIに関しては専門外なんだけど、JAXAは三年前から人工知能システムの自律性向上を実現する基盤技術の研究開発を本格的に進めているんだ。宇宙事業にも、人工知能の活用はこれから益々必要とされてくるからね。これまでの研究成果を基に、安全と信用性を損なわないレベルの人工知能の活用を目指している。そこには君の様にAIの知識が豊富な専門職の人間もいる。宇宙開発の為の研究だから、君と志を等しくしているとは限らないだろうけど、役に立てるものが在ると思うんだ。人工知能、隕石、ロボット開発、全てのデータが揃って、報告上げる程の関わりが在ると判明すれば、そこで初めて書類でもまとめる事にするよ。勿論その時は誰よりも先に奏くんに相談する。君たちに不都合なことはしたくないんだ。ねえ三河さん」

「俺はチームリーダーの意向に従うだけだ」

 不安を溜めた少年の瞳に大人たちの瞳が語る。
(これでどうかな、少しだけ、信用してくれるかな。)

 と。奏はいちごうを見た。いちごうは最初から製作者の意志に寄り添う準備が出来ている。だから力強く頷いた。奏もようやく決心がついた。

「分かりました。よろしくお願いします」


 矢留世は数日で研究所へ、息を弾ませて戻って来た。彼が息を弾ませる位だから三河などは脇腹を押さえて苦しそうである。

「あったよ!隕石だっ」

 先行き不透明だった明日へ、か細くても確かな道が見え始めた瞬間だった。一頻り燥いだ矢留世は、研究所の人員が一人多い事に遅れて気が付いた。目が合って、はじめましてと右手を差し出したのは、渉であった。休日にはリビングのソファで新聞を広げて寛いでいそうな、いかにも奇抜さのない、肩肘張らないで済みそうな渉の雰囲気に、矢留世は実家の父親を思った。自然と笑みが零れて、両手でがっちり掴んで握手を交わした。

 奏、いちごう、渉、矢留世、三河の五人は、待ち切れない様子で各々椅子になりそうなものを引っ張ってきて作業台の傍へ腰を落ち着け、すぐさま本題に入った。進行役は書類を持参した矢留世が担った。

 隕石の分析に長けたしかるべき機関で調査解析を行った処、持ち帰った数多の欠片だの石ころだのの中で、一粒だけ隕石と思しき物質が見つかった。その一粒を更に分析して地球上での汚染を取り除いたところ、宇宙にしか存在しない成分が含まれている事が確認され、隕石であるとの確定に至った。

「この結果を踏まえて、過日あの網戸を突き破ってこの研究所へ落下して来たのは隕石であったと断定して、間違いではないと思います」

 同意の意味を込めて一同は軽く頷いた。

「そして分析した隕石のサイズ、形状からして、網戸を突き破った隕石はもう少し大きなものであったと考えられます。ここから重要なのは、それがいちごう君の内部へ実際に取り込まれたのか、と云う事でよろしいですか」

 一同はまた頷く。渦中のいちごうの表情は硬く、選挙で惨敗した党首より厳しい。

「ここで重要視すべきなのが、いちごう君の突然のシャットダウンです。これは僕の仮説に過ぎませんから、もしも事実と異なる点や、修正点があれば教えて下さい」

 矢留世はそう前置きすると、この数日で考え抜いた持論を展開した。


第二十二回に続くー



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ようこそいち書房へ。長編小説はお手元へとって御自分のペースでお読み頂きたく思います。

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