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掌編「夏色」

少年は、いつもより早くに目が覚めた。夜中に少し汗を掻いていたはずだけれど、今は涼しいと感じている。タオルケットはお腹の処にだけ残っていた。ぱちんと開かれた黒い瞳。段々と天井の木目に慣れて来て、龍を見つける。人の顔を見つける。目線を逸らして窓の向こう、いつもの朝よりも空は静かだった。白い浮雲と目が合った。

太陽が猛然と迫りくるような町に、好奇心だけ持って出る時は、いつでも冒険者になった。額の横を汗が流れる時は、誇らしい気持ちがした。

写真屋のショウウィンドウに蝉がぶつかるのを見て衝撃を受けた。蝉はジジジジ鳴きながら、コンクリートの上へ羽を下にして落ちた。

朝顔の種が弾けた。黒い種があちこちに散らばった。試しに一粒だけ拾って手の中でころころと転がすと、軽い種は少年の手のひらからぽんと日差しの中へダイブして消えた。

雲の形が、一番遠くに見える雲の形が、山より高くて大きくて、神様の森みたいに見えた。あの雲の下へ辿り着く、秘密の抜け穴を探す旅へ行ってみたいと考えた。

ヨーヨーがある。風船の、青と、黄色いのが、学習机の横にかけてある。夕べ釣ったものだ。かき氷も食べた。ブルーハワイで舌が真っ青になった処を絵日記に描いた。

塀の外から墓地を見た。五色の燈籠が沢山立っていた。花も、お饅頭も、お酒もあって、祭りの様に賑やかであった。本当にここから出て来るのかな。それとも天国からやって来るのかな。地獄から来ることはできるんだろうか。誰に聞いたら教えてくれるだろう。真面目に考えているけど答えを知らないと思う。おばあちゃんもおじいちゃんももうじきやって来るのだと思うと、いつもよりお行儀良くしていた方が良い様な気がした。

夕ご飯を食べる時間がもう近いのに、外が明るい。真っ赤に燃えている日もある。ちょっと切ない。センチメンタル。ちょっと儚い。Tシャツの下でしんみり。けど誰にも言いたくないやいと自転車蹴る。

少年の家でもお母さんが洗濯物を取り込んだら雨が来た。夕立だ。急いで閉めた窓に粒がバシャバシャかかってくる。ゴロゴロ轟いて、ピカッと光って、ドカンと落ちる。家が揺れる。脳がびりびりした。心臓が痺れた。

少年の父の休みの日が来た。朝日より早起きしたけど鳩はもう起きていた。虫よけスプレーしてから山に入った。かぶと虫の土の匂いがする。懐かしい気持ちになる。ミミズが死んでる。恐ろしい気持ちがする。角のかっこいいオスが欲しかったのに、メスしかいない。残念だった。家に着く前にアイスと花火を買って貰った。とても嬉しい気持ちに生まれ変わった。

早起きしてもいいし、遅く寝てもいい。いつもより宿題が多くて、いつもよりわくわくが多い。Tシャツ一枚着ていれば、シャツを着なくても怒られない。お風呂の前に鏡を見たら、鼻の頭とほっぺたが赤くなっている。どうりでひりひりしたんだと自慢に思う。

工作の完成まで、あと二日。朝顔の花が一つ増えるのと、どっちが早いかなと想像してみる。

毎日が、創造。毎日が、新しい。眩しい太陽が沈んでも、今度は星が輝いている。ぐるぐる、ぐるぐると世界が回る。とんぼが回る。僕の周りで風が吹いている。青草の匂いのする風だ。

少年は夏を知った。

                      fin. 

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