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「KIGEN」第十七回
三章 「研究所の真実」
矢留世の足取りは軽快だった。あのマンションに落ちた隕石の分析が順調に進んだからである。3Dスキャンによって形状をデジタル化させ、それを基に詳細な調査分析を行った結果、見つかった隕石の他にも落下中に散らばった隕石がある事が、かなりの高確率で示されたのだ。その大きさは不明瞭だったが、落下速度やデジタル化した隕石の表面から推測したところによると、極々小さな欠片まで含めれば、相当数が現場一帯に落下したと思われる。報告を聞いた矢留世は、咄嗟に仕事を忘れて嬉しがった。三河の咳払いで我に返り、慌てて礼を述べた。
分析結果を参考に、残りの隕石の捜索範囲の的をより絞った。先ずはそちらを重点的に捜索、近隣住民からは情報収集し、どんな欠片でも構わないから実物が欲しいと願った。
彼等が絞った捜索範囲内には、マンションの近所にある古都吹家も含まれていた。
「肉眼で見つかると良いですねえ、見つけられるかなあ、僕視力には自信があるんですよ。酷使してきたわりには衰えなくて」
「それは頼もしいな」
三河の返答は清々しい程の棒読みだった。
「――夢の欠片で熱くなったことまだ気にしてるんですか」
先日矢留世の若い熱に浮かされてうっかり乗ってしまったのを後悔していた。それをまんまと見抜かれている事が上司として腹立たしい。腹立たしい三河は部下にようやく巡って来たチームリーダーの立場を揺さぶって仕返す。
「それ以上無駄口叩いたらリーダーから外してくれるよう上に掛け合うからな」
「な、なんてことをっ。それだけは勘弁して下さい、もう絶対触れませんから」
「それならよし」
執拗には拘らない三河に、矢留世はほうっと肩を撫で下ろした。
「でも僕は、三河さんのそういう所素敵だなって思います。幾つになっても夢追い人でいいじゃないですか」
三河は思わず鼻を鳴らした。
「夢ばかり追い掛けたって仕方がないよ。現実はシビアに、人の感情も構い無しに進んでくんだ」
「たとえそうだとしても、僕等は好きなだけ追い掛けたっていいじゃないですか。勿論現実を知るのも大事です。僕だって一応、社会の厳しさを知らない訳ではない積りです。けど―」
と言って矢留世は空を見上げた。夏雲の浮かぶ爽快な空が広がっている。
「僕等は宇宙の一つ。この空の向こうには希望がある。大きくて壮大で、人間のまだ知らない宇宙という希望がある。その希望を一つずつ探し出しては、地球の人々に届けるのが僕等の仕事じゃないですか。僕は人生をかけて追い掛けたい」
三河は空を見上げた。瞳に映るのは青く覆われた世界だが、視線はもっと先を目指している。上空遥か彼方、大気圏を突き抜けて、暗黒の世界へ。恐ろしい程の闇の世界。人は身一つでは片時も生きる事が出来ない。それなのに人は宇宙へ飛び出した。飛び出す術を得た。人類の叡智である。そこへ辿り着く事は三河の希望であった。いつか頼もしい仲間たちと共に明日を未来へ繋ぐ活動を、大きな夢の船に乗って行いたい。
願いを叶える為に邁進した日々が彼の脳裏へ焼き付いている。近付く事は出来た。チャンスも無かった訳ではない。けれどもあと一歩、手が届かなかった。運が無かったのだと思う。だが三河は追い掛けた日々を後悔していない。きっぱり諦めたかと問われるとイエスと明確に答えられる自信はない。往生際が悪いと我ながら思う。只判然としているのは、全部の積み重ねで、今の自分がここに立っているという事実である。胸に抱く灯火は若者たちにも負けない。自分で自分を理解出来ているだけで上等だった。
「ロマンも良いが先ず実地あるのみ。足で稼ぐ、手当たり次第探っていくぞ」
言い切って、只今のチームリーダーは部下であった事を思い出し、「ということでよろしいでしょうか」とわざとらしく付け加えた。
矢留世は笑って、それから軽快にはい、と返事した。
マンションを起点にして近所の住宅地を歩いていた二人は、やがて古都吹家の傍へやって来た。矢留世が母屋の隣へ建つガレージを感心の態で見上げる。
「こんな立派なガレージがあったら、僕なら駐車場じゃなくてラボにしてしまうだろうなあ。実験やりたい、放題じゃ、な、い、です、か・・・」
言葉尻がみるみるか細くなって、心を何処かへ置き去りにして行く。不審に思った三河が顔を向けると、矢留世は何かをじっと見詰めていた。まるで吸い寄せられるようにそのまま視線の先へ近付くと、ガレージの窓を指差した。
「ここ、修復したような跡がありますね。それも多分素人の手で」
三河は顔を寄せて目を凝らした。言われてみれば網戸の一部が破れ、そこだけ別の網を被せるようにして直してあるのが分かる。だが指摘されなければ一般家庭の窓の、それも網戸一枚に迄気を配ったりしない。
「目敏いな」
「いや、壁に穴とか開いてないかなと思ってきょろきょろしてたんで」
「最近のものだろうな。関係あるか無いかはわからんが」
「可能性が無いとは言い切れませんよ。もっとも、パーセンテージとしては望み薄でしょうけど」
「だがどうやって尋ねる。いきなりガレージの網戸破れたんですかって不審過ぎるだろう」
「ですよねえ」
と思案しながらも二人は母屋の玄関へ回った。何故見逃す事が出来なかったか、この時の心持ちを後から説明しようにも、二人には難題だった。見つけたタイミング、それもあったろう。だが要するに、「勘」だった。ここには何か秘密が隠れているのではないか。強いて言えばそんな勘が働いたから無視できなかったのだ。
矢留世は突然の訪問の言い訳を頭の中で巡らした。中々妙案を思い付かない。素直に身分を明かして事情を説明するのが一番スマートなやり方かも知れない。だがそれで何も知らないと言われては下手に食い下がる事も出来ない。悩みどころである。
「ううん」
と唸る矢留世の横から腕が伸び、いきなりインターホンを押した。
第十八回に続くー
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