掌編「予約できます」
近頃流行っているという噂を聞き付けて、私は町はずれにあるその店へ行ってみた。店の前に行列は無い。目立った看板も無く、少し首を傾げる。しかし、そういう店に限って、運命的な出会いをもたらしてくれるものだから、私は気を取り直して扉へ手を掛けた。
「いらっしゃいませ。どなたかのご紹介で?」
「いえ、噂で聞いて、流行っているそうだから、気になって」
「成程。ご来店誠にありがとうございます。どうぞこちらへ」
そう言って若いスーツ姿の男性に案内されて、私は店の中央にある椅子の一つへ腰を下ろした。椅子は全部で二つだけ。テーブルを挟んで店の男性が座ると、もう満席になる。
男性は早速本題に入った。
「それでは、当店の特徴について御説明させて頂きます。まずはあなたの今生での履歴を全て告白して頂きます。事務的なものは戸籍から全てこちらで取り出しますので、それ以外の、生い立ちや、人生に於ける分岐点、幸福や不幸についてお話し下さい。記憶の曖昧な所につきましては、わたくしどもが正確な所をお思い出せるようお手伝いさせて頂きます。この作業は二十分程かかります」
「はい」と、私は素直に頷いた。
「その後ですね、出来上がりましたカルテを基に、こちらから幾つかプランをご提案させて頂きます。プランにはそれぞれのびのびコース、ゆるゆるコース、難解コースがございます。お好きなコースをお選び頂ければそのように手配致します。又オプション制度というものがございまして、ご指定頂きますと、プランの途中でそのオプションに沿った内容が付加されることになります。例えば金銭的なこと、人脈、変わり種ですと第六感などもございます。こちらは大変好評を頂いておりまして、殆どの皆様がお付けになります」
「そうなんですか。いいな」私も興味をそそられた。
「ここまでで、何かご質問はございませんか」
「いいえ。大変よくわかりました」
「ありがとうございます。それでは早速カルテ作りを始めさせて頂きます」
私は別室で三人のスタッフと共にカルテ作りに励み、そうして出来上がったカルテを透明なファイルに挟んでまた初めの部屋へ戻った。
「お疲れ様でした。それではいよいよプランの選択をして頂くわけですが、全て御覧になられますか。それともお勧めから選ばれますか」
「全てというと何種類くらいですか」
「そうですね、分かりやすく申しますと星の数ほどでございます」
私は驚いて、お勧めだけを見せてもらうことにした。どのプランも魅力的であった。コースも決め切れないでいる。散々迷う私に、男性が声を掛ける。
「お客様のお声を御覧になられますか?」
そう言って、百科事典みたいな分厚い冊子をテーブルへどすんとのせる。私が目を丸くして「いえ、時間が」と言うと、「ですよね。ではこちらのご意見をまとめてデータ化しました円グラフをご覧ください。」と言って一枚の用紙を見せる。プランについては種類が多すぎて集計不可としか載っていない。そして意外なことにのびのびコースよりも難解コースの方が評価が良い。そう指摘すると、「やはり多少の山あり谷ありが人間には必要なのかもしれません。あんまり緩やかですと飽きてしまわれるようですね。」と男性はにこやかに笑った。
私はどうにか一つのプランを選択し、のびのびしたいと思いながらも難解コースを選択した。オプションは、人脈と金銭をレベル3で付ける事にした。無事に契約を終えて、私は礼を述べた。
「それで、お代は?」
「頂きません。正確には、お客様の人生カルテがその役を十分に果たしておりますので。残りの人生分はカルテが自動更新致しますのでご心配には及びません」
「そうなんですか。いや、ありがとうございました。これで安心して暮らせます」
「こちらこそ、御利用頂き誠にありがとうございました。ではどうぞこの先の人生もお楽しみ下さい。そして、全うされた後は、一度お帰り頂いて、来世は私共にお任せください。しっかり準備させて頂きます」
「よろしく頼みます」
「ああそうでした。重要事項を一つだけ。くれぐれも今生の命を粗末になさいませんように。寿命を全うなさってください。万が一担保が足りなくなりますと、自動的に来世に不足分を繰り越す手筈になりますので」
私はすっかり感心してしまった。
お読み頂きありがとうございます。「あなたに届け物語」お楽しみ頂けたなら幸いにございます。