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「KIGEN」第三十三回


 国はいちごうの中学校在籍を特例として認めると通知して来た。学習面についてはオンラインでの授業参加のみ認める。更には、三年分の履修科目を二年で追い着きやり遂げれば、中学卒業資格を他の学生と等しく与えるというものだった。

「しかしその後が気に食わんな」

 三河が眉を顰めた。回答書の後半部分には、いちごうの管理の在り方を問う記述があり、人といちごう双方にとっての危険性を並べた上で、暗に介入を匂わせてきた。どうやらこちらが本題らしく思われる。

「セキュリティソフトの盤石さと対策の万全、これまでの実績を丁寧に述べて、ここは穏便に辞退した方が得策ではありませんか。たとえ今後国の介入の必要が生じるにしても、現時点では尚早と思います」

 いかがですか、と語りかけたのは犬飼教授で、教授の白髪の方が勝る短髪といい、落ち着いた声音といい、海原の凪を思わせる目元と頬にほだされて、荒ぶる波はみるみる鎮められた。

 国側の担当へ手早く届けた文面には、在籍許可への丁重なる礼と、打ち合わせ通り介入必要なしの旨が穏やかにきっぱりと綴られた。

「ありがとうございました。これで私は奏と同じ、正真正銘中学生になれます」

「ごめんね、学校へ通わせてあげられなくて」

「いいえ矢留世さん、私は必ずオンライン学習で中学の課程を修了し、義務教育卒業資格を有する者になります。御尽力に心から感謝申し上げます」


 いちごうは変わらず古都吹家で暮らした。奏の傍に居て、奏と共に成長する事を生き甲斐に、日々を自由に、活発に暮らした。いちごうはこのまま人間同様の心身の発達を遂げるのか。或いは人類さえ凌駕するのか。奏の研究所にはモニターを増やし、矢留世ら研究チームとの連絡手段を整えて、二拠点を軸に、二十四時間態勢で経過を観察した。いちごうの存在は社会へ確実に広まりつつあって、この先どんな奇襲を受けるとも限らない。力負けは想像しにくいにしろ、この世における狡猾さで云えば、人は容易にAIを上回る。安全確保は最優先とされた。

 外出も制限なく行ういちごうだが、在籍の許可を得たとはいえ、中学の同級生らはその存在を知らされていない。あらゆる不自然さをカバーして生徒たちを納得させる手間を省いた結果だが、このままいくと、卒業文集へ一緒に収まる事も無さそうだ。

 休日の散歩中、奏の通う中学校の前を通るといちごうの足が止まる。いちごうは部活動中の学生たちをグラウンドの外から眺めていた。声は出さない。だが顔から愉快を零し笑っている。いつの間にかフェンスを掴んで、眩しそうに学生たちを見守るいちごうの姿に、奏は胸が締め付けられた。たった一枚のフェンスが、彼には途方もなく厚い壁になっている。不憫に思った奏が堪らず謝ると、いちごうは胸を張った。

「大丈夫、なるようになる。人生はなるようになるんだって。「Que Será, Seráケセラセラ」。奏は聞いた事ある?」

 反対に励まされる始末だ。

「うん、知ってるよ。そうだった。頑張ろう」

 どちらからともなく肩を叩き合った。

「奏も言ってみな、Que Será, Seráだよ」

「いやだよ、そんなネイティブに言えないもん」

「いいからほらっ」

 煽るいちごうを置き去りにして、奏は再び世界を歩き出した。



 翌2022年6月。JAXAの研究チームが小惑星「たつのみや」から持ち帰った試料から、アミノ酸が検出されたという発表がなされた。アミノ酸は複雑な構造を持つ有機物で、「生命の源」とも言われている。地球上の生命の起源は何処にあるのか。その材料は地球上の化学反応で作られたのか、それとも宇宙から齎されたのかは、長く人類の追い求める謎である。しかし今度の発見で、宇宙にアミノ酸が存在することが実際に確認され、生命の起源は宇宙にあって、地球へも隕石や彗星等が運び込んだとする説は現実味を帯びて来た。

「やっぱりそうか!宇宙アミノ酸なんだよ!」

 矢留世は声を張り上げた。以前医者からいちごうの人間化の話を聞いた折に脳内を過ぎったアミノ酸の話が、一気に身近へ迫り、居ても立っても居られなくて奏の研究所へ、三河を道連れにやって来たところだ。いちごうも交えて、四人は早速推理を始めた。

 いちごうが人間へと進化をはじめ、それが現在も進行中であるのは、心臓部へ取り込まれた隕石に何らかの要因があるだろうというのは以前も話し合った事である。そこに奏の血液が付着していること、これら二つの物質をいちごうの肉体も人工知能も異物とは処理していない事、反対に受け容れている様子であるのも確認済みである。そこへ更に地球外から齎されたアミノ酸が付着しているとすれば、いちごうの体内で一体何が起こり得るか――・・・

 一同が議論を深めようとした時、三河のスマホが鳴った。中断を詫びて立ち上がった三河は、電話の相手を確認するなり画面をスライドした。

「――はい、ええ一緒に居りますが。―はい、はい・・・・はい、分かりました」


第三十四回に続くー



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