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「KIGEN」第二回


 一章 「起源」

 二〇二一年二月某日。現場マンションの住人に話を聞いた。

「夜遅くにすぐ近くで大きな音がしたと思ったけれど、窓からぱっと見した位では暗くて何も確認できなかったんです。気にはなったけど眠たかったから明日にしようと思って、その日は一旦眠りました。で、翌朝になって外へ調べに行くと、マンション一階の窓ガラスが割れていて、そこ私の部屋の隣に当たるんですけど空き部屋で、周囲にガラスの破片と、黒い石みたいな物体が落ちてたんです。ちょっと見たことない石だなあって思いながら、取り敢えず管理人に連絡して、管理人さんが警察を呼びました。

 到着を待つ間スマホで情報収集しようと思って検索したら、火の球の目撃情報がたくさん出て来て、もしかして、とはちょっと思いました。警察が来て色々調べて、今と同じ様な事を喋って、そうしたら今度はJAXAe-syのロゴマークが入った人たちがぞろぞろやって来たから「うわあ♪」ってなったんです。映画みたいじゃないですか!?それで、さっきの黒い石が何処に落ちてたか、指差して教えてあげました。これってやっぱり隕石ですか?って聞いたら、まだきちんと解析してみなければ断定はできませんが、おそらくはそうであると思います。って言われたんです。内心わわわー!ってなりました。でも私が浮かれていたら、直撃しなくて何よりでした。って言われたんで直撃してたらどうなってたんですかって聞きました。そうしたら、命は無かったと思いますって凄い冷静に言われて、初めてぞっとしました。

―稀有な体験をされたんですね。

 そうですね、こんな事、一生に一度あるか無いかだと思うんで、そういう意味では良かったかなってポジティブに受け止めてます。

―本当に怪我がなくて何よりでした。

 はい、ありがとうございます」
 
 このインタビューを元に我々はJAXAe-sy(正式名:全日本宇宙航空研究開発機構・生態系観察部)へも取材を申し込んだが、まだ正式な返答は得られていない。国から完全に独立して民間企業となったばかりのJAXAであるから、組織の再編に若干時間を要しているのかも知れない。しかし近い内に、JAXA本部の広報が記者会見を行うとの情報を得ているので、近日中には何らかの進展があるのではないかと期待している。続報を待ちたい。
                       (発行・ローカル東京)


「嘘でしょ、また入ってたの?その変な折込チラシ」
 朝刊に挟まる折込チラシの中へ、この得体の知れない団体だか会社だかの名前の入った、真偽の定かでないニュース記事のチラシが紛れ込んでいるのは、これで七回目だった。

 一回目の時は妻の智恵美が気味が悪くていけないと訴えるので、夫の渉がすぐにこの地域の配達店へ電話をして確認を取った。ところがこれも正式な折込チラシの一部だとの返答で、それなら何も問題ないさと渉は気に留めなかったが、智恵美は納得がいかなかったらしく、以来このローカル東京のチラシが入る度に眉根を寄せては嘘でしょ、と言うのを倣いとしている。

 渉に言わせれば妙な勧誘もしておらず、又いかなる商品も宣伝していないのだから他のチラシと大差ない。効果の疑わしい育毛剤やら健康食品を宣伝する広告の方がよっぽど不健全だと口にしそうになるが、そうすると反論が倍以上になって返って来る可能性が高い。だが反応が無ければ無いで念押しが来るので、当たり障りのない簡易なうん。で聞いているよというアピールの相槌だけはしっかり出しておく。

「ほんと困るわね、信用できる団体か位しっかり確認してくれないと。ごはんよー」
 智恵美は一方的に愚痴を言い終わるや否や、家中の壁へ突き刺さすような大声で家族を朝食の席へ呼び寄せた。ここは三人家族だから姿が見えないのはあと一人だ。渉は怒られる前に開きかけた新聞を一旦閉じて食卓へ向かった。やがてどこからともなく息子のかなたが現れて席に着く。寝癖こそ好きに遊ばせたままであるが、着替えは済ませている。早くから必要になった眼鏡の奥の瞳は、一心に考え事をしているらしい。

「奏おはよう」

 渉がテーブルの向かいから挨拶を寄越すと、奏もおはようと応じた。視線は一点を見詰めたまま離れていない。ただ朝の決まり文句へ反応して唇が勝手に動いただけだ。けれど渉は別段それを気に掛けることも父親らしく注意することもなく、目玉焼きの黄身を箸で割って、そこへ器用に醤油を垂らすと、いただきます、と手を合わせてコーヒーを一口啜った。それを受けて奏の右手も箸を掴み、合掌する。彼の耳が父の食事のはじまりを告げる台詞を拾ったことで、脳が作用して動き出したとしか思えない、機械染みた動作。挙句父と同じ様に目玉焼きの黄身を箸で割ると、彼が手を煩わせるまでもなく、渉が向かいから醬油を、やっぱり器用に垂らして遣った。奏はちょんと首を前へ倒すと、ピーナツバターの塗られた温かいトーストの角へ齧りついた。相変わらず眼鏡の奥では思案している。まるでレンズを境に別の次元を歩き回るようだ。渉も智恵美も今更息子へ小言を持ち出すつもりはないらしい。朝食の時間は淡々と流れて行く。

 春うらら、古都吹家ことぶきけの変わらぬ朝の日常風景である。

 

第三回に続くー



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ようこそいち書房へ。長編小説はお手元へとって御自分のペースでお読み頂きたく思います。

「AI×隕石×大相撲」 三つの歯車が噛み合ったとき、世界に新しい風が吹きました。 それは一つの命だったのか。それとももっと他に、相応しいも…

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