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短編「新しい時代」

 近頃話題の宅配サービスを利用しようと思い立ち、私は近所の取り扱い店へ荷物を抱えて訪れた。店頭にはこの会社特有のサービスなだけあって、その新サービスを宣伝するのぼり旗が幾本も誇らしげにはためいていた。自動ドアを抜けると、早速出迎えの係員がこちらに気が付いた様子で視線を向ける。抑揚の無い様な或る様な「いらっしゃいませ」を受けて、私はカウンターへ荷物を載せた。
「この荷物を届けて欲しいんですが」
「畏まりました。どちらへお届けになりたいか、もうお決まりですか」
「はい。七歳の自分へ」
「それではご希望の年月日とご住所、氏名をこちらへ御入力下さい。アイ登録がお済でしたら、そちらから御本人確認が行えますから入力の必要はありませんがいかがですか」
 私はまだ眼球で個人を判別するアイ登録を済ませていないので端末での入力を希望した。カウンターに表示された端末を使って、四十年前の自分の家の住所を打ち込んでいった。宛名の処で気になっていた事を質問してみる。
「あの、宛名は矢張り自分でなければいけませんか。例えば同じ世帯の母の名前とか」
「申し訳ございません。当店のサービスは個人情報保護法の為に差出人御本人様のみへのお届けとなっております」
「そうですか。わかりました」
 私は自分の名前を入力して、間違いが無いか画面をもう一度確かめ、入力完了のボタンをタップした。荷物の中身は(お菓子)とした。係員は必要事項を更に入力して、金額を表示して見せた。案外お手頃価格で私は少し驚かされた。
「安いですね。こんなに安くて届くものですか」
「はい。その点は御心配には及びません。御蔭様で御好評頂いておりますので既に全時代に当社のラインが行き渡っておりまして、現地でも配達員が速やかにお届け致します。加えてお客様の今度のお荷物はお菓子ですので、割り合いお安くお済になられたのかと」
「ああ、成程。じゃあどんなものだと高くなりますか」
「そうですね、先ず生ものはお引き受け出来ませんから除外すると致しまして、紙、水、それに土なんかは高うございますね」
「そうか、こちらで貴重な資源は高いんですね」
「左様でございます。ただ、今よりも昔ですとそれらは全て日常的に溢れておりますから、わざわざお届けする必要もないようです。送られて喜ばれる方を見掛けた事が無いと、配達員は皆申しております位です」
「そうですか。確かに、言われてみれば子ども時代には紙も水も土もその辺に幾らでもあったな。あ、けれど災害時なら助かるんじゃないですか、水とか」
「はい、当社もその辺り全力を挙げて取り組んでいる所でございますが、何分難しい作業でございまして、加えて倫理の問題もある様でございます」
「そうですか、色々あるんですね。いや、ありがとう。おかげで七歳の自分に、一つ楽しみができました。あの頃は貧乏で、お菓子の大人買いなんて夢のまた夢だったから」
「お役に立てたならば光栄でございます。またどうぞ、御利用お待ちしております」

 店を出た私は、滑らかに手を振る係員に感心しながら家路に着いた。噂通り、人間の一人も居ない会社であった。人工知能が地球人口の三割を占めるようになって、あの係員のように見た目も人間と遜色無いロボットが増えて来た。服まで着せられているのか自ら着たのか知らないが、ああなると触れる迄区別が付かない。いやそれもそろそろ怪しいもので、近頃体温を付ける機能も追加されるとかニュースで読んだと思い出す。とはいえ、先刻の係員はまだ言語にたどたどしさがあったから、私も気が付く事ができた。科学の進歩は相変わらず凄まじい事だと、私はまた感心した。
 家に帰ると、自室に荷物が届いていた。差出人は一年後の私であった。開けると中には手紙が一通入っているばかりであった。一年後の自分が何を書いて寄越したろうと、私は興味津々手紙を開いた。

「人工知能は恐ろしい。立派だけれども私には扱いきれない。私はくれぐれも用心されたし。この紙は決して捨てるな。闇市で買い求めた貴重品である」
 私の体は震えた。これからの一年で一体何が起こると云うのだろうか。何故私ははっきりと説明していないのだろうか。考え始めるときりが無かった。私は手紙を畳んで封筒へ収めると、取り敢えず家中の紙を保存する為、立ち上がった。

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